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蒼の剣士 外伝 赤騎士の妹 (2)

(2)


ヴラチスハーフェンを出てから2日。

宮殿騎士クラスニツァに率いられた聖十字教国(クルーセイド)の部隊は、ゴブリンやオーク鬼の群れを討伐しつつ、さらに北を目指していた。

槍を構えた兵士が、勢いよく穂先を突き出す。

槍は見事に雄のゴブリンの胸板を貫通する。

赤紫色の血液と低い悲鳴を撒き散らして、ゴブリンは息絶える。

しかしその背後から、新たなゴブリンが襲いかかる。

槍を抜き取る暇もない。


その時。


兵士に襲いかかったゴブリンが、一本の魔法の矢に正面から顔面を貫通され、仰向けに倒れて動かなくなった。

「フェリア様」

「次が来るわ」

礼を言おうとする兵士を制して、フェリアは両手の剣を構える。

聖十字教国(クルーセイド)の「一の騎士」である、赤騎士マリューが彼女に送った、名工ロタールの手による一対の長剣であった。右手には片手半剣、左手には長剣。どちらもマリュー自身の剣と同じ、アロンダイトで作られ、軽量化・威力増強など、様々な魔法が幾重にもかけられた、最上級の聖剣である。

向かってくるゴブリンの群れに、フェリアは躊躇いなく飛び込む。

ソニック・ブレイド。

ひと薙ぎで五匹。

両手の剣を大きく振り、まるで舞う様に近づくゴブリン達を斬り倒していく。

その様はあまりにも優雅で、同時に凄惨であった。

2分もしないうちに、付近から襲いかかってきたゴブリン達は一匹残らず物言わぬ骸と化した。

死骸の中に立ち尽くすフェリアに、兵士たちが駆け寄る。

「お怪我はございませんか」

フェリアは前を向いたまま、無言で頷く。

彼女の目は峠の麓から彼女達の方を見上げている、十頭ほどの灰色オーガの群れに向けられていた。

「この距離ですと、2時間から3時間で接敵します」

望遠鏡を覗いていた斥候兵がクラスニツァに報告する。

分かった、と返事をして、クラスニツァは剣の血を振り落とす。


クラスニツァは彼自身が見た光景を思い出していた。

同じように、一面の死骸の中で、何事もなかったかのように無傷で佇む騎士の姿を。

彼も、同じように、まるで舞曲に合わせて踊るように、周囲に群がる蛮族の兵士達を「淡々と」刻み殺していた。

無表情で振り向いた彼の姿と、先程のフェリアの姿が重なって見えたのであった。

彼女自身はまだ宮殿棋士としては見習いでしかない。

しかし、彼女が見せた戦闘力は、全て詠唱破棄で唱える恐るべき威力の攻撃魔法も、グランドマスターである「蒼穹の聖騎士」リーシェ・フランシスを彷彿とさせるその剣技も、どう割引いてみても宮殿騎士団(テンプルナイツ)の士官クラスかそれ以上のものという他なかった。ややもすれば、四天王と呼ばれる幹部クラスの戦闘力である。嘘か誠か、剣を握って僅か3ヶ月で、四天王の一人オルヴィエートに土をつけた、という俄かには信じられない噂もある。

彼女の魔力も法力も、クラスニツァにはほとんど感じることができない。

フェリアがそれを抑えているからである。

仮に彼女がそれを解放して戦ったら?

そう考えると、クラスニツァは身震いせずにはいられなかった。


灰色オーガの群れの後方、約半日の距離…

針葉樹林の中に、百二、三十名ほどの男達が身を休めていた。

男達は北方の蛮族らしく、毛皮を纏い、金属の胸甲や脛当て、円盾や大剣、戦斧で武装していた。

天幕の中から、中年のドゥルイデスが現れる。皆が一斉に頭を下げ、礼をする。

彼女は、見事な角で飾られた兜を被った、中年と言うより初老に近い屈強な男の前に進み出ると、恭しく頭を下げてこう言った。

「明日には灰色オーガ共を連中に突入させられましょうぞ」

「勝算は立ちそうか」

彼のそばにいたもう一人の熟年の戦士が彼女に尋ねる。しかし、初老の戦士は左手を挙げて彼の言葉を制した。

「…しかし、ゴファン様」

「ディルガス」

ゴファン、と呼ばれたその戦士は、低く重い声で声をかけた戦士を嗜めた。

嗜められた戦士も、極めて屈強そうな、そして経験を積んだ歴戦の戦士であることは間違いない。

しかしゴファンはその戦士をたった一言、相手の名を呼ぶだけで引き下がらせてしまった。

周りのより若い戦士達が、畏怖のこもった目で二人のやりとりを見守っている。

「所詮様子見…灰色オーガ如きではな」

ドゥルイデスは、申し訳ございません、と詫びる。ゴファンはわずかに表情を和ませる。

「気にするな。姫様ではあるまいし、大悪魔(グレーターデーモン)は呼べんだろう」

「では」

ディルガスも疑問が氷解した、と言う表情になる。ゴファンは頷く。

「彼奴等がこの魔物共を、どれくらいで片付けるか…それで彼奴等の力も知れよう」

「『銀騎士』が出張って来る恐れもございますぞ」

ディルガスの言葉に、ゴファンの顔がほんの僅かだけ歪む。視線を向けられた若い蛮族兵が答える。

「リマングラードの北方諸都市軍に、一昨日招集が」

「規模は」

「五百とのこと」

ゴファンはため息をつく。

「三日もあれば集まりましょう」

「下手に刺激せん方が良いか」

そう言うとゴファンは立ち上がる。若い蛮族兵は一礼して列に戻る。

「…明日夕刻、南下を開始する。可能であれば集落を略奪し、お前達の欲望を満たせ」

蛮族の戦士たちから歓声が上がる。

「だが、深入りはしずぎるな」

ゴファンの言葉に、蛮族の戦士たちは応!と答える。

「今夜は英気を養っておけ」

ゴファンはそういうと、天幕に引っ込んだ。


翌日早朝。

聖十字教国(クルーセイド)の部隊は、ゴブリンの群れを追ってきたオーク鬼との戦いに入っていた。

ゴブリンと比して、オーク鬼は知性も高く、力も強く、身体も大きい。神聖魔法での援護があるとはいえ、流石に負傷する兵士も出始めた。

三匹のオークの弩弓兵が、前衛の影から弩を撃ってくる。

しかしその矢は聖十字教国(クルーセイド)の兵士を捉えることはなかった。

矢はあらぬ方向に向きを変える。

フェリアが一団に「精霊の守り」の精霊魔法をかけていたのである。

「矢は気にせず、前衛を急ぎ倒しなさい」

フェリアはよく通る声で指示すると、後方で弩を構え直そうとしているオーク弩弓兵を指差す。

彼女の指先から青白い稲妻が走る。ギャツ…!と悲鳴をあげ、稲妻に撃たれた弩弓兵が黒焦げになって倒れる。

雷撃(ライトニング・ボルト)」の魔法である。

彼女は立て続けに三発魔法を放って弩弓兵を片付けると、二振りの長剣を引き抜きオーク鬼の群れに飛び込んで行った。フェリアの後ろから、兵士や騎士達が続く。

ひと薙ぎで、五匹が両断される。

まるで舞うように彼女は剣を振るう。怖気付いたのか、ゴブリンの群れが後退しようとする。

その前に、腹を空かせたオーク鬼たちが立ちはだかった。

雄のオーク鬼が、フェリアを見て一気に発情し、目を血走らせて襲いかかる。

フェリアは無言で右手のロタールの片手半剣を振るう。オーク鬼は真っ二つになり絶命した。もう一頭、雄のオーク鬼が今度はナターリアの方に向かう。ナターリアは戦槌を構える。

「やらせん」

クラスニツァがオークを袈裟懸けに両断する。それを見届けるとフェリアは新たな敵に向き合う。

ナターリアはクラスニツァを気遣う。

「ありがとうございます、お怪我は」

「大事無い、それより奴らを逃すな」

「はい」

ゴブリンやオーク鬼は粗方討たれていた。

「この調子で行けば、なんとか…」

「まだです」

クラスニツァの言葉を、フェリアが遮る。


彼女の視線の先に、十数頭の灰色オーガの姿があった。


近くで見ると、やはり大きい。


大きい個体はオーク鬼のほぼ倍の大きさだ。

歴戦の聖十字教国(クルーセイド)兵も、さすがにたじろぐ。

弩を構えた兵が、矢を放つ。魔法銀の鏃を備えた、対魔物用の特別に聖別された矢である。

矢は過たず一頭の灰色オーガの頭に突き刺さった。致命傷である。どう、と音を立てて灰色オーガは倒れた。

だが、それを見た残りの灰色オーガは、逃げもせず全力疾走で向かってくる。

クラスニツァは違和感を感じた。


おかしい。

普通なら、仲間が倒されればなんらかの動揺があるはずだ。

本能で、我々が危険な敵であることを悟るはずだ。

だが、それを見た上で、奴らはこちらに襲いかかってくる。


「…操られている?」


クラスニツァがそう呟くのと同時に、聖十字教国側から五本の魔法の矢が放たれた。

詠唱破棄、速い。

矢は灰色オーガのはるか後方に向けて放たれた。着弾した瞬間、二頭の灰色オーガが突然立ち止まり、あたりをキョロキョロと見まわす。

「混乱した個体を狙え」

フェリアの大きな声が響く。弩弓兵は落ち着いて矢を放つ。立て続けに矢が突き立ち、二頭目の灰色オーガが倒れる。しかし残りの灰色オーガはどんどん近づいて来る。

クラスニツァはフェリアが何をしたのかを悟った。灰色オーガを操っている術者を、遠距離から魔法で狙ったのだ。彼の考える魔法の矢の射程距離の三倍は下らない。なんという射程距離か。

「…二人しか倒せなかった」

フェリアは顔を顰める。

「魔獣使いか」

「はい」

フェリアは頷く。

「ドゥルイデスが五名。一人は殺しましたが、一人はまだ生きています」

「こんな距離から…!」

ナターリアが驚嘆の声をあげる。

「あちらからは、魔法では攻撃できない距離です」

クラスニツァはフェリアの言葉に頷く。

しかし、残りの灰色オーガ八頭がもう目の前に迫っていた。

最も大きな灰色オーガが、吠えた。

若い聖十字教国兵が、その声に腰を抜かして尻餅を着く。

前衛にいた灰色オーガが信じられない速さでその兵に襲いかかる。

掴まれれば、間違いなく雑巾か何かのようにねじ切られ、灰色オーガの餌として食われてしまう。

灰色オーガの左腕が、兵士に伸びる。


ブシュッ


赤紫色の血漿を迸らせて、オーガの左腕が宙に飛ぶ。


フェリアが宙返りして、兵士を背に庇う。

「退がりなさい、早く!」


フェリアの右手のロタールの片手半剣が、青白い焔の様な剣気を纏っていた。

火炎剣(フランベルジュ)である。

彼女の兄である枢機卿マリューの「エストラ」も火炎剣(フランベルジュ)だが、纏う剣気は文字通り紅蓮の焔に見える。ゆらめく焔の先端が翳めただけでも、凄まじい威力の斬撃になる。


斬られたオーガが大きく吠える…怒りと、恐怖の入り混じった声で。


フェリアは全く怯まない。

顔色一つ変えない。


彼女は左手の長剣を鞘に収め、片手半剣を両手で八双に構える。


凄まじい剣気が、剣に集められる。


剣にの集めた蒼白い焔の塊を、フェリアは気合い鋭くオーガに放った。

「喰ぅらえぇぇっ!」


クラスニツァとナターリアは目を瞠った。紛れもない赤騎士マリューの必殺技、「クリムゾン・ストライク」。


灰色オーガは、文字通り「叩き潰されて」物言わぬ肉片と化していた。

フェリアは技を放った後、微動だにしていない。


灰色オーガたちの足が止まった。


フェリアの右手の人差し指の上に、金色の小さな光の球が生じる。


ナターリアが叫んだ。

「皆、耳を塞ぎその場に伏せよ!」


フェリアは言葉も発さずに、光球を灰色オーガの群れに向けて放つ。

轟音とともに、光球は大爆発を起こした。


凄まじい大きさの「核撃」である。しかも、詠唱破棄。


光がおさまり、土煙が風に吹き飛ばされた後には、ただ一人フェリアが佇んでいた。

彼女は全く気を緩めていない。先程光の矢を打ち込んだ森の方向を見据えて、微動だにしない。


その場に起き直った聖十字教国の部隊は、全員息を飲んだ。


直径百メートル程のクレーターのような窪みの所々に、溶岩のちいさな池ができていた。


灰色オーガの姿は一頭も見えない。


フェリアは小さく呟く。

「…ズアーヴ族」


ーーーーーーーーーーーーーーーー


ズアーヴ族の戦士達やドゥルイデス達は、目の前で起こった出来事に息を飲んだ。

「核撃…あんな大きな、そしてあんなに遠くに」

ディルガスの表情に、戦慄が張り付く。

他の戦士達の様に怯えた声をあげはしなかった。

しかし、自分でも気づかないうちにディルガスは左足を半歩後ろに引いていた。


そんなディルガスの背後から、小さな嘲笑が聞こえた。

足を止め、振り向いたディルガスの脇を、ゴファンが悠然と通り過ぎ、灰色オーガの群れを消しとばした聖十字教国(クルーセイド)の部隊に…正確には、その先頭に立つ金髪の、恐らくはハーフエルフのバイアームの騎士に正対した。

「ゴファン様」

危険です、と言おうとしたディルガスの方を振り向きもせず、ゴファンは答える。

「面白い」

「笑い事では有りませんぞ」

「いや、なに」

ゴファンは前を向いたまま続ける。

「ズアーヴに『灰色熊(ディルガス・)ディルガス(ザ・グリズリー)』あり、と歌われたお前をも、半歩下がらせるあの女騎士」

ゴファンの側にいたドゥルイデスが言う。

「…騎士というより、あれは魔導師です」

「ほう」

ゴファンは前を向いたまま、ドゥルイデスの言葉に反応を返す。

「はい。…見せた魔力から推察いたしますと」

「続けよ」

息をついで、ドゥルイデスは言う。

「…姫様と同等か、それ以上です」

その言葉に、ディルガスが驚きの声をあげる。

「では、マスター・ウィザードクラスではないか」

「あの女を除けば、精々準司教級の聖騎士と女司教1名ずつと、司祭級の聖騎士が7名。それなら今の我々でもなんとかできそうですが」

「あの女だけは別、と」

ゴファンはドゥルイデスの言葉を引き継ぐ。彼女はゴファンの言葉に頷いた。

「見た所、あの『核撃』を何発打てるか私では分かりません」

「まともに戦えば」

ドゥルイデスは一呼吸おいて、

「…今の我らは、全滅するでしょう」

ゴファンは頷く。

「その通りだ」

ディルガスは言う。

「どうしますか、ゴファン様?」

ゴファンは初めてディルガスの方を向き、左の口角を僅かに上げて揶揄するような笑いを浮かべる。

「戦うか、お前が」

ディルガスは首を横に振る。ゴファンは真顔になり、小さく頷く。

「少しは、物事の判断ができる様になってきた様だな、ディルガス」

「あれに突っ込んで行くほど、考えなしの猪武者ではありません」

ゴファンは頷く。

「奴らに正対したまま、ゆっくり後退。ドゥルイデス達をまず後退させろ」

「ゴファン様も」

「儂が殿だ」

しかし、と声をかけた若い戦士に、ゴファンは鋭い視線を浴びせる。


ゴファンは敵の中央でこちらに鋭い視線を向けている女騎士に視線を返した。


…似ている。


北部辺境で、

ロードポリスで、

我々の同胞達を刻み殺した、「蒼の死神(セルリアン・デス)」に。

あの女の見せた剣筋は酷似している。


更に、あの女の剣気は、枢機卿マリュー・ド・アドリアにも似ている。


同門の剣士。しかも、少なくともソード・マスターではあるだろう。

そんな戦力を奴らが北方に向けてくるとは。

「…此度は引いてやる」

ゴファンは小さくそう呟くと、踵を返して部隊に続いた。



聖十字教国(クルーセイド)軍の先陣中央で敵部隊と正対していたフェリアは、敵の戦意がふっ…と途切れたのを感じた。相手の気が緩んだわけではない。踵を返し、北に帰ろうとしているのだ。フェリアはそう感じた。

「敵が退却します」

斥候兵がクラスニツァに報告する。

フェリアはまだズアーヴ族の部隊の方を見つめている。剣を鞘に戻そうともしない。

「フェリア殿」

「クラスニツァ様」

「敵は退くようですね」

側にやって来ていたナターリアが言う。フェリアは首を横に振った。

「敵の戦意は、少しも緩んでいません」

フェリアは暫くズアーヴ族の隊列を見つめると、

「…ただ、間合いを広げただけです」

「何を根拠に」

クラスニツァの問いに、フェリアは答える。

「…殿にいた戦士」

「あの、初老の戦士か」

フェリアは頷く。ほとんど剣気を見せていないが、その剣気の「質」が明らかに他の戦士達と違っていた。

この戦士は危険だ。どれだけの修羅場をくぐり、どれだけの相手を殺してきたか。

日頃マリューと本気の稽古を積んでいるとはいえ、実戦でこれだけの格を纏った戦士と相対するのは、フェリアには初めての経験であった。

「…周辺の村々が、また襲われて略奪される可能性があります」

「追うか」

フェリアは頷く。

「そうすべきです」

1日の距離を保ち、ズアーヴ族が何処かの村や町を襲った際に援軍として駆けつけられる様にすること、国境は越えないこと。フェリアはそれを進言した。クラスニツァは夕方の軍議に諮ることを約束し、聖十字教国軍は一旦野営地に引き上げるのであった。



翌朝。


クラスニツァの隊に、凶報が舞い込んだ。


ヴラチスハーフェンから北に2日程の距離に国境の集落が二つある。

アムダルグリアと、シルダルグリア。

二つの村はともに、聖十字教国のみならずヴィシリエンでも名の通るダルグリア川の種々の宝石の集積地として知られており、小さいながらも重要な土地となっていた。

東側、上流に位置するシルダルグリアの街が、200程の蛮族の部隊の襲撃を受けた。

日頃から自衛の郷兵達が街の周囲に環濠を設け、蛮族や魔物の襲来に備えてはいた。

しかし、今回の襲撃は相手が悪かった。

北方の数ある蛮族の中でも最も好戦的で、戦慣れしているズアーヴ族の屈強な若い戦士を中心とした部隊が、南から北へ全速力で退却する「ついでに」集落を急襲したのである。

急を伝える伝令は、息も絶え絶えな様子でヴラチスハーフェン北で野営していた聖十字教国の部隊に駆け込んだ。


「ここには、五十名ほどしかいない」

報告を受けたクラスニツァは呻いた。

「しかし、行かねばシルダルグリアは」

ナターリアが言う。

士官である十名の聖騎士と司祭たちは、押し黙った。

「我々が全滅すれば、周辺の村々も略奪を受けるのだぞ」

クラスニツァが言う。

「無理な出撃は、あまりにも危険だ」

フェリアはクラスニツァを見つめた。

「…フェリア殿、貴女のご意見を」

皆がフェリアの方を見る。フェリアは目を閉じて数秒考えると、口を開いた。

「ここにいる隊員たちのうち、馬を速く駆る事ができる者を3名」

「何をさせようと?」

「その3名を、一人は北西のシュテッケン師兄の元へ。一人はロードポリスへ。最後の一人は、ヴラチスハーフェンへ」

「伝令か」

「はい」

フェリアは続けた。北西諸都市最強のグランドマスター、シュテッケン・フォン・スィスティア。赤騎士マリューと並び称される、ヴィシリエンで最強クラスの剣士である。

ヴラチスハーフェンから百、北西諸都市から百。そして、ロードポリスにも蛮族が両集落を襲ったことを伝える。

「そして」

フェリアはためらわず言い切る。

「我々はもちろん、全員でシルダルグリアに向かいます…勿論、全速力で」

「この人数でか?」

フェリアは頷く。

「二百なら、相手の隊形によりますが、私一人でも」

「できるのか」

フェリアは頷く。彼女の気は、微塵も揺らがない。

ナターリアはフェリアに声をかける。

「…強く、なられましたね」

「まだまだです」

フェリアは目を伏せる。

「シルダルグリアの兵を、民を、救わねばなりません」

ナターリアは頷く。

「…我々が、護るのです」

「一人で抱えようとなさるな」

クラスニツァは言う。

「我々は、『赤騎士』でも『蒼穹の聖騎士』でもないのだぞ」

その名を聞いたフェリアは、遠い目をして頷く。

「…リーシェ様は、お一人で何千もの蛮族達を止め、この国を守りました…」

「そして、心を壊してしまわれた」

フェリアの気が、僅かに揺らぐ。

己に対する不甲斐無さ、己の無力さに対する怒り。

「…今なら…そして、今こそ」

フェリアはそう言って北の空を見据える。

クラスニツァはフェリアの言う通り、3名を選抜して各所に伝令を放たせ、全軍を北に向けさせた。


2日後。


クラスニツァが率いる部隊は、漸くシルダルグリアに到着した。












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