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蒼の剣士 外伝 赤騎士の妹

(1)


聖十字教国、聖都ロードポリス…

魔法学院(アカデミー)、203番教室…


居並ぶ生徒達は、畏怖と共に彼女を見ていた。

丁度卓球がゴルフのボール程の大きさの、文字通り魔力の塊が、時折小さな稲妻の様な光を放ち、白く輝いていた。その魔力の密度たるや、異常なまでのものであった。

その球の大きさが、更に一回り小さくなる。

「…それまでじゃ、フェリア」

院長が声をかける。

魔力の塊は宙に溶けるように消えた。

凄まじい威力の「核撃(ティルト)」の魔法である。

まともに放てば、かなりの大きさの建物でもクレーターに変えそうな威力。そして驚くべきはその制御。

下手に中断すれば暴発ということもあり得る魔法を、こともなげに中止してみせたその能力。

更に彼女は一切詠唱を行っていない。全てを「詠唱破棄」で唱えている。それは、やろうと思えば、彼女は一秒未満でその魔法を放つことも可能であるということを意味していた。

「…アレクサンドラ、お願い」

フェリアの求めに応じて、アレクサンドラが席を立つ。二人は教卓の前で正対した。

互いに一礼する。

二人はその場で杖を構える。

アレクサンドラの頭上から、七本の魔法の矢が放たれた。凄まじい速さで矢はフェリアを狙った。

生徒達が驚嘆の声をあげる。

七本の矢は全て、フェリアの放った「魔法の矢」で相殺されていた。

「魔法の盾」で防いだのではない。

アレクサンドラが放った魔力と全く同じ威力で、逆位相の魔力をぶつけて「対消滅」させたのである。

アレクサンドラは先程の「核撃」(ティルト)に勝るとも劣らない魔法を詠唱破棄で放った。

院長が杖を構える。

しかし予想された大爆発は起こらなかった。

アレクサンドラの魔法を、フェリアが対消滅させたからである。

「両名とも、見事じゃ」

アレクサンドラとフェリアは院長に礼をして自席に戻る。生徒達は二人を畏敬の念を持って眺めた。

しかし、アレクサンドラは気付いていた。フェリアの顔に、消えない憂いの色が張り付いたままであることを。


「いやあ、凄いの一言だよ」

サイモンは友人達に言う。

「あんなでかい核撃(ティルト)を正確に対消滅させるって、フェリアは只者じゃないよ」

全くだ、と一人が頷く。そこに、難しい顔をしたアレクサンドラが歩いてきた。サイモンは彼女に声をかけて歩み寄る。アレクサンドラの顔に一瞬だけ喜びの色が浮かびかけるが、それはすぐに憂いに変わる。

「どうしたの、そんな顔して」

アレクサンドラはサイモンに言う。

「サイモン、私どうしたらいいのかわからない」

「学年きっての賢者である君に、分からないことが?」

アレクサンドラは頷く。

彼女がサイモンに話したのは、彼女の親友であるフェリアのことであった。

彼女は驚くべき速さで魔力を上げている。魔力のみではない。彼女の法力も、既に並の人のものではなかった。更にエルフとの混血(ゲミシュト)である彼女は、非常に高いレベルでの精霊との交信が既に可能であった。

それでも、彼女は全く満足していない。彼女が更に力を求めるのは、危険かもしれない…アレクサンドラはそう危惧していたのである。

「…確かに、力に魅入られることは危険だ」

サイモンは頷く。

「しかし、彼女からは野望も欲も感じない。勿論、悪意なんて欠片もない」

アレクサンドラは溜息と共に頷く。

「…あるのは、この上ない悲しみだけだ」

サイモンの言葉に、アレクサンドラは苦笑しつつ再び頷く。

「流石に、よく物が見えているわね」

「見え見えじゃないか」

サイモンは笑う。

「彼女の悲しみは、全てリーシェのせいさ」

確かに…。

アレクサンドラは、ここにいないフェリアの想い人の面影を思い浮かべた。

ここ最近、フェリアが必死に魔法を学び、自らを鍛えているのは、全てリーシェが原因だろう。


北方の大戦で、数限りのない蛮族の兵や魔物、そして巨大な古龍をも屠ったリーシェは、既に師である剣聖ソルフィーからグランドマスターの位を許され、西方の港町パヴィアで静養している。

フェリアはリーシェと共にパヴィアに行くことを望んだ。

彼の、妻として。

しかしリーシェは三つの理由から、それを先延ばしにした。

一つは、フェリアがまだ魔法学院(アカデミー)を卒業していないこと。

もう一つは、自分が無位無冠であり、生活が成り立たないおそれがあること。

そして最後の理由が、パヴィアに自分を狙って名をあげようとする者達が来ることを考えると、フェリアにとって危険だから、というものであった。

リーシェの言葉には一理も二理もあった。その為、フェリアは文字通り泣く泣く聖都に残ったのである。



聖都ロードポリス、アドリア侯爵邸…


聖十字教国の「一の騎士」である枢機卿、マリュー・ド・アドリア侯爵は、愛する妹フェリアの前で渋面を作っていた。

「お願いです、お兄様…」

「しかしなあ…」

フェリアはじっとマリューを見つめていたが、溜息をつくとこう言った。

「…分かりました。もう、お兄様には頼みません」

「何だと、どう言う意味だ」

「言葉の通りですわ、お兄様にはお願いしません、と申し上げたのです」

フェリアは席を立つ。

「まて、どうするつもりだ」

フェリアは涙を浮かべながら答える。

「台下に、よい剣の師を探していただくことをお願い申し上げますわ」

彼女は兄に抗議するように言う。

「『私が泣いて頼んでも、兄は全く取り合ってくださいません。ほんのすこしでも私を哀れだと思し召すならば、どうか剣の師をひとりご紹介下さい』と」

「馬鹿な」

マリューは怒声を放った。しかし、フェリアは全く怯まない。

「お前とて分かっている筈だ、リーシェが何故パヴィアにお前を連れて行かなかったのかを」

「ええ、よく分かっていますわ」

フェリアは涙を流しながら言う。

「私にとって、リーシェ様が無位無冠であることなど何も怖くないのです。生きるための糧など、どうとでもできますもの」

彼女は怒りと悔しさに満ちた表情で続ける。

「でも、リーシェ様は私に、パヴィアに来てはいけないとおっしゃったわ。パヴィアは危険だ、自分を倒して名をあげようとする輩がやって来る、と。私が自分の身を守ることができれば、一緒にいられたのに…私は、私はいつまで経っても、リーシェ様の足手纏いにしかならない…!」

彼女の怒りは、自分自身に向けられていた。

「落ち着けフェリア、リーシェがお前のことを足手纏いなどと思う筈が」

「お兄様は口ばっかり!」

フェリアは泣きながら言い返す。

「私がリーシェ様のお側に行きたいのをご存知なのでしょう?それなら、リーシェ様がそれをお許しくださるように手助けしてくださってもいいではありませんか?」

フェリアはそう言って泣き崩れた。

「誰も私がリーシェ様のお側に行きたいのを助けてくださらないのです。私は、私はどうしたらいいの?」

マリューはそう言って嘆く妹をじっと見下ろしていた。

「…俺がお前に剣の稽古をつけないのには、理由があるのだ」

フェリアは兄の顔を見つめた。

「俺はお前を死なせるかもしれん」

マリューは不安そうに言う。

「構いません。このままリーシェ様のお側に行くことも叶わないならば、私は死んでいるのと同じです」

「魔導士としてのお前は既に一流の力を持っている。この上、更なる力を求めるのか?」

フェリアは首を横に振る。

「私とリーシェ様の子供の身をを守るだけの力があれば、それ以上の力は望みません」

マリューは重々しく言う。

「…わかった」

「えっ」

「お前には負けた。剣を教えてやる」

フェリアは言葉を失った。

彼女はその場に跪く。

マリューは沈痛な表情を見せると、こう言った。

「…道場では、兄でも妹でもない。覚悟しておけ」

「ありがとうございます」

フェリアは兄に礼を言った。


(2)


聖十字教国、聖ヴルム宮殿…

宮殿騎士団(テンプルナイツ)、道場…


「立てっ!いつまで寝ているつもりだ!」

マリューの怒声と同時に、ボロボロになったフェリアがよろよろ…と立ち上がる。居並ぶ宮殿騎士(テンプルナイト)達は皆顔面蒼白であった。

フェリアの身体が美しい白い光に包まれる。

高度な治療の神聖魔法と、疲労回復の魔法を、彼女は同時に詠唱破棄で唱えていた。

彼女が稽古を始めて、ようやく一週間。しかし、マリューがフェリアにつける稽古は他の誰よりも群を抜いて厳しいものであった。

「いやあああ!」

気合鋭く、フェリアはマリューに斬りかかった。

マリューはフェリアの練習刀を己の長い練習刀で弾く。その顔に憂いの色が張り付いた。

軽い。

やはり軽い。

フェリアはマリューの表情から彼の心中を察したかの如く、攻撃方法を変える。

左右からの素早い斬撃。

鋭い。

しかしマリューはそれも片手で弾いて受ける。

フェリアは間合を取り、短く息をつぐ。

化け物。

彼女は眼前にいる己の兄マリューが、ヴィシリエンで最強の剣士と呼ばれる理由を嫌というほど実感していた。

自分の攻撃を、マリューは片手で受け止めている。それどころか、力で吹き飛ばされることがほとんどだ。

しかし彼女の剣気には、恐れも乱れも全くなかった。

稽古に釘付けになっている宮殿騎士(テンプルナイト)達が恐怖にも似た面持ちになっていることの理由は、そこにもあった。

あのマリューの、本気の稽古である。まだ剣を握って一週間。その間に、彼女がマリューに打ち倒された回数は、軽く百を超える。それでもフェリアは全く怯まない。己が習い覚えた回復魔法を駆使して、己の身体をいじめ抜いている。

何故、ここまで鬼気迫る稽古をせねばならないのか。

何故、命の危険を顧みずにマリューに向かって行くのか。

「…一時間半続けたか」

マリューは構えを解くと、剣を握ったまま彼に正対しているフェリアに背を向け、道場の隅に置いてある水の入ったバケツを持って戻る。

そして剣を構えたままのフェリアの頭から浴びせかけた。

「…今日はこれまでだ」

居並ぶ宮殿騎士(テンプルナイト)達の中には、その時はじめてフェリアが立ったまま気絶していたことを知った者もいた。

「…ありがとうございました、師兄」

フェリアは美しい騎士礼を取ると、更衣室に消えていった。


「閣下」

ヴァルス侯爵が心配そうにマリューを見る。

「辛い。…ここまで辛いとは思わなかった」

マリューはヴァルス侯爵にそう言うと、ワインのグラスをあおる。

「やはり閣下の妹御であられるようですな」

「言い出したら聞かないのだ」

「それに、あの精神力」

マリューは頷く。並の人間なら、もうとっくに何度も死んでいる筈。それくらいの稽古をつけている。それを己の魔力と精神力、信仰の力で、無理矢理治療し回復させて、他でもない本気のマリューに向かっていくのだ。宮殿騎士でもマリューの稽古と聞けば震え上がり怖気付く。その恐怖がないかの如く、彼女は立ち上がるのだ。

「それよ」

マリューは頷く。

「…何故、あのように何度も立ち上がれるのでしょうな」

「そんなこと、やる前から分かっているよ」

「は」

マリューは呻くように言う。

「…これを乗り越えねば、リーシェのもとに行けないと考えているからだ」

「リーシェ様ですか…」

ヴァルス侯爵は納得いった、という顔になる。北方で数限りない蛮族を斬り、長駆ロードポリスの危機を救い、聖都の民をそしてフェリアをも守り抜いた少年リーシェの姿が、ヴァルス侯爵の目に浮かんだ。

「フェリアはリーシェの側にあることを望んでいる」

ヴァルス侯爵は頷く。

「しかし、リーシェはそれが危険だ、という理由でまだ結婚を受けない。あの時も、あいつはフェリアを聖ヴルム宮殿(ここ)に逃してアンヴィルと二人で戦ったのだ」

「そうでした」

「魔法も含めて何でもありなら、既にフェリアを倒すのは簡単ではない筈なのだ。だが、フェリアは最低でもソードマスタークラスになるまでは諦めまい」

マリューは吐き捨てるように言うと、またワイングラスを干した。

「あいつは、俺がどんな気持ちであいつを打っているのか分からんのだ」

「心中、お察しします」


翌朝…

アドリア侯爵邸、中庭…


マリューはいつになく早く目覚めた。昨夜の酒が、まだわずかに残っている感じがある。彼は小さく溜息をつくと、窓から中庭を眺めた。


そして仰天する。


フェリアが二振の真剣を手に、一心に型の稽古を行なっている。マリューの教えた通りの型を、正確に、そして流れるように行っている。

いつの間に、真剣を…?

マリューはフェリアが手にしている剣に注意を向けた。

そうか…それを使っているのか。

フェリアが手にしているのは、「両刃のローラン」百八番。即ち、リーシェがその「蒼の剣」を手に入れるまで使っていた一対の魔法銀の剣である。

フェリアは恍惚の表情でひたすらに型を繰り返す。

マリューには、一瞬、リーシェが型を行っているかのように見えた。

型を通しきり、息を整えたフェリアが、兄の視線に気付く。

「おはようございます、お兄様」

「早いのだな」

フェリアは頷く。

「剣を、お借りしておりました」

マリューは頷く。

「その剣か」

フェリアは頷く。

「…この剣を手にして型を行うと、…側にリーシェ様がいてくださるように感じるのです」

マリューは頷く。

「型は当面その剣で行うことを許す」

「はい、ありがとうございます」

だが、とマリューは言う。

「それはあくまでもリーシェの剣だ。お前には、別に剣を見繕ってやろう」

フェリアは頷く。


バーランダー枢機卿とヨハネス枢機卿は、マリューの話に頷く。

「さもありなん」

「さよう、フェリア殿らしい」

マリューは苦笑する。

「毎日、妹を本気で打ち倒すのは…私にとっては苦行です」

「存分にするとよい」

ヨハネス枢機卿は大いに頷く。

「其方はフェリア殿を過小評価しておる」

「そうでしょうか?」

ヨハネス枢機卿は頷く。

「そなたの剣とはいえ、簡単にフェリア殿を殺すことは最早出来ぬよ」

「あれは剣を握ってまだ一週間です」

マリューは真顔で言葉を返す。

「確かにな」

ヨハネス枢機卿はマリューのグラスに赤ワインを注ぎながら言う。

「しかし、彼女の稽古ぶりを見るにつけ、私は思うのだ。『似ているところがある』と」

「おお、それは私もですぞ」

バーランダー枢機卿も頷く。

「誰にです、私にですか?」

二人の枢機卿は笑って首を横に振る。

「まさか。彼女の剣捌きを見て、其方が感じないのが信じられないことよ」

「マリューはそのあたり、鈍うございますからな」

バーランダー枢機卿の言葉に、マリューははっ…と我にかえったようになる。

「気付いたか」

マリューは頷く。

フェリアは、自分の記憶の中にあるリーシェの面影を追っているのだ。

「誠、フェリア殿の一途さは見上げたものじゃ」

ヨハネス枢機卿はそう言って、グラスを口に運ぶ。

「この調子なら、ひと月か」

「そんなに早くは」

バーランダー枢機卿は笑って言う。

「三ヶ月はかかりましょう」

「何がです」

マリューは二人に尋ねる。

宮殿騎士団(テンプルナイツ)の道場で、彼女が勝つようになるまで」

「…まさか、そんな…」

マリューは呻く。

しかしマリューは、二人の枢機卿の眼力の鋭さ、正確さに戦慄することになるのであった。


九月になった。


魔法学院の練武場で、アレクサンドラとフェリアが杖で打ち合っていた。アレクサンドラは鋭い打ち込みを何度も何度も放つ。しかし、フェリアには全く当たらない。彼女はわずかな足の動きと杖の動きで、まるで水が流れるごとくアレクサンドラの攻撃を受け流し続ける。打ち込みを行っているアレクサンドラが、思わずその受けの美しさに見惚れる程であった。

「参ったわ、全然当たらない」

フェリアはにっこり頷く。

「最近、ようやく少しずつ分かってきたの」

「何を?」

フェリアはアレクサンドラに言う。

「攻撃してくる相手の狙っているところや、どれくらいの重さの一撃がくるか、速さはどれくらいか…」

見ていたサイモンが身震いして言う。

「こんな受けをするの、リーシェ位だと思うよ」

フェリアは頷く。

「そう。私が一番好きなのは、リーシェ様の『受け』」

アレクサンドラはフェリアを見つめて頷く。

「でも、まだ全然だめ。…この程度では」

「そんな、フェリアは十分上手いよ」

サイモンは続けて言う。

「僕だって、杖ではフェリアにまず敵わないよ」

アレクサンドラは首を横に振る。

「フェリアが自分に課したノルマはそんな低いものじゃないわ、サイモン」

フェリアはアレクサンドラの顔を驚きの表情で見つめた。

「最終的には、マリュー様の技を受けようとしてるのではなくて?」

フェリアの表情が驚きから喜びと感動に変わる。

「図星みたいだね」

「アレクサンドラは私のこと、よく分かってくれてる」

「分かるわよ」

アレクサンドラは頷く。

「あなたが剣を学んでいるのは、彼の側にいることを許されるため。彼の足手纏いになりたくないから。」

フェリアは頷く。

「魔法では、もう十分そのレベルにあるわ。でも、剣でも己の身を守ることができる位にならないと」

「マリュー様の攻撃を、無事に受け切るなんて…」

「リーシェ様は何度も見せてくださったわ」

彼女の脳裏に、どれだけリーシェの姿が残っているのか。それを考え、アレクサンドラは身震いした。

「確かに、リーシェ・フランシスの受けに、徐々にだけど近づいていることは間違いないわ」

フェリアは頷く。

「…アレクサンドラがそう言ってくれるなら、間違いないわ」

サイモンは尊敬と、僅かな驚きの混じった眼差しでフェリアを見る。しかし彼はその日の午後、更に驚くことになるのである。


宮殿騎士団、練武場…


オルヴィエートは己が目を疑った。

そんな馬鹿な。

彼が放ったはずのソニックブレイドは、目の前の少女の受けの前に雲散霧消した。


こんな形での受け方は、見たことが…

…いや、一度だけ、ある。

眼前の少女の構えは、その受けを見せた少年のそれに酷似している。

左足前の半身。

左手に長剣。剣先は正眼…いや青眼。

そして右手にも剣を持ち、後方上段に大きく構えている。

紛れもない。

あの『蒼穹の聖騎士』、リーシェ・フランシス殿の構えだ。


オルヴィエートのその思いが伝わったのか、見ていた宮殿騎士達の中から、蒼穹の聖騎士…という呟きが漏れる。


声の主は、副長シャルル・ド・ヴァルス侯爵その人であった。


オルヴィエートは剣を後ろに構えて隠す。見ている騎士達に緊張が走った。彼の必殺技、斬岩剣(ソリッド・スラッシュ)の構えである。既に彼は本気だ。訓練用の剣とはいえ、この技がまともに当たれば命に関わる。両断される、まであるかもしれない。

しかしフェリアは全く怯む様子を見せない。オルヴィエートがため込んだ剣気に比べて、彼女は全く剣気を見せていないも同然であった。

気合鋭く、オルヴィエートが技を放つ。


その場にいたはずのフェリアの姿が無い。

馬鹿な、消えた!?

オルヴィエートは一瞬フェリアを見失った。

その瞬間、彼の首にフェリアの剣が触れた。

どよめきが起こる。

「参りました、見えませなんだ」

「もう一手お願いいたします」

フェリアは再び構えを取る。

オルヴィエートは既に本気であった。

控えで彼を見つめるマリューからは、凄まじいまでの無言の圧力がかかっている。

手は抜いていない。

しかし、此処でこれを使っていいものか…

「オルヴィエート!」

マリューの怒声が響く。

「『飛燕剣』だ!」

その言葉に、オルヴィエートが床を蹴ってフェリアに突撃する。

最早、技を出し惜しみして勝てる相手では無い。

自分の技で最も速い攻撃で、対処させずに打ち倒す。

オルヴィエートはマリューの言葉通り、飛燕剣を放った。


その斬撃が、

フェリアの身体を素通りするように見えた。


一瞬の後、フェリアの右手の長剣が唸った。

蒼白い剣気を吹き上げ、フェリアは剣を横薙ぎに一閃した。見ていた騎士達には、フェリアの剣が一瞬火焔を纏ったように見えた。

オルヴィエートはその場に悶絶する。

「炎旋」であった。


「立てっ、オルヴィエート!」

マリューが怒声を浴びせる。オルヴィエートはよろよろと立ち上がり、回復魔法を唱える。それを待って、フェリアが再び構えを取る。

剣気はほとんど見せていない。

しかし、技を出す瞬間の剣気の入り様はかなりのものであった。

オルヴィエートは戦慄する。

目の前にいるのは、剣を握ってひと月ちょっとの少女。

それが、ソードマスターである自分をここまで追い詰める剣技を放ち、自分の技を躱し、無力化している。

才能…

そう言ってしまえばそれまでだ。

だが、明らかにそれは違う。

目の前の少女が放っている剣気は、鍛錬以外では纏うことが不可能なものである。

オルヴィエートにはそれが見えた。

見えただけに、底知れぬ恐怖が彼を襲ったのである。

この美しい少女は、どれだけの稽古を積んだのだろうか。たったこれだけの日数で、どれほどの地獄の様な鍛錬を積んだのか。

似ている。

万の蛮族に囲まれても小揺るぎひとつせず、蒼白い剣気の形をした「死」を振り撒き続けた、あの少年に。

底知れぬ闇を抱えながら、この国の民を救った、あの少年に…!


マリューはオルヴィエートの右足が一歩下がったのを見た。

仮にも四天王の一人であるオルヴィエートである。いかに稽古を積んだとはいえ、今のフェリアに臆する筈などない。この様な事態は、異常だ。

彼は闘場に駆け上がった。

「代われオルヴィエート」

マリューはオルヴィエートを押しのけ、練習刀を構える。

瞬時にして、マリューはオルヴィエートが一瞬でも「臆した」理由を悟った。

「…成程」

フェリアの構えは、リーシェのそれに酷似している。

マリューの顔に笑みが浮かんだ。

「面白い」

彼の身体に周囲から気が集まる。

この剣気の量は、危険だ。

オルヴィエートもヴァルス侯爵も、そして居並ぶ宮殿騎士達も思った。しかし、声が出ない。

「喰らえ!」

マリューが床を蹴る。


「閃撃」。


仮に、アロンダイトでできたマリューの剣「エストラ」で放てば、貫けないものが存在しないとされる一撃必殺の突きである。


固唾を呑んで見守る一同が見たのは、脇腹から出血するフェリアの姿と、間合を取り殺気を全く緩めないマリューの姿であった。

フェリアの脇腹の傷は、急速に治っていく。彼女も全く隙を見せていない。

「よくぞ躱した」

マリューはフェリアを褒める。

フェリアは首を横に振る。

「躱せていません、師兄」

フェリアは剣を構え直す。

マリューは更に剣気を集めていく。

空気が重さを増す。

いかん…!お止めしなくては!

仮にも自分の妹に、練習刀でとはいえ、必殺技を…!

ヴァルス侯爵が腰を浮かせかけたその時。

「見せてやる。死ぬなよ!」


マリューの練習刀が赤熱した。

「喰ぅらえぇっ!」

フェリアに、巨大な火の玉の様なマリューの剣気の塊が叩きつけられた。


フェリアはいつのまにかベッドに寝かされていた。

「お気がつかれましたか」

ダリアが声をかける。

「…私、一体どうして…お兄様は?」

ダリアはフェリアに彼女がマリューに打ち倒された後のことを話した。

マリューの「クリムゾン・ストライク」をまともに受けたフェリアは、道場の床を三回転して壁に叩きつけられ、気絶して此処に運ばれたのである。マリューはヨハネス枢機卿とバーランダー枢機卿に「程度を考えよ」とお説教をされ、意気消沈することこの上ない状態だという。

「…それはお兄様が可哀想」

フェリアは立ち上がる。

「ダリア、服を」

「どちらに行かれるのです?」

「聖ヴルム宮殿に」


聖ヴルム宮殿、教皇庁…


「もう、お身体は大丈夫か」

ヨハネス枢機卿とバーランダー枢機卿、そしてマリューとアンヴィルを前に、フェリアはにっこり頷く。

「全く、仮にも己の妹に『閃撃』と『クリムゾン・ストライク』を喰らわせらるなど、信じられん」

「然様、ご無事だったから良い様なものの…」

「両猊下のお言葉ですが」

フェリアは言う。

「兄の…いえ、マリュー師兄のなさりようは誠、当然至極でございますわ」

「なんと」

フェリアの言葉に、四人の男達は皆驚きの表情を浮かべる。

「眼福でしたわ、本当にありがとうございました」

フェリアはマリューに頭を下げる。

マリューは言葉が出ない。

「…教えて下さい」

「何をだ、フェリア」

フェリアは真顔でマリューに尋ねる。

「…リーシェ様が、初めてお兄様の必殺技を受けた時のことを」

マリューは一瞬キョトンとするが、苦笑すると語り出した。

「お前と同じだ。『閃撃』はかすり傷を受け、『クリムゾン・ストライク』で壁まで吹き飛ばされて気絶した」

マリューは紅茶を一口飲むと笑って言う。

「五、六回転したかな」

「ならば私の勝ちですわね」

フェリアも笑って言う。

「私は三回転しかしていませんわ」

「年齢と身体の大きさが違うだろう」

呆れるマリューに、フェリアは胸を張って言う。

「リーシェ様に誇れるものが、ひとつ身につきましたわ」

フェリアはヨハネス枢機卿に言う。

「猊下、どうか私への稽古のことで兄を責めないで下さい。私が望んでお願いしていることなのです」

ヨハネス枢機卿は頷く。

「向後、真剣での稽古もあろう。…くれぐれも注意して行うようにな」

「はい」

ヨハネス枢機卿はマリューに言う。

「マリューよ」

「はっ」

「フェリア殿の中に、リーシェ殿の面影が見えても…いきなり本気で仕掛けてはならぬぞ」

マリューは頭を下げる。

「大方そんなところだろうと思ったのだ」

バーランダー枢機卿も頷く。

「マリューにとって、剣聖殿を除けば、全力で稽古できるのはヴィシリエン全土にはリーシェ殿か、シュテッケン殿しかおられぬ。だが、フェリア殿はリーシェ殿ではない。…いかにその剣の中に、リーシェ殿の面影が残っていようとも、な」

「一日も早く」

マリューは頭を下げたまま答える。

「…妹が、リーシェの側で暮らし、我が身と彼の子をこと守って戦うことを許されますように、全力を尽くす所存でございます」

ヨハネス枢機卿は満足そうに頷く。



三月になった。


アレクサンドラとサイモンは宮殿騎士となり、東部辺境への出陣を経験していた。


宮殿騎士団の練武場…


サイモンは、己の愛剣「両刃のローラン」を構えていた。

彼は素早くソニック・ブレイドを放つ。

しかし目の前の相手は、それをものともしない。

やはり効かないか。

サイモンは詠唱破棄で、「聖光の槍」という呪文を放つ。直径二メートル程の輝く光の棒が、目の前のフェリアめがけて突進する。

その魔法が、不可視の壁に激突したように削れて消滅する。

「くっ、やるな」

サイモンは更に次の呪文を放とうとする。

その彼の右手を、一筋の電光が貫いた。

強烈な痺れに、サイモンの動きが一瞬止まる。

しまった!

そう思った時には、既にフェリアの剣がサイモンの喉元に突きつけられていた。

「それまでだ」

フェリアはにっこり笑って騎士礼を取る。アレクサンドラが溜息を吐く。

「剣じゃ駄目ねえ、やっぱり…」

「そういうなよ、魔法だけでも凌ぐの大変なんだから」

「聖光の槍」にも、位相をずらした魔法をぶつけて消しに行き、サイモンが魔法を放つ前に「電撃」で動きを止めて、斬る。

バイアームとしての戦い方を、本当によく心得ている。

アレクサンドラはフェリアを見て、そう思った。

「あとは、対多戦闘が課題かしらね」

フェリアは頷く。

「複数のバイアームや魔導士と戦った経験がないの。だから、感覚が分からないわ」

「実際に」

とアレクサンドラは言う。

「…人や魔物を殺してみないと、わからないことも多いはずよ」

「どんな気持ちになるの」

フェリアの問いに、アレクサンドラは答える。

「…あまりいい気持ちはしないわね」

サイモンも頷く。

「特に、人間やそれに近い種族の命を奪うのはね」

フェリアの表情が引き締まる。

「でも、やらなければやられる」

フェリアはアレクサンドラの言葉に頷く。その通り、殺すか、殺されるか。

今にして思えば、ロードポリスで深淵(アビス)の前に立ち塞がり、無限に湧き出す魔物の群を斬り続けたリーシェの技と精神力たるや、どれだけのものであったか。

彼は言った。

フェリア様のお陰で戦えた、と。

貴女の為に戦ったのです、と言うに等しい彼の言葉に宿った熱い想いが、フェリアの心を満たした。

私も、同じです。

リーシェ様の為なら、

リーシェ様と、私の子供達を守るためなら、

私のこの手はどれ程血に染まっても構わない。

魔女と呼ばれても構わない。

彼の力になりたい。

少なくとも、彼が私の身の安全を気にして、力を削がれることがない程度には…

「私は、力が欲しい」

アレクサンドラとサイモンは、フェリアの言外にある言葉も含めて、彼女の想いを理解していた。



年が改まって、一月の末…。


聖十字教国(クルーセイド)

北部辺境、ヴラチスハーフェン…


ラフエット海に面した鄙びた北部の小さな港町に、フェリアはいた。この街も、常に周辺の魔物(亞人族が多い)達や、蛮族に脅かされていた。フェリアは数名の宮殿騎士によって率いられた五十名程の小部隊に、騎士見習いの格で参加し、魔物狩りを行っていた。

「フェリア殿」

隊長である宮殿騎士、クラスニツァが声をかける。クラスニツァの隣には、女性の司祭級宮殿騎士であるナターリアが付き添っていた。

「隊長、ナターリア様も」

「これから軍議です、本陣に」

「かしこまりました」

三人は部隊の本陣である天幕に集まった。宮殿騎士及び見習い合わせて十名程が揃うのを待って、軍議が始まる。

クラスニツァは皆に告げる。

「…最近、この街にゴブリン共が頻繁にやって来る理由が判明した」

皆が固唾を飲み、クラスニツァの次の言葉を待つ。

「さらに北方の峠から、オーク鬼の群れが南下してきている」

ゴブリンを捕食するオークが、冬になり餌を求めて移動している、ということである。小さく頷く宮殿騎士達に、クラスニツァは続ける。

「さらに…そのオークの後方から、灰色オーガの群れがここを目指している」

「規模はどのくらいなのですか」

一人の宮殿騎士がクラスニツァに問う。クラスニツァはナターリアの方を振り返った。ナターリアは頷くと、口を開いた。

「灰色オーガの群れは十頭程度です」

「大きな群れではないが、成獣の雄一頭と雌五頭、そして成獣に近い大きさになった幼獣が数匹」

「厄介だな」

一人の老騎士が言う。灰色オーガの戦闘力は、オークのそれとは段違いである。

「でも、やるしかない」

クラスニツァは言い切る。

それらの群れを、退治しきらねばならない。

ゴブリンですら、数が多くなれば普通の人間にとっては脅威になる。

ましてや、より力の強いオーク鬼や灰色オーガであれば、自警隊員の手には負えない。

これだけの数の宮殿騎士がいれば。

そこにいた皆が、クラスニツァの言葉に頷いた。

我々が、やるしかないのだ。


一同は、ヴラチスハーフェンの北門を出て、北方へ向かう街道の峠を目指した。

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