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稲荷山の小さなお狐さま  作者: 佐々木尽左


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それじゃ、またな

 秋もかなり深まってきて、冬はもう目の前や。夏服なんぞとうの昔に使っとらん。

 ということは、お雪さんの山入りが目前に迫ってるということや。仕事場には既に辞めることを伝えてあり、今日で最後と聞いてる。


 「ただいま戻りました~」


 その仕事も滞りなく終わったようで、たった今お雪さんは家に帰ってきた。


 「はい、お疲れさんです」

 「いいえ。これで今年も最後ですね~」


 これから山に登るお雪さんにとっては、今年の人里での活動はもう終わった。予定では明日に家を出る。


 「おう、お疲れさんじゃな。今年はよう働いてくれた。明日は山へ登るんじゃろう? ゆっくりと休むがいい」

 「まるでお銀ちゃんのお家みたいにゆうてんな」

 「いいじゃろうが! 労っておるんじゃから言い回しくらい目をつぶらんか!」


 最初の頃とは違ってかなり慣れたんやろう、美尾ちゃんはだんだんと遠慮なしに物をゆうようになってきた。特にお銀ちゃんとはかなり仲が良い。

 いよいよお雪さんが山に入るときが近づいてくるわけやけど、特にこれといった変化はない。お雪さん自身は準備する物はほとんどないらしいし、千代さんがたまにこっちへと遊びに来てくれるから連絡を取る手段もある。更にゆうと、来年の春に山を下りたら戻ってきやはるから別れのつらさもない。まぁ、単身赴任の出張みたいなもんやなぁ。


 「それじゃ食べよか」

 「そうですね」

 「「わーい!」」


 全員席について晩ご飯を食べ始めた。

 今日のおかずは、秋刀魚の開き、大根の煮物、おひたし、粕汁や。今気付いたけど、今日は純和風の献立やな。


 「お雪はん、明日はいつ出発すんの?」

 「朝ご飯をいただいてしばらくしてからですよ。だいぶ楽になったとはいえ、結構かかりますからね」

 「昼と夜の分の弁当用意しますから持ってってくださいよ」

 「ありがとうございます。あ、お金はここに置いていきますから……」

 「いーです。玉尾さんからぎょうさんもらいましたから。大体、交通費くらいはいるんでしょ?」


 とゆうような感じで話は進んでく。事務連絡か最後の打ち合わせみたいやね。


 「そうそう、お銀ちゃん。取り憑く家はどうするつもりなのかしら?」

 「うーん」

 「今年中に見つからんかったときは、義隆に取り憑くらしいで?」

 「待たんかい。義隆の『家』じゃ。本人に取り憑いてどうする。我ら座敷童は個人ではなく家に取り憑くんじゃ」

 「でも、それやのにお家の人に構ってもらわんと寂しいんやろ?」

 「美尾は最近性格が変わってきとらんか!?」


 それは俺も思う。元気なんはええんやけど、言い方にとげがあるってゆうか、含むところが増えてきてるってゆうか。誰に似たんやろう?


 「今年いっぱいですか。そうなると、来年にはどこかの家に取り憑いてるんですよね」

 「まぁ、そうなるの」

 「美尾ちゃんは、来年も義隆さんの家にいるんですか?」

 「うん、いるよー。お銀ちゃんもおるしな」

 「来年のわしはどうなるかわからんじゃろう」

 「そう思てんのはお銀ちゃんだけやって。人間諦めが肝心ってゆうやん?」

 「わしは人間ではない!」


 みんなの話を聞いてると、来年も今年と同じような感じになりそうなんやなぁ。


 「そうや。みんな、来年はどっか旅行に行かへんか?」

 「旅行ですか?」

 「うん。玉尾さんに支度金をもらってお金に余裕があるから、一泊二日の旅行やったら差し支えないと思うねんけど、どうやろ」

 「うち行きたい! どこ行くん!?」

 「旅行か。わしは西国を見てみたいのう」

 「あらいいですねぇ。北陸も行ったことないんで、そちらにも興味があります」


 旅行の話をみんなに振るとかなり盛り上がった。やっぱりたまには外へ出た方がいいよな。美尾ちゃんの見聞を広めるってゆう意味でも、これはやるべきやろう。

 この日の夕飯は珍しく長引いた。旅行ネタでこんなに盛り上がるとは思わんかったな。




 翌朝、いよいよお雪さんが山に入る日がやってきた。朝ご飯を食べた後、俺は美尾ちゃんと一緒に弁当と水筒の点検をして、お雪さんとお銀ちゃんは荷物の点検をする。

 そこへ、亜真女さんもやって来た。昨日は急ぎの仕事があって家から出てこれへんかったらしいけど、それも昨晩遅くに終わったらしい。


 「お雪は~ん、お弁当の用意できてるよ~」

 「は~い、ありがとうございます。ふふふ、昨日も思いましたが、大きいですね」

 「合流できたら、千代さんと一緒に食べてもええんと違います?」

 「そうですね。そうします」


 俺は弁当と水筒を紙袋に入れて渡す。結構重いな。


 「それじゃ、そろそろ行きますね」

 「お、お雪さん。い、今までありがとうございました。り、料理とってもおいしかったです」

 「あー、感動の別れを演出しようとしておるところ悪いんじゃが、また春になると戻ってくるんじゃぞ、お雪は」

 「ええ!? そ、そうなんですか!? き、聞いてないですよ!」


 感極まりそうやった亜真女さんが、お銀ちゃんの言葉で素っ頓狂な声を上げた。まさしく私の感動を返せ状態や。誰も教えてへんかったんか。


 「い、いつ戻ってくるんですか?」

 「来年の三月のどこかです。そのときはまたよろしくお願いしますね?」

 「なぁなぁ、山に遊びに行ってもええか?」

 「いいですけども寒いだけですよ? 来られるんでしたら千代さんのお宅にした方がいいですね。一度千代さんと相談してはどうでしょう」

 「うん、わかったぁ!」


 廊下を歩きながらもお雪さんとの会話は続く。その話を聞いてて、俺からもひとつお雪さんに話をしてみた。


 「そうや、お雪さんは正月どうするんです? ずっと山ん中ですか?」

 「ええ、そうなります。さすがに下山はできないですし」

 「それやったら、千代さんの家で正月を祝うことはできるんですよね?」

 「え、それってまさか……」

 「千代さんがいいって言ってくれたらですけど」

 「断らんじゃろ。千代殿も相手をしてもらえるとなると喜ぶじゃろうし」

 「うわぁ、今年のお正月はみんなで祝うんかぁ。あ、お婆さまも呼ばんと!」

 「わ、私は行くと迷惑になるから……」

 「亜真女さんが寒い日に外出すると、雨って雪になるんですか?」

 「あ、あんまり寒すぎるときはですけど」

 「そうなると、千代さんの家までの経路と所要時間を聞き出してしっかり移動計画を立てる必要があるなぁ」


 俺の言葉に亜真女さんが驚く。どうやったって雨か雪は降るんやろうし、天気が悪くなるからってゆうだけで亜真女さんをのけ者にするわけにはいかんやろう。

 いつの間にか玄関口で俺らは話し込んでいた。けど、いつまでもこうしてるわけにもいかんよな。


 「皆さん、ありがとうございます。お正月の件は、私からも千代さんに話しておきますね。きっと喜ぶと思いますよ」

 「それじゃ、また」

 「お雪はん、またな~」

 「達者でな。正月にまた会おう」

 「さ、さようなら。わ、私もお正月はそっちに行きますね!」


 俺らの挨拶を受けたお雪さんは一礼をすると、鞄ひとつを手にして歩き始める。全員、玄関先でお雪さんの姿が見えなくなるまで見送った。


 「行ったのう」

 「行ったなぁ。でも、お正月が楽しみや!」

 「そ、そうですよね! わ、私も大人数のお正月は初めてなんで、た、楽しみです!」

 「あ、それと旅行の件も考えとかんとな。どこにいこか?」

 「え? そ、それって何の話なんです?」


 ずっと外にたってても寒いだけやし、俺らは再び中に入ることにした。俺は玄関の扉を開けて他の三人を先に入れると最後に自分も入る。これから正月のことと旅行のことを話し合わんといかん。




 今年は春先に美尾や玉尾さんと出会ってから、今までにないような出会いがあった。とりあえずはこれで一旦落ち着いたけど、来年はきっと今年以上に騒がしいんやろうな。それはそれで楽しみや。早う来年にならんかな。

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