56.邪神同士の殺し合いも面白そうかもな!
星乃はテーブルから降り、別の椅子へ優雅に座り直した。
手に持ったティーカップから、微かに香るハーブの匂いが立ち上る。
顔にはわざと余裕の笑みを作り上げているが、その内心では極めて冷静に現在の状況を分析していた。
彼女の頭の中に広がるのは、かつてプレイしたゲーム『スカイボン』の壮大なメインシナリオだ。
王国ラインにおいて、主人公であるスカイボンがメルティア・ヴァルセリオンと接触した後の展開には、複数の決定的な分岐が存在する。
プレイヤーの選択次第で、世界の運命は大きく変わるのだ。
一つ目は、メルティアを利用して、帝国と王国の間に大規模な戦争を勃発させるルート。
二つ目は、彼女を裏切り、王国の宝物庫から強大な聖剣を奪い取るルート。
三つ目は、帝国騎士団に彼女の居場所と正体を密告し、邪神メティシアとして討伐軍を差し向けるルート。
そして四つ目が、彼女の仲間となり、奪われたアイテリア王国を取り戻すため共に戦うルート。
どれを選んでも、一筋縄ではいかない過酷な戦いが待っている。
だが、今の星乃には、ゲームのプレイヤーのように自由な選択肢を選ぶ余地はなかった。
本来の主人公であるスカイボンと、今の自分たちとの決定的な違い。
スカイボンは世界に選ばれた存在であり、物語を進めれば確実に最強の力を手に入れる。
だが、今の自分が宿っているセシリアの肉体は、本質的にはただの下級ランクの村娘に過ぎない。
いくら星乃がゲームの知識と権能を駆使したところで、邪神メティシアに正面から勝つことなど、物理的にあり得ない。
先ほどの無詠唱での空間干渉。
もし『ジャスト回避』のタイミングがわずかでもずれていれば、確実に肉体は光の槍に貫かれ四散していた。
だからこそ、彼女と真っ向から戦うルートだけは、絶対に避けなければならない。
ゲームのシナリオ通り、さっきの攻撃魔法は、禁忌ランクの「邪神メティシア」の力ではなく、極級ランクの魔法使い「メルティア」の力だ。
メルティアは正体を隠すため、王都内では「邪神メティシア」の力は使わないし、修道女としての猫もしっかり被っている。
そして、「邪神メティシア」としての本来のクラスは、召喚術士。
彼女を敵に回せば、無数の強大な魔獣に取り囲まれてしまう。
ならば、選ぶべき道は一つしかない。
彼女を、仲間にする。
彼女を助け、信頼を得たら、彼女は「邪神メティシア」の力を捨て、極級ランクの魔法使い「メルティア」としてパーティーに加わる。
ただ、このルートの終盤、王国からは反乱軍と通報され、帝国からは邪神使いと恐れられ、かなりハードルの高い過酷な道のりでもある。
「メルティア」
星乃はカップをテーブルに置き、脚を組み替えた。
「アイテリア王国を取り戻したくないかね」
その言葉に、メルティアの深い青い瞳が微かに揺れた。
星乃は言葉を続ける。
「貴方の力だけでは不足している部分もあると思うが、私を加えれば、できないことでもない。アイテリア王国の奥には、さらに強い神竜が眠っていることも知っているわよ」
「……王国を取り戻すなどと、簡単に口にして良い言葉ではありません」
メルティアはゆっくりと歩み寄り、テーブルを挟んで星乃の正面の椅子に腰を下ろした。
空間を歪めていた張り詰めた殺意の気配が、少しだけ和らぐ。
「それに、わたくしはあなたのことを信用していません」
メルティアの視線が、星乃の足先から顔までを査定するように動く。
「あなたの放つ気配は、確かに異質です。私の無詠唱の空間干渉を、気配すら見せずに完全に回避した力。それは認めましょう」
メルティアの声は冷たく澄んでいる。
「ですが……その肉体から感じる魔力の総量は、どう見ても下級の域を出ていません。それほどの力を持ちながら、なぜそのような脆弱な器に宿っているのですか?」
痛いところを正確に突かれた。
下級の魔力しか持たない器。
それは星乃とセシリアの最大の弱点だ。
だが、星乃の表情は一切崩れない。
ここで少しでも弱みを見せれば、この交渉は完全に破綻する。
星乃はわざと嘲笑を浮かべた。
「この戦を司る神、ヴァルキュリャが弱いとでも言っているのか?邪神メティシア」
星乃は身を乗り出し、冷酷な眼差しでメルティアを真っ直ぐに見据える。
「協力関係が要らないなら、邪神同士の殺し合いも面白そうかもなー!」
その声には、死への恐怖を微塵も感じさせない、純粋な狂気と傲慢さが満ちていた。




