【寄り道】第4話「ポケットの中」
裏道を出ると、本通りの光が急に明るく感じられた。整理されたデータの流れる音。人の気配。整然とした照明。すべてがはっきりしている。
カノジョは、その光に目を細めた。さっきまでいた裏道の薄暗さが、もう遠い昔のように思えた。
「……目が痛い」
「慣れるまで時間がかかる」
スターが、そう言って歩き出す。カノジョも、その後を追う。二人の足音が、本通りの床に響く。整えられた音だった。表は、いつも通りだ。
中継セクターに戻ると、カレシが端末の前に座っていた。手帳は開かれている。ペンは、置いてある。カノジョとスターが入ってきても、彼は顔を上げなかった。何も言わなかった。尋ねなかった。
カノジョは、自分の席に座り、ポケットの中を確認した。
光の粒。温かい布。足音。歌の断片。
そして、消された言葉の破片。
どれも、分類できない。どれも、名前がない。彼女は、それらを机の上に並べた。光の粒が、かすかに明滅している。布の温もりは、まだ消えていない。足音は、もう聞こえない。でも、確かに、そこにあった。
「……これ、どうするの?」
「提出したら、整理される。整理されたら、ノイズじゃなくなる」
「じゃあ、持っとく?」
「ああ」
スターは、自分のポケットから歌の断片を取り出した。彼は、それを机の上に置き、もう一度手に取った。何かを確かめるように。そして、また机の上に戻した。
「保存も、登録もしない。ただ、ここに置いておく」
「それで、なくならない?」
「なくならないものは、なくならない」
カノジョは、その言葉を聞いて、うなずいた。彼女は、ノイズを一つずつ、丁寧にポケットに戻した。光の粒は、もう明滅していない。温かい布も、冷めている。それでも、彼女はそれを手放さなかった。
夜。
カノジョは窓辺に立ち、ポケットから光の粒を一つ取り出した。指の上で、かすかに明滅する。色はない。形もない。ただ、そこにある。彼女は、その粒を窓の外にかざした。街の灯りが、粒を通して、少しだけ違って見えた。
「……また、誰かが拾うかもね」
誰に言うでもなく、呟いた。スターは、遠くでギターのチューニングをしている。返事はなかった。でも、それでよかった。
一方、カレシは、一人で手帳を開いていた。今日の記録は、何も書いていない。カノジョとスターが何をしていたのか、彼は知っているようで、知らない。それでも、彼はペンを手に取り、一行だけ書いた。
『提出なし。……これでいい』
彼は、その言葉を書いて、手帳を閉じた。ページを閉じる音が、静かな部屋に響く。
窓の外の夜に、小さな熱が灯った。誰も気づかない。カノジョも、スターも、カレシも、その光を見ていない。でも、確かに、そこにあった。
カノジョが、最後にもう一度ポケットに手を入れた。何もない。でも、温かさだけが、指先に残っていた。
【非公式観測記録】
対象:裏道で拾われた未分類ノイズ
処置:提出されず、個人保管
追記:提出されなかった記録ほど、長く残る
観測継続。
──『今日は本通りを歩かない』完──




