表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編D-① 『今日は、本通りを歩かない』―「彼女の時空」からの寄り道―  作者: Taku


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/2

【寄り道】第1話「本通りを外れる」

【冒頭】

この物語は、『彼女の時空』の世界からの小さな寄り道です。独立した短編としても読めます。二巻と三巻の幕間にも置かれています。カノジョ。スター。カレシ。 知らなくても構いません。本通りから少し外れた道を、どうぞ。(全四話)



第1話「本通りを外れる」


中継セクターの片隅で、カノジョがラムネを一つ溶かしていた。色が変わるまで待って、舌の上に乗せる。甘さは、すぐに消える。何かを待っているようで、何も待っていない時間だった。彼女は、もう一つラムネを取り出そうとして、やめた。今日は、これでいい気がした。


「ねえスター。今日、表のアーカイブ見に行かない?」


スターはギターを膝に置いたまま、首を横に振った。


「表は整理されすぎてる。音がしない」


「音がしないの?」


「ああ。データは揃ってる。でも、匂いも温度もない。色も、均一だ」


カノジョは、その言葉を聞いて、少しだけ考えた。表のアーカイブは、確かに綺麗だった。でも、綺麗すぎて、何かが足りない気がしていた。


「じゃあ、裏?」


「裏は、残ってるらしい」


「何が?」


「……分からない。分からないまま残ってるもの」


二人は、0612アーカイバの公開区画を抜けた。照明は白く、床は磨かれている。誰もが通る道。誰もが使うデータ。すべてが整然と並んでいる。カノジョは、その並び方を見ながら、少しだけ早足になった。


公開区画の端に、古い保守用の通路があった。鍵はかかっていない。誰も使っていない。ただ、そこにあるだけの通路。


カノジョが先に足を踏み入れる。照明は落ちかけ、壁には剥がれたラベルが点々と残っている。床には、長い間、誰も通っていないことを示す埃が積もっていた。


カノジョが歩くと、足音が変わった。表の廊下とは違う。少しだけ湿った、柔らかい音。スターが後ろからついてくる。ギターのケースが、壁に軽く当たる音がした。


「……ここ、誰も来ないの?」


「公式の地図には載ってないからな」


「じゃあ、私たちが来たことは?」


「ノイズだよ。残るか、消えるか、分からない」


カノジョは、その言葉に何も言わなかった。でも、その「分からない」という言葉が、なぜか気に入った。


足元の埃を靴で払うと、小さな光の粒が舞い上がった。カノジョは、しゃがみ込んで、その粒を指先でそっとつまんだ。光は、かすかに明滅している。冷たくもなく、熱くもない。ただ、そこにある。


「これ、データ?」


「ノイズだ。誰かが消したか、残したか、分からないやつ」


スターがその粒を指でつまむ。

一瞬、遠い子どもの声のような音がして、すぐ消えた。カノジョは目を細めた。その音は、どこかで聞いたような気がした。でも、思い出せない。思い出せないまま、彼女はその粒を指先で転がした。


「……おいしい匂いがした」


「俺には、昔の曲のサビに聞こえた」


「同じものなのに、違う感じ方をするんだね」


「ノイズは、そういうものだ」


「ねえ。これ、持って帰っていいのかな」


「分からない」


「じゃあ持って帰ろう」


二人は顔を見合わせ、その粒を分けてポケットに入れた。提出はしない。報告もしない。ただ、持っておくことにした。


スターが歩きながら、その粒のことを考えていた。音がしたのに、記憶には残らない。そんなノイズが、この世界にはまだあるらしい。


通路の奥で、風ではないものが通り過ぎた気がした。振り返っても、誰もいない。カノジョは、その気配を感じて、少しだけ足を止めた。


「……今、何かいた?」


「いたかどうかも分からないのがノイズだ」


「それもそうだね」


二人は、本通りの光を背にして、さらに奥へ歩いていった。足元の埃が、また一つ、光の粒になって舞い上がる。カノジョは、それを無視しなかった。彼女は、その粒がどこへ行くのか、一瞬だけ目で追った。粒は、通路の壁に吸い込まれるように消えた。それだけのことだ。



スターが、歩きながらギターの弦を一本だけ弾いた。低い音が、通路の奥へ吸い込まれていく。その音は、どこにも届かない。でも、確かに、そこにあった。



【非公式観測記録】

対象:カノジョ/スター

場所:アーカイバ裏道(非公開区画)

処置:未分類ノイズを個人保管


観測継続。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ