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登っていく途中、青く光る粘液の塊が無数に壁一面に張り付いていた。
塊は丸く、表面は血管のような物が浮き出ており、脈打っていた。
触れないように、そしてなるべく近付かないように体を動かして避け、登っていく。
「はぁ…はぁ…」
疲れたけど、何とか力尽きる事なく一番上まで上がれた。
ルーデンが無事だといいけど。
顔をあげると、巨大な何かが横たわっていた。
動いている様子はないが、暗くてよくは見えない。
その時、後ろから何かが向かってきた。
振り返ると…ルーデンだった。
「まったく、無駄に繁殖してた」
「無事で良かった」
「お前も無事に……はっ!?」
ルーデンが横を通り過ぎ、進んでいく。
「気を付けないと、何かいるんだよ」
「ああ〜。愛しの我が肉体」
「どういう事?」
ルーデンが光球を天井に放ち、当たりが白い光で照らされる。
そこには黒く巨大なドラゴンの死体が横たわっていた。
「ドラゴン……ルーデンはドラゴンだったの?」
「ああ、黙っててすまない。だが聞かれなかったからな」
「でもこの体……」
複数の鼠がドラゴンの体を這い回っていた。
「ああ!! 失せろ!! これは我の物だ!」
ルーデンが叫びながら飛び回り、ドラゴンの体に群がる鼠を追い払う。
鼠達は壁に空いた小さな隙間に逃げていった。
気が付くとルーデンがいなくなっていた。
「ルーデン? ルーデン?」
静まり返る部屋。僕の声だけが部屋の中に響く。
その時、ドラゴンの片方の翼が広がった。
そのままドラゴンの体は手と足を付き起き上がった。
で、でかい…。
「ルーデン……だよね?」
「そうだ」
球体の時の声とは違い、とても低く、周囲に響き渡るような声に変わっていた。
「踏み潰さないでね」
「大丈夫だ。だがこの体に慣れるまでは二、三回踏んでしまうかもな」
「笑えないよ」
「すまない。体を取り戻せた事で浮足だってしまったんだ。踏まないよう気を付ける。それより我に聞きたい事があるのだろう?」
「どうして肉体から離れたの?」
「自らの意思で離れたのではない。気付いた時には分離していた。我自身知りたいところだ」
「どうしてドラゴンだって黙ってたの?」
「すまなかったな。確信がなかったんだ。それに話すタイミングも、なかったしな」
「ここへはどうして来たの?」
「我は同胞に追われていたんだ。それでここに身を隠した。一時しのぎのはずだったんだが、いつの間にかこのような状況に陥ってしまっていたんだ」
「かなり広くて深いみたいだけど、この場所は一体何なの?」
「必死に逃げていたから我も詳しくは分からない。だが見てきた感じではブラッカスに関係する物だろう」
「ルーデンがここへ来た時、ブラッカス達はいなかったの?」
「ああ、既にいなかった。ここはただのブラッカスの遺跡でしかなかったんだ」
「いつからここに?」
「かなり前だ。感覚ではな。だが我の体が残っていたのなら、それほど時間は経ってはいないのかもしれない。あくまでもドラゴンとしてだが」
「どうして体が元に戻ったの?」
「それは特別驚く事ではないだろう。お前は知らないかもしれないが、この世界に出てみればすぐに分かる」
「ありがとう。そろそろ進む?」
「ああ、だが行く前に我も少しお前に尋ねたい」
「どんな事?」
「実際のところ、お前は自分の事をどれほど覚えているんだ?」
〘⇄〙誠実に言うべきかな。それとも不誠実かな。
「本当にあまり覚えてないんだ。ここまで来た途中のように、感覚を取り戻す度に記憶が蘇ってくる。そんな感じなんだ」
「ふむ。記憶以前に、この世界の知識が乏しいようだが」
「見た目通り、ドラゴンのルーデンよりは長生きしてないもん」
「我は魂を見て、その者が何者か判断するからな。見かけはあまり関係ない」
「僕の魂はどう?」
「実際のところ不思議な魂だ。一見、有り触れた生者の弱き魂にも見えるが、何か異なっている」
「僕の正体が分かったりする?」
「分かっていたらすでに教えているさ。我も完全には、まだ力や感覚が戻っていないんだ」
「肉体を取り戻したばかりだしね」
「そういう事だ。さあ進もう」
「うん」
「少し離れてくれ」
そう言うと、ルーデンは先に壁の方に向かい翼を広げながら両足で立つと、そのまま両手で勢い良く壁に激突した。
壁はもう脆くなっていたのか、またはドラゴンの肉体を取り戻したルーデンの力が強かったのか分からない。
壁は音を立てながら崩れていった。




