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真夏のカリステギア  作者: 伽耶


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8/8

第七話:気まずい食卓

風呂上がりの体には、まだ微かに湯気が残っていた。

濡れた髪をタオルで押さえながら廊下を歩くと、

食卓のほうから、だしの香ばしい匂いがふわりと漂ってくる。


夕食にしては少し早い時間だけど、梧桐家には

「夕食は家族揃って食べる」 という昔ながらの家訓があるらしい。

なんか、日曜夕方の国民的アニメみたいな、古き良き日本の家族ルールだ。


広い座敷の中央に置かれた長い食卓には、

具沢山の混ぜご飯、焼き魚、煮物、山菜のおひたし、お吸い物――

どれも手が込んでいて、最近食欲が落ちている俺には、ありがたいよりも申し訳なさのほうが強い。


「ごめんなさいね……てっきり竜胆さんが話してるものかと」


「ん?言ってなかったか?」


悪びれずに夕刊を広げたまま答えるじいちゃん。

その態度に、菖蒲さんが静かに怖い目を向けた。


さっきお風呂で遭遇した()

二階にいる女の子――代田真夏(しろたまなつ)と言うらしい。

俺と同い年で、菖蒲さんが教師だった頃の教え子の娘らしい。


“しばらく預かっている” と説明されたが、

他の事情については、菖蒲さんは言葉を選んで慎重に濁していた。

何かあるんだろうけど、詮索する雰囲気ではなかった。


「あ、ごめんなさいね、冷めちゃうわね」


菖蒲さんが俺に優しく声をかけた瞬間――


二階から軽い足音がパタパタと降りてくる。

でも、その一歩一歩がやけに胸に刺さる。


部屋のふすまが静かに開き、真夏がそっと入ってきた。

その動作は落ち着いているのに、空気だけが一瞬で張りつめる。


無表情で俺を一瞥すると、

菖蒲さんの向かい側に淡々と腰を下ろした。


――空気が、ピリッとした。


あんなことがあったあとだ。そりゃそうだ。


ちら、と目が合う。

即座に逸らされる。


氷みたいに冷たい視線だった。

胃がぎゅっと縮む。


沈黙に耐えきれず、俺は小さく息を吸った。


「えっと……さっきは、その……本当にごめんなさい。驚かせるつもりなんてなくて……」


膝の上で手がわずかに震える。


真夏は眉ひとつ動かず、淡々と言った。


「もういいです。忘れましたから」


あぁ、これはあかんやつや……。

完全に、許してない声だ。


「いや、忘れてないでしょ絶対」


気まずさがピークを越えたのか、

自分でも驚くくらい普通の声でツッコんでいた。


真夏の眉がぴくっと動く。

明らかに「なに言ってるの、この人」という顔。


「……忘れました」


二度目は、さらに低温。


だけど、不思議と怖くはなかった。

むしろ、ここまで堂々と冷たいと、少し笑えてしまった。


菖蒲さんが「まぁまぁ」と苦笑し、

じいちゃんは焼き魚の骨を外しながら、


「ああいうのは事故じゃ。気にするな」


とだけ呟いた。


いや、じいちゃんは気にしてなくても、こっちは気にするんだけど。

そもそもいろいろと説明してないじいちゃんが悪いと思う…


ただその一言で、少しだけ食卓に風が通った気がした。


気まずさと、微妙な火花と、

それでも逃げられない共同生活の始まり。


俺と真夏の視線は互いに皿の上へ逃がしたまま――


ぎこちない夕食が、静かに始まった。

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