第六話:湿ったままの心
何も考える余裕もなく、私はほとんど反射で脱衣所を飛び出し、
廊下をずぶ濡れのまま駆け抜けて自室に逃げ込んだ。
背後で戸が閉まる音がして、ようやく息が吸えた。
肩から雫がぽたぽたと畳に落ち、滲んでいく。
せっかく温まった身体は嘘のように冷えていた。
(……最悪。ほんと、最悪)
だけど胸の奥が熱いのは、裸を見られたからじゃない。
羞恥もあるけれど、それは表面の薄い膜みたいな感じで…
本当の問題は、あの一瞬でわかってしまった“同じ匂い”だった。
あの人の目。
濁った、あの色。
この場所が宿木だから理解できる。
そこに巣くうものだけが持つ、水たまりの底に沈んだ泥のような色。
私が鏡を見るたびに、見なかったふりをしていた色。
(やだ……なんで、同じなんだよ)
バスタオル1枚で立ち尽くしたまま、胸の奥だけがじくじく熱い。
体は震えるほど冷たいのに、内側だけがどろっと燻っている。
同族嫌悪なんて言葉で片付けたくない。
もっといやな感じ。
正体を当てられたような、心臓を掴まれたような、逃げ場のない感じ。
(見られたくなかったのは……身体じゃない)
タオルで髪を雑にぬぐうと、指先が震えていた。
怒りでも羞恥でもなく、正体のわからない拒絶が喉に詰まる。
そのとき、廊下でスリッパの音がした。
「真夏ちゃん?大丈夫?タオル、持ってきたわよ」
菖蒲さんの声は、あいかわらず優しい。
けれど今は、その優しさが胸に刺さる。
開けちゃだめだ。
絶対に顔を見られたくない。
返事が遅れる。
濡れた髪の先から落ちる雫の音だけが、部屋に響いた。
「あの……大丈夫?入らないから、ここに置いとくわね」
静かな気遣いが、逆につらかった。
本当の理由なんて言えるわけがない。
宿木の中でさえ、私は自分の心を知られたくなかった。
(……なんで。どうして、よりによって今日なのよ)
返事をしないまま、タオルを握りしめる。
雨の音が瓦を叩き、かすかに震えるような反響が部屋に伝わってくる。
雨の音は微かに強くなった気がした。




