第五話:心の洗濯
思いのほか冷静に、そのまま湯に入っている自分がいた。
いや、冷静なんかじゃない。ただ寒さに負けて思考を放棄しているだけだ。
初夏だとはいえ、全身ずぶ濡れになった身体は容赦なく震え続けていた。
一般家庭ではまずお目にかかれない大きな檜風呂は、どこか懐かしい香りがして安心させてくれる。
湯船に身体を沈めると、張りついていた寒さがようやくほどけていった。
白い湯気が天井を撫で、しっとりと肌にまとわりつく。
身体の芯が温まると同時に、頭の奥にいろんな思考が浮かんでは消えていく。
(……やらかしたな。初対面で風呂場とか、最悪にもほどがある)
そもそも、あの子は誰だ?
菖蒲さんは「まなつ」と呼んでいた。
父は一人っ子だし、親戚の子でもないはず。
冠婚葬祭で偶然会った記憶もまったくない。
(怒ってたよな。完全に)
裸を見られたんだ、当然だ。
しかも、たぶん同年代。
あとできっちり謝ろう。
……でも、あの目。
どこか、見たことがあるような――そんな既視感が妙に残っていた。
熱い湯をすくって顔にかける。
遠い世界に踏み込んでしまったような感覚がした。
この家の空気は、懐かしいのに息苦しい。
竜胆じいちゃんの屈強な背中も、
菖蒲さんのあたたかな笑顔も、
記憶の中と同じなのに、
“何か”がほんの少しだけ違って見える。
外では、まだ雨の音が続いていた。
止む気配はまるでない。
軒を叩くそのリズムが、俺の心臓の鼓動と重なっていく。
湯気の向こうにぼんやりと――
あの白い目。
あの娘の視線が、浮かんでは消えていった。
(……まぁいい。そのうち、わかるさ)
湯に沈めた指先が、小さく揺れた。
その波紋は、静かに、ゆっくりと湯船全体に広がっていった。




