7.回避ルートを再検索します
遅くなってすみません。
いつも読んでいただきありがとうございます。
呼ばれたような気がして目を開ける。
気づけば、学園の寮の部屋に一人きりで立っていた。
窓から差し込む光が、今が夕暮れであることを教えてくれる。
これは夢だとわかっているけれど、鮮明な夢だなと思う。
周りを見回せば懐かしい寮の部屋だ。
深味のあるウォルナットの机に本棚、チェストとシンプルだが質の良いベッド。
壁はアイボリーと淡いイエローの幅広のストライプで、ベッドカバーはベージュ。
質は良くても質素な部屋、それがリリーの部屋だった。
平民出身とはいえ神子で伯爵位のリリーは本来なら爵位に応じた部屋で問題ないのだが、リリー自身がシンプルな部屋を望んだことによりこうなっている。
窓から差し込む夕日に、何かが反射したのでそちらへ目を向けた。
机の上に、教科書やペンに混じって何かが光っている。
もっとよく見ようと一歩踏み出すと、窓からの差し込む光が早送りのように暗くなり部屋が闇へ呑み込まれてゆく。
そして、私の意識も闇へ落ちていった。
☆
ゆっくりと目を開けると、教会の部屋の天井が見えた。
夢の中と同じく、こちらも夕方。
アデルが帰ったあとにベッドにゴロンと横になったが最後、うたた寝をしていたらしい。
先ほどの夢を思い出す。
寮の部屋は夜の休息場所としてよく出てきたが、あんなに鮮明に覚えていたとは自分の記憶力にびっくりだ。
やっぱりなにかのチートをもらったのかもしれない。
だがしかし。
のろのろと体を起こしてベッドの端に腰掛ける。
『あなたには、我が侯爵家の養子となっていただきます』
記憶の中の声に、ため息をつかざるを得なかった。
前世なら、昔の私ならこの声が聞けることをもっと喜べたのかもしれない。
時間が経つにつれ、昔の私の想いと、今の私の想いがまざって、彼への想いが平坦化しているような気がする。
クリスが提示したのは、どちらに転んでも貴族になる道だった。
マギリア侯爵家に対抗するには、侯爵以上の地位が必要。
確かにクリスのイグレイシア侯爵家ならマギリア侯爵家に対抗することができる。
前世のゲーム内の記憶をリアルに思い出せるチートをもらったとして、誰がこのパターンを想像できようか……。
破滅の学園生活が近づく今、学院の寮の夢なんてちょっとした悪夢だ。
もう一度ため息をつく。
貴族にならないという選択肢はあるにはあるが、その時は多大な犠牲を覚悟しないといけない。
逃げれば、私を得られなかった代わりにアデルか夫のテイオスが処刑される。
3人で逃げたとしても、指名手配されてすぐ捕まるだろう。その場合は貴族への反逆になるので、私は監禁、アデル達は処刑される可能性が高い。
私の住むセイライムはゲームでは出てこなかった隣国に近いけど、間には大きな砂漠を挟んでいて、キャラバンでの砂漠越えが必須。
いくら神術が使えると言っても、少人数では色々と無理がある。
……どう頭を悩ませてもクリスの提案を受ける道しかなかった。
「はあ……詰んだなー……」
アデルにはもう意思は伝えた。
反対され、夫のテイオスに相談するから待つように言われた。
けれど、相談したところでどうにかなるものでもない。私の心は決まっていた。
時間の猶予はない。
明日にはマギリア侯爵がやってくる。
だから返答は夕食前までに、と言われたのだ。
私はゆっくりと息をつくと、立ち上がる。
目を閉じれば、待ってて!と走っていったアデルの後ろ姿がすぐに思い浮かんだ。
心の中でごめんなさいと謝りながら、クリスの部屋へと向かうため、前を向き、一歩踏み出した。
☆
「では、そのように」
朝と同じく白の簡素な修道着を着たクリスは、椅子の側に立つ私を見上げながら、ほっとしたように微笑み頷く。
昨日までなら、いや、今朝までならこの顔を見るだけでどれほど幸せを感じられただろうか……。
一度冷めた目で見てしまうと、どこか冷静な自分が残る。
クリスはそんな私に気づかないまま、サラサラと何かを便箋に書きつけると、封筒に封をして、側に置いてある木製の文箱にしまう。
その文箱の蓋の部分には繊細な細工があり目を引いた。青い宝石がチューリップのような花の形に嵌め込まれ、他は茎も含めて美しく彫り込まれている。
綺麗だなぁと思いながら、庶民が一生かかっても手に入らないものだろうとも思う。
そんなものを普段使いしていることに、イグレイシア家は改めて大貴族だと実感した。
イグレイシア侯爵家が私を養子にしてくれるのは謎でしかない。
侯爵家なのだから、神子ではなく回復の神術に優れた癒手として、召しあげるだけで良いはずだ。
養子なんて、家の肩書きを庶民に使わせない方が良いはず。
そして、マギリア家から私を守る必要など、イグレイシア家にはないのだから。
だから、養子縁組の書類にサインして、それが国に認められるまでは全くもって安心できない。知らない間に反故にされて、明日来たギルバート・マギリア侯爵にそのまま連れて行かれる可能性だってある。
そもそもゲームで私は伯爵家の遠縁がいたはずだ。
そっちはどうなった?
「どうかされたのですか?」
私の顔が渋くなっていたのだろうか。
クリスの心配そうな視線がこちらを向いた。
「いえ……この文箱がとても綺麗だなと思って」
「ああ……」
クリスはするりと文箱の表面を撫でる。
「あなたもこれが綺麗だと思うんですね」
「ええ」
「……私も綺麗だと思います」
なんだか、恋人を撫でるような優しい手つきに、どきりとする。
私は話を変えるべく慌てて言葉を紡いだ。
「それにしても、なぜ私のような庶民にここまで気をかけていただけるのですか?」
本音がこぼれでた。
やらかした。
内心焦るが、クリスはああそれは、と気にした風もない。
「少し頼まれていまして。あなたのことを」
クリスは何かを思い出すように目を細めると、さらりと答えた。
「……とある方との約束です。これ以上は言えません」
「そうですか……」
聞いてさらに謎が深まっただけだった。
長居するのも気まずいので、軽く挨拶をして部屋を出た。
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