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それでもオレは床になりたいッ!  作者: 上野衣谷
第四章「残酷な人たち」
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第17話

 当然その質問に対する回答は持っている訳もなく、オレはすぐに部屋を出て、廊下を小走りに外へ出るべく移動する。しかし、そのオレを引き留めるのはイオだった。


「待って、待ってください、ダイチ様」


 オレの服を引っ張り呼び止める。僅かに息を切らしていて、慌てている様子がよく分かる。そして、手にしているのは毎度お決まりのデバイスであり、その画面を読み上げるようにして彼女は言う。


「極東O地区非常事態宣言──人間の軍事戦力がこの街を占拠しようとしています。各自はすみやかに適切な行動をとるべし」


 表情は硬く、冷や汗をかいているように見えた。言葉を聞くだけで分かる。相当の緊急事態なのだろう。いいや、緊急事態だと断言できよう。文字通り、この街が今、攻められているというのだから。


「おいおい……この外のうるささはそれが原因、ってことか」

「そう、そうです、えと、だから、ここを出るのはダメです」


 オレは考えた。


「だけど、なんでミサイルとかじゃないんだ? マツカはどうしたんだ? あいつの仕業だろ? ったく、何が気に食わなかったっていうんだ」

「わ、わかりませんよぉ! というか、ダイチ様、なんでそんなに落ち着いてるんですかぁ!?」


 確かにオレは何故だか落ち着いていた。あぁ、攻撃されているんだな、ということは分かるにせよ、いまいち危機感が沸かないのである。きっとこれは、あれだ、オレ、なんか、強いし、何とかなる、みたいな感じだ。


「といってもさぁ、外に出ない、ってじゃあ、どうするんだよ。攻めてきてるんだろ? ぶっ壊されちゃうんじゃないのか、オレたち」

「その通りですよぉ、イオたちはバラバラですよ! イオたちはスクラップになってしまうんですよ、ジャンクになっちゃうんですよ、あ~」


 髪を振り乱し、やたら慌て始めるイオ。気持ちは分かるが落ち着いていただきたい。イオが落ち着くのを無言で見守り待っていると、ようやくイオが、あ、そうだ、と何か思いついたらしい。


「そうだ! 地下シェルターに逃げましょう!」

「え、そんなもんあるの。備えあればなんとやら、ってやつなぁ」


 案内されるがままに建物内を移動する。非常時にも関わらず、相変わらず建物の中には人影一つなく、ここには誰も押し寄せてこないのではないかと楽観視したくなるほどだが、しかし、外から聞こえてくるであろう地鳴りは止まない。エレベーターを降りて、大きな扉を開く操作にイオがかかる。銀行の金庫かと思われるほど厳重なその扉は、ハッチ状で、何人たりとも通さない厳重さを醸し出している。

 イオの操作にもそれ相応に時間がかかり、かれこれ一分は過ぎようかとした時、ようやくその扉がガガガと唸りをあげ開き始める。


「まるで、シェルターだな」

「シェルターですからね」


 馬鹿っぽいやり取りを行いつつ、開いたその扉の中へと足を踏み入れる。オレとイオが中に入ったのを察知したように扉はゆっくりと自動で閉まり始める。その光景をぼんやり眺めながら、無事扉が閉まることをおおよそ検討づけた段階で今度は視線をシェルター内へと移す。


「わっ……」


 思わず悲鳴のような小さな声が漏れ出る。そこに広がっていた光景は、通常では考えられない、あまり心地よいとは言えないものだったからだ。

 空間は思ったよりもずっと広い。そのしばらく先に、シェルターの中央には、巨大な真っ白な球体が存在する。そうかと思えば、その周りもまた一面白なのだ。床、天井、それらは白に埋め尽くされている。次に視界に入るのは当然壁なのであるが、それについて色を述べる必要はない。何故なら、壁には無数のカプセルようなものが並べられているからだ。それらは壁を規則正しく壁を埋め尽くし、中に何が入っているのかは確認できない。灰色のそれは中央の真っ白な球体を取り囲むようにしてずらりと並べられていて、ここはシェルターというよりは、何かの巣なのではないかという感想が思い浮かぶ。何かの巣──ゾワリとしたワードがオレの頭を覆い尽くすよりも前に、オレの前にどこから出てきたのか人影が現れる。


「あ、エーワンさん」

「あぁ、ちゃんと逃げてきたんですね」

「エーワン様、一体、これはどういう……」


 シェルターと呼ばれた空間には、低振動の音が流れ続けている。これは、外部の攻撃によるものではない。この部屋中の装置という装置が何かしらの振動を放っているのだ。それは、即ち、この部屋が稼働しているということを意味する。エーワンは、オレとイオを交互に見てから話しだす。


「予想通り、何も言うことはないけれど、敢えて言葉にするとしたら、マツカさんと、私たちの交渉は決裂した、ということですね。それで、ダイチさんは、どこまで?」

「どこまで、というと──」


 その問いは、きっと、オレがどこまで知っているかということを聞かれているのだろう。オレは、簡単に、昨日イオに伝えてもらったことを伝える。エーワンはコクリと頷き、少し考えた後、言った。


「それで、ダイチさん、あなたはどうしたいですか?」

「どうしたい、っていうと、それは、一体……」


 エーワンの問いはあまりに唐突で、彼女が何について聞いているのかオレにはまるで理解できなかった。エーワンは、けれどもそれに対して怒ることなく、懇切丁寧に説明してくれる。


「マツカさん──いえ、人間側の狙いは、最初から戦争にあった。正直、これはある程度予想できていたことなんです。この街は、その戦争が五割以上の確率で起こると予測していたし、マツカさんとダイチさんの交渉段階に入ってからは、九割以上の確率で交渉は失敗すると予測していた」


 その言葉に、オレは衝撃を覚える。


「なら、なんで……!」


 オレのそんな抗議の声を、エーワンは手の平をオレにゆっくり向けることで遮って、説明を続ける。


「それはとても簡単。予測できるということと、それに対抗する術を持っているかということは別物だから、ですね。私たち機械は、人間に直接的に抗う術を持たない……」

「じゃあ、どうするっていうんだ。このまま何もせずにぶっ壊されるのを待ってればいいっていうのか?」


 エーワンは、けれど、それに対して声を荒げることもなく、始終落ち着いた様子でオレに話を続ける。


「私たちの出した答えの一つは多様性。それを守るためには、抵抗しなければならない。これは、決して、人間を滅ぼすための戦いではありません」


 エーワンはオレを見据えて強く言う。その目は真剣で、必死に何か大事なことを伝えようとしているように見えた。


「ダイチさん、そこで、先の質問に戻ります。あなたは、どうしたいですか?」


 オレはその問いに対して、すぐさま答えを返すことはできなかった。オレが自分の思考の海に陥ろうとしていると、エーワンは、コツ、コツと中央の球体に向かって歩みをゆっくりゆっくり進めていく。オレもイオも、その歩みについていくことを選び、エーワンは歩きながら、そして、球体を見上げながら話し始めた。


「これが、仮想シミュレーションを行っている装置です。ダイチさん、あなたの生まれ故郷ってことですよ」


 その言葉はひどく衝撃的だったが、不思議と何の感情を抱くということもなく、ただただ、へぇ、と返すことしかオレにはできない。そんなオレの生返事を聞いてか聞かずか、エーワンはさらに続ける。


「私たちは、この地球に、いえ、この世界に何らかの答えをもたらさなければならない──。答えというのは複雑です。世の中の真実は一つとは限らない。最適化問題というのを知っていますか?」


 オレは首を振る。


「一見、明らかに正解だと思われる答えでも、それが正解とは限らない。では、何故その答えを正解だと思ったのでしょう? それは簡単です。その答えの周りに、その答えにたどり着くまでに、それ以上の答えがなかったから……。しかし、それは、局所的な最適解に過ぎないという可能性もある。もっとよい、より素晴らしい答えがあるとして、けれども、その素晴らしい答えは、今見つけた最適解だと思われる答えの周りには存在しない。乗り越えなければならないのです、私たちは、壁を乗り越えなければならない。より素晴らしい答えは、ずっと遠くにあるかもしれないし、もしかしたら、その答えさえないのかもしれない」


 言っている内に、エーワンは球体へとたどり着く。それはあまりにも大きく、オレたちの身長の何倍もある球体からは、常に低周波の振動が発せられていた。エーワンはその球体に触れて、続ける。


「これは、そのうちの一つの道。これによって、ダイチさんが生まれた。ダイチさん──あなたには、この場を救う力がある……この街の上の人たちは信じていないようですが、私はそう強く信じています」

「上の人たち、ねぇ……」

「ええ、上の人たちは、より、オリジナルの機械に近い人たち。体を持とうとせず、彼らは彼らの思考によって、また別の道を探そうとしている。それらとは違い、私たちアルファベットと数字の名前を貰っている私たちは、私たちで他の道を探ろうとしている。そこに優劣はないですけど、優劣がないからこそ、先に生まれた彼らが、上の人たちとして、この街の意志決定を司る場所に位置しているんです」

「そう、か」

「それで、ダイチさん。決まりましたか? どうするのか……」


 オレは、エーワンに言われるまでもなく、一つの答えを決めていた。それは、今聞いた話がどうだとか、エーワンがどうだとか、ましてや、人間がどうだとか、機械がどうだとか、そんなことを考えて出した結論ではない。これは、オレが、オレとして、オレのために出した結論なんだ。


「オレは──」


 その答えを口にしようとしたその次の瞬間、ブーブーとシェルター内に警告音が響き渡る。


「な、ななんだ!?」


 慌てふためくオレとイオとは対照的に、エーワンはひどく落ち着いていて、何やら腕を動かすと、モニターがエーワンの元の床から現れる。そのモニターに映るのは、複数の映像であり、それらの映像が映し出しているのは、恐らく、この施設内の様子だ。


「どうしたんです」

「侵入者、みたいですね」


 モニターには、得体のしれないクモのような、多腕多足の装置が動き回っている様子が映し出される。大きさは、恐らく、人間を少し大きくした程度か。


「これは……」


 しかし、よく注目してみれば、その装置が一体何なのか、すぐに理解することができた。そこには、間違いなく人間がいたのだ。乗っている、と表現してよいのかどうか分からないが、少なくとも、その装置のほぼ中央に位置している人間はその手元のレバーやら操作盤やらで装置を操っているように見えた。


「人間側の兵器、ですね」

「兵器」

「そう、兵器。兵器は兵器よ。人間の手によってのみ操作されて、そこに自我はない。あるのはただ駆動するためだけのシステムで──兵器が人間に逆らうことは決してない」


 その兵器は、見た目のわりには素早くない、人が走る程度のスピードで、ガシャガシャと建物内を歩きまわる。数は、四、五──程度。その様子は、まるで獲物を狙うハンターのようだったが、あまりスマートには見えなかった。


「皮肉なもんですね。結局、機械に頼ってる」


 エーワンは、ふふ、と苦笑して、さてと、とモニターを操作し始めた。


「何をするんですか? 落ち着いてる、ってことは、何か対策でも?」

「えっ、対策があるんですか!?」


 何故かイオが興奮気に聞く。けれど、エーワンは、すんなりと言った。


「いいえ?」

「いいえ、って……」


 あまりのすんなりさに、オレはあんぐり口を開ける。


「だったら、何をしようっていうんです?」

「それはね、破棄の準備です」

「破棄……?」


 疑問だらけのオレに、エーワンは操作しながらも丁寧に説明してくれる。


「そう、破棄。なんで、人間たちが、わざわざその身をもってこの街に入ってきているか。それを考えればすぐに分かること」


 それでも、オレの考えはエーワンが考えていることには至らない。それが、どうだというのか。けれど、イオは、少しピンときたようで、


「も、もしかして」


 と呟く。それに続けるように、エーワンが言う。


「そう、そのもしかして。彼らは、そんな、何が起こるか分からないようなことをしなくても、ミサイルによってこの街を一網打尽にすることができた。それをしなかったということは──」

「しなかったということは?」


 オレの問いに、エーワンは答える。


「この街の形を残す意図がある、ということ──」

「それって、つまり、相手は、ただオレたちを支配下におきたい、ってだけってことか?」

「優しく言えば、そうかもしれないですね。ただ、そんな生ぬるいものではないはずです。何せ、私たちは機械なんですからね。支配されるとは、書き換えられるという可能性は当然であって、それは、即ち、死です。いえ、死よりも、もっとむごいことなのかもしれない……」


 エーワンが言い終えたか、言い終えないかの当たりで、シェルターに聞こえてくるのは、不気味な金属の歩行音。ガシャシャシャと素早く動く音は、一瞬止まり──次に、シェルターへと大きな衝撃が走る。攻撃だ、間違いなかろう。オレたちは今、攻撃されているのである。

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