なぜおれは召喚されて早々初手で解剖されかけたか
おれの目の前に美しい空間が広がっていた。
まぶしく輝く光の球が目の前にあった。
「あっ、来ましたね」
女の子の声がした。さわやかに澄んだ声だった。
ま、まさか……神? ということはおれは死んだのか?
その光の球は、青や黄色でできた不思議な幾何学模様に取りまかれていた。美しい光景だった。この世のものとは思えないというやつだ。ここはあの世だと確信した。
「大丈夫ですかね?」またその声がした。
「おーい、大丈夫か?」
さっきの澄んだ声とは違う、丸っこい声がする。どこか聞きおぼえのある声である。
「もう死んでるってことにしちゃっていいすかね?」
なお、この言葉の意味が分かったのはあとのことである。その時のおれには言葉の意味はわからず、ただふたつの声が会話していることしかわからなかった。
こ、これは。本当に異世界に行けたのでは?
おれはそう思った。死んで異世界に行くパターンの話をネットでたくさん読んだが、この状況はなんかそれと似ている気がする! 自分はこれから死んで異世界に行き、なんか都合のいいチート能力とか授かり、いやな社会とはおさらばし、ハッピーな異世界ライフを送るのだ。
よし、がんばって死ぬぞ! そう決意した。
「もう死んでるってことにしましょうよ」
澄んだ声が言う。
「いや、明らかに生きてるだろ。血色がいい」
丸っこい声が言う。
「でもぜんぜん動かないじゃないですか」
「動かないから死んだというのはどうなんだ」
「死んでたら動かないですから」
「でも、転移には確実に成功したと思うんだがな」
「境界を乗りこえるときに、心臓だけ置いてきちゃったんじゃないですか?」
「そんなことあるか!」
丸っこい声のほうが怒る。さっきまでこの声に対して謝りまくっていた気がする。
「わたしは優秀な召喚士だぞ!」
このころには、おれの感覚はかなりはっきりしてきていた。
重力の感覚が戻ってきていた。おれは仰向けに倒れていた。皮膚の感覚が戻ってきていた。おれは冷たくざらざらした石の上にいた。空気が冷たかった。おれは全裸だった。
ベトベトした感触もある。ダクトテープだ。
どうも、おれは生きてるっぽかった。
「アイシャ。お前はなんでそんなにこいつを死んだことにしたいんだ?」
丸っこい声が言う。この声の持ち主が誰か完全に思い出せてきた。
「人聞きが悪いことを言わないでくださいよ。それじゃあまるで、私がこいつを積極的に殺そうとしてる悪いやつみたいじゃないですか」
話し相手の澄んだ声のほうも、どうも神っぽくない。
視界もはっきりしてきた。おれが光の球だと思ったものは、ガラス越しにみた太陽だった。おれは石の床に寝そべり、天井に広がるステンドグラスを眺めていたのだった。
「とにかく、こいつは死んでない」
声が言う。思い出した。こいつはクムクムだ。おれに説教し、ダクトテープでジャガイモまみれになるように指示したケモっ娘だ。獣人と言ったらメチャクチャ怒っていた。
「そこをなんとかなりませんかね? 私とクムりんの仲じゃないすか」
「クムりんはやめろと言ってるだろ。アイシャがそういうことを言う時はだいたいロクでもない話だよな。一体、どうしたいんだ」
「いやあ。ちょっと依頼されてて、生体サンプルが必要なんですよね」
「生体サンプル?」
「この異世界人、解剖したらダメですかね?」
おれは目を動かし、声のする方を見た。
白衣を着た女の子がそこにいた。すらっとした体形で、ショートヘアの快活そうな美人だった。髪が緑色で、耳が三角形……これは、エルフ? エルフだ! おれはそう思った。ということは……やはりここは、異世界! やった! ついにやった! おれは歓喜した。おれはついに、異世界転移に成功したのだ!
ただ、気になることがあるとしたら。
彼女が両手に、扇のようにしてナイフをいくつも持っていること。
「学長から直々に頼まれてるんですよね。異世界人の生体サンプル! だからこいつバラしたいんですよ。イーライ学長にいい顔したいんですよ私は!」
「お、おい! お前!」
クムクムはおれに言う。これは日本語だった。
「なんとか言え! このままだとバラバラにされるぞ!」
「んー!」
おれは始めて声を出した。
「んー! んー! んー!」
この時になって初めて気づいたが、おれの口にはダクトテープが張りついていた。
「おいアイシャ! ほら、生きてるぞこの異世界人!」
「いやあ、なんも聞こえないっすわ」
クムクムはおれの口に張りついたダクトテープをベリベリと剥がす。
「お、おれ生きてるよ! 生きてる!」
「え? 何を言ってるか聞こえないですう。エルフ語で話してください」
「アイシャ、聞こえてるだろ!」
「もう殺しちゃいましょうよ。そのヒューマン」
「だ、だめだ! 異世界人は召喚した召喚士に守る義務がある」
クムクムとアイシャはしばしにらみ合う。
「……クムクムさんや、取引しませんか」
「なんだ?」
「異世界人の死亡確認書にサインして、このヒューマンを解剖させてください。こんな気味の悪いヒューマン型は見たことがありません。レアものっすわ。学長に喜ばれます。そうしてくれたら。そうすねえ……クムクムさんの好きなお菓子とか……一年のあいだ毎日おごりますから」
「うっ。お菓子でこいつを売れと……?」
「一年っすよ? 一年! 毎日!」
クムクムはおれをちらと見る。
「うーん……正直悩むな………………」
おれの命は、一年分の菓子とてんびんにかけられていた。おれはその時、会話の内容を理解していなかったので、クムクムがおれの命を救うためにすごい駆け引きをしているんだと思いこんで、クムクムがんばれ、と応援していた。
「……」
クムクムはおれを見るのだった。
だいぶ迷ってた。




