なぜおれは全裸正座で獣人娘に説教され、ジャガイモをダクトテープで体にまきつけたか
「やっぱりだめか……」
おれはつぶやいた。
おれは全裸で、体に大きく赤いマジックで『飽きた』と書いて、床に寝そべっていた。
電灯のヒモがぷらぷら揺れているのが見えるだけだ。
「こんなんで異世界にいけるわけないよな……」
それは、裸の尻にあたる畳の感触と同じぐらい確かな事だ。
異世界に行く方法の九十九個目を試したが、やはり失敗したようだった。
「やはり異世界なんてものはないのか……」
おれはネットで見つかるかぎりの「異世界への生き方」を検索し、それをすべて試していた。
エレベーターのボタンを変な順番で押したり、特殊な順番で電車に乗ったり、とにかくネットで『異世界 行き方』で検索して見つかるものをぜんぶである。そしてことごとく失敗していた。そして全裸で体に飽きたと書き、床に五芒星を書いて寝そべる方法も失敗したというわけだ。
「異世界に行きたい……というか、ここにいたくねえ」
涙が頬を伝う。泣いている自分に少し驚いた。
おれがなぜ異世界に行きたいのか、それは大して重要じゃないから触れない。触れたくもない。まあ、少なくともこんな奇行をするぐらいのことがあったと思ってもらいたい。
ファンタジーの世界に行きたかった。
巨乳のエルフのおねーさんや、定期的に発情期がくるロリ獣人にもみくちゃにされながら、ぬるい冒険を楽しんだりしたい。あと褒められたい。立ってるだけで褒められたい。そういうめちゃくちゃ都合のいい世界がいい。何が悪い?
「自分に都合のいい世界に行きたくて何が悪い!」
おれは叫んだ。
『あの……本当に異世界……行きたいか?』
「は?」
『マジで訊いてるんだけど、本当に行きたいか?』
おれが起きあがると、目の前に変な格好の女がいた。
『おーい』
彼女はこっちに小さく手を振る。
彼女の背は低く、冷蔵庫ぐらいの高さしかなかった。エスニック雑貨屋に売ってるような、粗い布地を体にまきつけていた。まあ服装はいい。問題は、彼女が真っ白のふわふわで、もっこもこの毛に覆われた大きな耳が頭の横についていたことである。
やべえ、人間じゃねえ。
『別の世界に行きたい、っていうめちゃくちゃ強い思念を感じたから、来たんだが』
彼女はそう言う。日本語だった。
彼女の手は、ミトンのような毛におおわれていた。革のブーツをはいた細い足の向こうに、大きなしっぽが揺れているのが見える。よく考えると土足で入ってきているな。こいつ。そして彼女の肌は、シルバニアなファミリーのような細かい毛でびっしりと覆われていたのである。
やべえ、絶対人間じゃねえ。獣人だ。ロリ獣人だ!
『おいこら! その、ロリ獣人とかいう卑猥な表現をやめろ!』
彼女はおれの心を読んだかのように言った。
『獣人というのはなー! 差別用語なんだよ!』
怒りだした。勝手に心を読んで怒るのもどうか。
『とにかく獣人という言葉は使うな! わたしにはクムクムという立派な名前があるんだよ! 差別か? 会って五秒で差別か!? お前、ちょっとそこ座れ』
その後しばらく、クムクムとかいう名前の獣人娘は、おれの考えがいかに差別的で獣人への偏見にみちたものであるかを説教しまくった。
おれは全裸で体に『飽きた』と書いた状態のまま、正座してそれを聞き「おっしゃるとおりで」とか「かえす言葉もございません」とか謝り続けた。裸だったので、とうぜんあれをほりだしたままだ。特殊なプレイのような状況である。
クムクムはおれが裸なことはまったく気にしてない感じだった。どうも「この世界の人間はこういう格好をする」という認識でいるらしい。
思ってたのとちがう。そう思った
『あー、疲れた。野蛮な異世界人を啓蒙するのは本当に大変だ』
小一時間おれを説教してから、クムクムは言う。
『われわれは、あなたたちの言葉で言うコボルトだ。わかったか』
コボルトなんて言葉は知らなかったが、おれはとりあえずうなずいた。
『んで、お前は異世界に行きたいんだったか』
「いえす」
『じゃあ。ジャガイモをくくりつけるんだ。家じゅうのジャガイモを、おまえの全身に、できるかぎり強力な方法で、体からはなれないようにつけるのだ。そうすれば異世界に行ける』
「は?」
『いいから言う通りにするのだ。くれぐれもしっかりくくりつけるようにな。ジャガイモを離してしまうと、ちょっとどうなるかわからん』
「はあ……?」
『はあじゃない。やるかやらないかだぞ、何事も』
おれはよくわからないまま、とにかく、教えられた方法をやることにした。
幻覚でもなんでも、とにかく、いままでの人生でいちばん異世界っぽいことが起こったのだから、乗るしかない。おれは台所に行って、ありったけのジャガイモを集めた。親戚の農家がたくさんくれるので、業者かよってレベルで大量のジャガイモが家にあった。
『ほらほら、急いで急いで。あんまり時間がない』
クムクムは手をぽふぽふ打ちならす。
『説教していたらだいぶ時間がなくなってしまった。まったくもう』
「そう言われましても」
おれはその大量のジャガイモを、父親の工具箱にあった強力ダクトテープで体にぐるぐるとまきつけた。そう簡単にはジャガイモが体から離れることはない。
『本当は、珍しいこっちの世界の道具とか、もってきてもらうつもりだったんだけどな。おまえがわたしのことをロリ獣人よばわりしたのが悪い』
クムクムは腰につけた小さな革の箱から、巻物のようなものを取り出した。彼女はそれを空中にひろげ、泳がせるようにして、聞き取れない言葉を、すさまじい速さで唱え始めた。
おれは光に包まれる。
『はーい、差別主義者一名、ごあんなーい』
そこでおれの意識はなくなった。




