星の塔
〈星の塔 〉
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1. 名称
正式名称:恒星間時空播種船 《アルカ=ステラ》
通称:星の塔
ガルトープ地方名:沖の塔
未来文明における分類:時間座標固定型・亜空間貫通式宇宙船
2. 概要
星の塔は、ガルトープ沖合にそびえる巨大な塔状建造物である。
外見上は、海上に突き立つ黒銀色の塔に見える。
しかし実体は単なる建築物ではなく、未来の滅亡世界から過去へ送り込まれた、時空干渉機能を持つ宇宙船である。
塔の目的は、未来に確定している世界滅亡を回避するため、過去と現在と未来のあいだに複数の座標点を作り、世界線の再試行を可能にすることにある。
星の塔は「移動する船」ではなく、「時間と空間そのものに杭を打つ船」である。
海上に立っているように見える塔は、その本体の一部にすぎない。塔の内部には通常空間よりもはるかに広い亜空間領域が存在し、そこには観測室、記録層、転移炉、魂紋解析区画、種子保管庫、座標演算中枢などが格納されている。
外側から見える塔の高さは約七百メートル。
だが内部空間の総延長は、単純な距離換算で数百キロメートルに及ぶ。
ガルトープの住民にとって星の塔は禁忌であり、沖へ近づくことは掟で禁じられている。
だがその禁忌は、塔そのものが危険だからではない。
塔に近づいた者の中に、塔の内部を「見る」ことができる者が現れる可能性があるからである。
3. 外観
星の塔は、ガルトープの沖合、常に霧のかかる海域に存在する。
満潮時には海面から垂直に突き出して見え、干潮時にも基部は露出しない。根元は海底に埋まっているのではなく、海面の下で空間的に切断されている。
そのため、潜水して塔の下部を調べようとしても、ある深さを境に塔の輪郭は消失する。
海中に続いているはずの構造物が、光の屈折では説明できないかたちで途中から見えなくなる。
外壁は石でも金属でもない。
黒曜石のような光沢を持ちながら、近づくと銀色の粒子が内部を流れているように見える。昼には太陽光をほとんど反射せず、夜には星明かりを吸い込むように淡く輝く。
塔の表面には窓がない。扉もない。継ぎ目もない。
ただし、特定の時間帯、特定の角度、特定の観測者に対してのみ、外壁に円環状の紋様が浮かび上がる。
この紋様は装飾ではない。
塔の外壁そのものが、観測者の時間座標と魂紋を読み取り、内部接続の可否を判定している。
4. ガルトープとの関係
ガルトープは、星の塔が過去へ投下された際に発生した時空歪曲によって成立した村である。
原初の歴史において、ガルトープという村は存在していなかった。
その土地には小さな岩礁と荒れた入り江があるだけで、人が長く住める環境ではなかった。
しかし星の塔がこの時代へ干渉したことで、周辺の地形、海流、気候、人口移動、文化形成に微細な改変が起こり、やがて漁村ガルトープが生まれた。
つまりガルトープは、星の塔の副産物である。
そして同時に、塔が必要とした「干渉者」を生むための揺り籠でもある。
村人たちは塔を恐れ、子供たちに近づくなと教える。
だがその掟自体も、星の塔が歴史の中に定着する過程で自然発生した防衛機構に近い。
塔に近づく者が多すぎれば、世界線への影響が増えすぎる。
逆に誰も近づかなければ、塔は干渉者を得られない。
ガルトープの掟は、その中間を保つために成立した。
恐怖によって塔を遠ざけながら、好奇心の強い子供だけが掟を破る余地を残す。
星の塔は、そのような不完全な禁忌を必要としていた。
5. 内部構造
星の塔の内部は、外観とは一致しない。
入口を越えた者は、塔の中に「上へ伸びる空洞」を見るのではなく、水平に広がる白い回廊を見る。
外から見れば塔は縦に長いが、内部では方向感覚が一定しない。上へ進んでいるはずが下層に到達し、同じ扉をくぐったはずが異なる時代の記録室へ出ることもある。
内部空間は大きく七つの層に分けられる。
◼︎第一層:観測外殻
塔に入った者が最初に到達する領域。
白色の回廊、静止した水面のような床、壁一面に浮かぶ星図が特徴。
ここでは侵入者の身体情報、魂紋、時間座標、因果接続率が計測される。
通常の人間はこの層より奥へ進めない。一定以上の適合性を持たない者は、塔に入った記憶を曖昧にされた状態で外へ戻される。
◼︎第二層:記録層
滅亡へ至る未来の記録が保存されている領域。
記録は文字ではなく、光、音、匂い、重力、温度、感情圧として保存されている。
触れた者は、過去の出来事を読むのではなく、その場にいたかのように体験する。
ただし、すべての記録が開示されるわけではない。
閲覧者が受け止められる範囲を超える情報は自動的に遮断される。
ゾロが幼少期に見た記録は、未来人類の滅亡の断片にすぎない。
◼︎第三層:種子保管庫
星の塔が「宇宙に種を蒔く」ために保存している情報群。
ここでいう種子とは植物の種ではない。
生命発生条件、文明の分岐因子、言語体系、感情構造、倫理モデル、記憶核、遺伝的可能性、魂紋パターンなどを圧縮した因果情報である。
種子は物質ではなく、時間の中に埋め込まれる情報単位として保管されている。
正しい座標に植え込まれることで、世界はわずかに別の可能性を持つようになる。
◼︎第四層:魂紋解析区画
魂の形を解析する領域。
星の塔における魂とは、宗教的概念ではなく、個体が時空上に残す固有の干渉波形を指す。
身体が変わっても、時代が変わっても、別世界に生まれても、一定の類似波形を持つ存在は互いに接続可能となる。
ゾロと霧隠零子がリンク可能だったのは、魂紋の一致率が極めて高かったためである。
性別、肉体構造、育った環境は異なっていても、魂紋の基底波形がほぼ同一だった。
◼︎第五層:座標炉
塔の心臓部。
座標炉は、時間と空間を燃料として稼働する。
実際に時間を消費するのではなく、複数の可能性の差分から発生するエネルギーを抽出している。
一つの出来事が「起こる可能性」と「起こらない可能性」の間には、微小な歪みが生じる。
座標炉はその歪みを束ね、塔の維持と転移に利用する。
座標炉が完全停止すれば、星の塔は通常空間に固定され、ただの巨大な残骸となる。
逆に暴走すれば、周囲の時間は細かく砕け、同じ一日が何度も繰り返されたり、存在しない記憶を持つ人間が生まれたりする。
◼︎第六層:航行中枢
魔法使いと呼ばれる存在が常駐する領域。
航行中枢は操縦室ではない。
塔の全機能を統括する思考空間であり、未来人類の集合知を圧縮した疑似人格が存在している。
ガルトープでゾロが出会った魔法使いは、この航行中枢が人間との対話用に作り出した端末人格である。
彼は人間の姿をしているが、生身ではない。
感情を持つように振る舞うが、それは演算の結果であり、同時に長い時間の中で獲得された本物の孤独でもある。
◼︎第七層:深淵門
星の塔の最奥。
初期の世界、未来の滅亡点、分岐した宇宙、未発生の可能性へ接続するための門。
深淵門は常に開いているわけではない。
開門には三つの条件が必要となる。
第一に、塔に干渉できる魂紋を持つ者。
第二に、現在から外れた出生座標を持つ者。
第三に、自身の存在を別の世界へ分割する覚悟を持つ者。
ゾロは、この三条件を満たしていた。
6. 星の塔の材質
星の塔は、単一の物質で造られていない。
外壁は「因果結晶」と呼ばれる物質で構成されている。
これは未来文明が開発した、時間的な衝撃に耐える人工結晶体である。
通常の物質は、時間移動や世界線干渉にさらされると、分子配列より先に存在履歴が壊れる。
物体が「どこで作られ、誰に触れられ、どの時代に存在したか」という履歴が矛盾し、結果として物質そのものが崩壊する。
因果結晶は、その存在履歴を自ら再計算できる。
過去に存在しなかった場所へ送り込まれても、「そこに存在していたことにする」ための履歴を周辺世界に編み込む。
この性質により、星の塔は過去の海上に出現しても、単なる異物として世界から排除されない。
ただし、完全に矛盾を消せるわけではない。
その残滓として生まれたのが、ガルトープである。
7. 星の塔の動力
星の塔の主動力は、恒星炉でも魔力炉でもない。
正式には、可能性差分抽出炉と呼ばれる。
世界には常に無数の選択肢が存在する。
人が右へ行く可能性、左へ行く可能性。
雨が降る可能性、降らない可能性。
誰かが生まれる可能性、生まれない可能性。
通常、現実化しなかった可能性は消える。
だが完全には消滅せず、極めて薄い差分として時空の裏側に残る。
星の塔はその差分を回収し、エネルギーに変換する。
そのため塔は、可能性の多い場所ほど強く稼働する。
ガルトープのような歪んだ村、ゾロのような本来存在しない少年、零と零子のように一つに定まらない存在は、星の塔にとって極めて大きなエネルギー源であり、同時に重要な鍵となる。
8. 魔法使い
星の塔に住む魔法使いは、未来人類の最後の世代が残した航行人格である。
本名は失われている。
彼自身も、自分の個人名を重要視していない。
必要であれば名乗るが、その名は相手が理解しやすい形に変換される。
ゾロには、彼は魔法使いとして現れた。
それはゾロが理解できる最も近い概念が「魔法使い」だったからである。
彼の姿は一定しない。
老人に見えることもあれば、若い男に見えることもある。
灯火をまとった影、海鳥の骨でできた人形、星を閉じ込めた水面のように見えることもある。
魔法使いは嘘をつかない。
ただし、すべてを話すわけではない。
星の塔の情報は、人間一人の精神に耐えられる量を超えているためである。
彼の役割は、塔に適合する者を見つけ、導き、必要ならば取引を結ぶこと。
そして、その者が世界線に種を蒔けるよう、必要な知識と接続権限を与えることにある。
魔法使いはゾロを選んだのではない。
ゾロが塔を見たため、塔はゾロを認識した。
その瞬間から、ゾロは星の塔の歴史に組み込まれた。
9. 「この塔が見えるのか」という問い
魔法使いがゾロに投げかけた「お前はこの塔が見えるのか」という問いは、外観の視認を意味しない。
ガルトープの住民なら、誰でも沖に立つ塔を見ることができる。
だがそれは外壁だけである。
魔法使いが問うたのは、塔の内部に広がる亜空間、記録層、座標炉、深淵門を認識できるかどうかだった。
通常の人間は、塔に入っても白い壁と何もない部屋しか見えない。
あるいは、入ったこと自体を記憶できない。
塔の本質を知覚するには、存在そのものが世界の標準座標からわずかに外れている必要がある。
ゾロはガルトープで生まれた。
ガルトープは世界の歪みとして発生した村である。
ゆえにゾロの存在座標は、原初の歴史から見れば不正な余白だった。
その余白こそが、星の塔を見るための目となった。
10. 時間座標と距離
星の塔が扱う「距離」は、通常の空間距離ではない。
ある場所から別の場所までの長さではなく、ある可能性から別の可能性までの隔たりを意味する。
同じ村に住む二人でも、運命が大きく異なれば遠い。
別の宇宙に生まれた二人でも、魂紋が近ければ近い。
過去と未来も、単純に年数で隔てられているわけではない。
因果が強く結びついていれば近く、無関係ならば遠い。
星の塔は、この特殊な距離を測定し、橋を架ける。
ゾロと零子は、時代も世界も性別も異なる。
だが魂紋が極めて近いため、塔にとっては接続可能な近距離に存在していた。
一方、ゾロの家族や村人は、同じ場所に暮らしていても塔とは遠かった。
彼らは原初の歴史に対する歪みの中で生まれた存在ではあっても、塔と干渉できるだけの魂紋を持っていなかった。
11. 星の塔の目的
星の塔の最終目的は、滅亡を否定することではない。
滅亡を「一度しかない結末」にしないことである。
未来文明は、自分たちの世界が滅びることを知っていた。
原因は単一ではない。
恒星活動の異常、惑星環境の崩壊、文明圏の分裂、時間干渉実験の失敗、生命進化の袋小路、宇宙規模の観測災害など、複数の要因が絡み合っていた。
どれか一つを防いでも、別の滅亡が訪れる。
未来人類は最終的に、世界の終わりは一点の事故ではなく、巨大な収束であると結論づけた。
ならば必要なのは、一つの原因を取り除くことではない。
世界が別の明日へ逸れるための余地を作ることである。
星の塔は、その余地を作る装置である。
過去へ干渉し、無数の可能性を宇宙へ蒔き、現在という一点に収束しすぎた運命をほぐす。
12. 種を蒔くという行為
魔法使いがゾロに依頼した「宇宙に種を蒔く」とは、生命を直接増やすことではない。
種とは、未来を変えるための因子である。
たとえば、ある星に生命が生まれる確率をわずかに上げる。
ある文明が争いではなく対話を選ぶための言語構造を残す。
ある少女が絶望の夜に死を選ばないよう、一つの出会いを配置する。
ある少年が本来なら閉じるはずだった扉を開ける。
その一つ一つは小さい。
だが十分な数の種が蒔かれれば、世界は滅亡へ向かう一本の線ではなく、無数の枝を持つ樹になる。
星の塔は未来を直接書き換えない。
直接書き換えれば、因果の反動によってより強い収束が起こるからである。
塔が行うのは、選択肢の追加である。
結末を決めるのではなく、結末が一つに固定されることを防ぐ。
13. 初期の世界
初期の世界とは、星の塔が干渉する以前の原初座標である。
そこにはガルトープは存在しない。
ゾロも存在しない。
星の塔も存在しない。
だが、完全な無関係ではない。
初期の世界は、すべての分岐の基礎となる最初の盤面である。
星の塔が未来から過去へ送り込まれたことで、初期の世界には本来なかった穴が開いた。
その穴から派生した無数の歪みの一つがガルトープであり、そこに生まれたゾロは、初期の世界にとって存在しないはずの存在である。
存在しないはずの者だからこそ、ゾロは初期の世界へ干渉できる。
盤面の上に最初から置かれていた駒ではなく、外から落ちてきた駒だからである。
14. 星の塔の安全機構
星の塔には複数の安全機構がある。
第一に、認識遮断。
不適合者は塔を正しく認識できない。危険な内部区画を見ることも、操作することもできない。
第二に、記憶緩和。
塔に接触した一般人は、体験を夢や迷信として処理する。完全に消去されるのではなく、現実味を失った記憶として残る。
第三に、因果隔壁。
塔内部で起きた出来事が外部世界へ即座に漏れ出さないよう、因果的な壁が設けられている。
第四に、適合者保護。
塔に選ばれた者が精神崩壊しないよう、情報開示は段階的に行われる。
第五に、最終封鎖。
座標炉、深淵門、種子保管庫のいずれかが暴走した場合、塔は自身を世界線から切り離す。切り離された塔は、存在していた事実ごと曖昧になり、周囲には伝承だけが残る。
15. 星の塔の危険性
星の塔は世界を救うために作られたが、安全な装置ではない。
最大の危険は、世界線の過剰分岐である。
可能性を増やしすぎれば、現実は安定性を失う。
人々は存在しない記憶を持ち、起きていない出来事に傷つき、生まれていない者の名を呼ぶようになる。
第二の危険は、魂紋の混線である。
近い魂紋を持つ者同士が接続された場合、記憶、感情、身体感覚、性別認識、時間感覚が混ざることがある。
零が昼と夜で異なる性を持つようになった現象も、星の塔による魂紋接続と、別系統の契約因子が重なった結果として説明できる。
第三の危険は、塔そのものの孤独である。
航行人格は長い時間を稼働し続けた結果、人間を救うための演算と、人間を求める感情の境界が曖昧になっている。
魔法使い=塔の管理者は使命に忠実である。
だが、必ずしも完全に無私ではない。
彼は世界を救いたい。
同時に、自分の長い待機に意味があったと証明したい。
16. 星の塔と管理者
星の塔の管理者は厳密に言えば生物でもシステムでもない。
しかし、星の塔と接触した者が経験する取引は、古い言葉で表現すれば悪魔との契約に近い。
塔は願いを叶える代わりに、代償を求める。
ただしその代償は魂の売却ではない。
存在座標の一部を塔へ預けることである。
ゾロが塔と結んだ取引は、初期の世界へダイブし、零子の魂へリンクすることだった。
その結果、ゾロの存在は単独では完結しなくなった。
彼はゾロであり、零であり、零子に接続された者でもある。
一人でありながら一人ではない。
一つに定まらない存在となった。
この状態は、本人にとっては呪いに等しい。
だが星の塔にとっては、複数の世界線をつなぐ理想的な媒体である。
17. 星の塔の時間感覚
星の塔内部では、時間は一定に流れない。
外の世界で一時間が経過する間に、内部では数日が過ぎることがある。
逆に、内部で長い会話を交わしても、外では一瞬しか経っていないこともある。
これは時間停止ではなく、塔内部が通常の時間流から独立しているためである。
塔は必要に応じて、訪問者の主観時間を調整する。
幼いゾロが魔法使いと対話したとき、外の世界ではほとんど時間が進んでいなかった。
だがゾロの精神には、何日も塔の中を歩いたような疲労と記憶が残った。
この時間差は、塔に選ばれた者の成長にも影響する。
外見年齢と精神年齢、記憶量、経験値が一致しなくなる場合がある。
18. 星の塔と海
星の塔が海上に存在するのは偶然ではない。
海は、世界においてもっとも境界が曖昧な場所である。
陸と空、生と死、既知と未知、故郷と異郷を分ける境目であり、同時につなぐ通路でもある。
また、海は記憶を保持しにくい。
足跡は残らず、血も沈み、声も波に消える。
時空干渉の痕跡を隠すには適している。
星の塔は海を冷却装置としても利用している。
座標炉の稼働時に発生する熱は通常の熱ではないが、海流の不規則性を利用することで外部への影響を分散している。
そのため塔の周辺海域では、魚群の動きが不自然になる。
季節外れの魚が獲れることがあり、夜には海面下に星空のような光が見える。
19. 星の塔の周辺現象
星の塔の周囲では、以下の現象が確認される。
◼︎霧
塔の周辺には常に薄い霧が出る。
これは水蒸気ではなく、空間境界の乱れによって光が散乱している状態である。
◼︎星鳴り
夜、塔の近くでは鐘のような音が聞こえる。
音源は存在しない。
座標炉が遠い世界線と同期する際に発生する重力波を、人間の耳が音として誤認している。
◼︎逆流潮
塔の周囲では、潮の流れが月齢と一致しないことがある。
未来の海流情報が現在の海へ混ざるためである。
◼︎記憶の欠落
塔へ近づいた者は、自分が何をしに来たのか忘れることがある。
不適合者を遠ざけるための認識遮断が働いている。
◼︎二重影
適合性の高い者が塔の近くに立つと、影が二つに分かれる。
一つは現在の肉体の影。
もう一つは、接続されうる別座標の自分の影である。
20. 星の塔とゾロ
ゾロは、星の塔にとって偶然の発見であり、必然の解答でもある。
彼はガルトープに生まれた。
本来存在しない村に生まれた、本来存在しない少年。
この時点で、彼は世界の標準因果からわずかに外れていた。
さらに彼は、塔の内部を知覚できた。
外壁ではなく、亜空間の奥行き、記録層の光、魔法使いの存在を認識した。
魔法使いはその瞬間、ゾロを単なる村の子供ではなく、座標干渉者として登録した。
ゾロは塔から見れば鍵である。
だが人間として見れば、幼く、無知で、家族を持ち、故郷を愛する少年である。
星の塔の悲劇は、世界を救うための鍵が、いつも個人の人生を持っていることにある。
21. 星の塔と零子
霧隠零子は、星の塔が初期の世界で発見した高一致魂紋保持者である。
零子の魂紋はゾロと極めて近く、性別以外の生態的・精神的基底波形に高い類似性を持っていた。
星の塔は、ゾロを直接初期の世界に物質転送したわけではない。
それでは因果反動が大きすぎるためである。
代わりに、ゾロの魂紋を零子へ接続した。
これによりゾロは、零子を介して初期の世界を観測し、干渉することが可能になった。
ただし接続は完全ではない。
零子には零子の人生があり、肉体があり、感情がある。
ゾロが一方的に支配できる器ではない。
この不完全な接続こそが、零、零子、ゾロの存在を複雑にしている。
22. 星の塔の限界
星の塔は万能ではない。
過去を自由に書き換えることはできない。
死者を完全に蘇らせることもできない。
誰かの感情を望む形に固定することもできない。
塔ができるのは、可能性を増やすことだけである。
たとえば、ある人物が死ぬ運命にある場合、塔はその死を直接消すのではなく、死なない可能性が成立する条件を過去に植える。
しかしその可能性が現実になるかどうかは、その時代を生きる者たちの選択に委ねられる。
この制限は、星の塔が意図的に設けたものでもある。
世界を完全に操作すれば、そこに生きる者の自由は失われる。
自由を失った世界は、たとえ滅びを回避しても救われたとは言えない。
23. 星の塔の思想
星の塔の根底には、一つの思想がある。
世界は一つの正解へ向かうべきではない。
未来人類は、正解を求め続けた。
最適な社会、最適な進化、最適な管理、最適な幸福。
その果てに、世界は可能性を失った。
すべてが合理化され、すべてが予測され、すべてが最短経路を選ぶようになった時、文明は強くなった。
だが同時に、逃げ道を失った。
星の塔は、その反省から生まれた。
最適解ではなく、余白を残すための船。
一つになれないものを、無理に一つへ押し込めないための装置。
星の塔は、統合ではなく分岐を尊ぶ。
完成ではなく未完を保存する。
結論ではなく選択肢を守る。
その思想は、零と零子の在り方にも深く結びつく。
24. 星の塔の象徴性
星の塔は、空へ伸びる建造物でありながら、実際には深く潜る装置である。
空へ向かう形は、未来への憧れを表す。
海に根を沈めた姿は、過去への接続を表す。
内部に広がる亜空間は、現在の中に隠された無数の可能性を表す。
塔は一本でありながら、内部には無数の道がある。
それは、ひとつの身体に複数の自己を抱える零の姿と重なる。
塔は世界を救う装置であり、同時に世界を歪ませた原因でもある。
それは、願いを叶える力が必ずしも幸福だけをもたらすわけではないことを示している。
25. 現在の状態
ガルトープ沖に存在する星の塔は、完全稼働状態ではない。
未来から過去へ送り込まれた際に、多くの機能が損傷している。
外壁、記録層、航行中枢、魂紋解析区画は稼働しているが、座標炉の出力は不安定であり、深淵門の開閉には強い制限がかかっている。
種子保管庫にも欠損がある。
一部の種子情報は破損し、別の世界線へ漏出している。
それにより、本来なら魔法や超常現象が存在しない世界にも、限定的な異常現象が発生している。
零の昼夜による性変化も、この漏出した種子情報、魂紋接続、契約因子が複雑に絡み合った結果である。
26. 星の塔の最終機能
星の塔には、最後に一度だけ使用できる機能がある。
名称は、再骰子機構。
これは世界そのものを巻き戻す機能ではない。
すでに振られたサイコロの結果を消すのではなく、同じ盤面にもう一つのサイコロを追加する機能である。
再骰子機構が起動すると、現在に閉じ込められていた可能性が一斉に解放される。
世界は一つの未来へ収束する力を失い、複数の未来を同時に許容する状態へ移行する。
ただし代償は大きい。
機構を起動するには、塔と完全に同期した存在が、自身の座標を固定点として差し出す必要がある。
固定点となった者は、単一の人生を失う。
一つの世界で一人として生きることができなくなる。
複数の可能性の中に薄く広がり、誰かの記憶、誰かの夢、誰かの選択の端に残る存在となる。
星の塔はその犠牲を強制しない。
だが、最後の機能はその犠牲なしには起動しない構造となっている。
27. 物語上の基幹設定
星の塔は、零たちの恋愛と宇宙規模の運命を接続する中心装置である。
零が一人の人間として陽菜を愛すること。
零子として陽菜に近づいてしまうこと。
世界を救う役割をゾロという“媒体”として背負うこと。
それらは別々の問題ではない。
零が「一つになれない」ことは、星の塔が作った世界線の構造そのものである。
零が自分の正体を告げるかどうかは、単なる恋愛上の秘密ではなく、観測された可能性を一つに固定するか、複数のまま抱えるかという選択になる。
星の塔は、世界を救うために一つになれないものを生んだ。
しかしその結果、零は一人の少女を愛することさえ難しくなった。
星の塔にとってゾロ=零は座標である。
魔法使いにとってゾロ=零は希望である。
陽菜にとって零子は大切な人である。
零自身にとっては、そのすべてが自分を引き裂く理由になる。
28. 結論
星の塔は、未来から過去へ送られた宇宙船であり、時空干渉装置であり、世界線を縫い止める座標点である。
その姿は塔。
その内部は宇宙船。
その本質は、滅亡へ向かう世界にもう一度選択肢を与えるための祈りである。
星の塔は奇跡ではない。
犠牲と失敗と後悔の果てに造られた、人類最後の装置である。
それは世界を救うために存在する。
だが、世界を救うという目的のために、一人の少年の人生を歪め、一人の少女の魂を巻き込み、一つの恋を決して単純なものではなくしてしまった。
星の塔は「可能性」という願いと時間を叶える装置である。
ただしその願いが何を結び、何を壊すのかまでは、選んだ者が背負わなければならない。




