ガルトープ沿岸異物誌
『ガルトープ沿岸異物誌』第三巻
沖合黒塔に関する記録、および星の塔と呼ばれるものについて
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ガルトープの沖合、北東の潮目が冬ごとに白く濁る海域に、古くより一本の塔が立つ。
村の者はこれを星の塔と呼ぶが、その名がいつ、誰によって与えられたものかは定かでない。古い網元の家に残る羊皮紙には「沖の黒柱」とあり、潮読みの家系に伝わる口伝では「星を食う塔」と呼ばれ、また葬送歌の一節には「帰らぬ舟を見下ろす指」とも歌われている。呼び名は時代と家筋によって異なるが、いずれの記録においても、それが村の沖に立ち、近づいてはならぬものとされてきた点だけは一致している。
塔は陸から見れば、細く、黒く、まっすぐに天へ伸びている。晴れた日であっても輪郭は明瞭にならず、塔の周囲だけは薄い霧をまとい、朝日を受けても赤くならず、夕暮れを受けても影を伸ばさない。高さについては諸説があり、漁師たちは「雲の腹に刺さるほど」と言い、薬師の家に残る測量帳には「村の灯台の十五倍を下らず」と記されているが、海が荒れた日には低く見え、凪いだ夜には月へ届くほど高く見えるため、実際の丈を測った者はいない。
塔の根は海に沈んでいるように見えるが、潜りの者がその足元を見たという話はない。若い頃に三度まで沖の塔へ潜ったという老漁師ラグエンは、臨終の床で「塔は海の底へ立っておらず、海が塔のまわりだけ底を持たなかった」と言い残したという。この言葉の意味は長く不明とされてきたが、同じ家の孫が後年語ったところによれば、塔の下には岩も砂もなく、ただ暗い水が縦に裂けたような場所があり、そこでは泡が上らず、沈めた石も音を立てなかったという。
村の掟において、星の塔へ近づくことは禁じられている。
この禁忌は、魚場を守るためのものでも、海難を避けるためだけのものでもない。ガルトープでは、子が歩き始める頃、親は必ず沖を指して「あれは見るだけにせよ、数えるな」と教える。塔を数えるとは、塔の節目や影や窓らしきものを目で追い、その形を覚えようとすることである。塔は外から見れば継ぎ目も窓も持たぬが、見つめ続ける者には時折、輪のような光、階段のような影、内側へ回り込む道のような筋が見えることがある。その筋を一つ、二つと数えるうち、人はいつのまにか舟を出す準備を始め、なぜ沖へ向かうのかを問われても答えられなくなる。
塔へ近づいた者の記録は少ない。
少ないのは、近づく者がいなかったためではなく、戻った者の多くが語るべき言葉を失うためである。
漁師ユドの記録によれば、彼の兄メルクは十七の夏、嵐の翌朝に流された網を追って塔の霧へ入り、昼前には村へ戻った。しかしメルクは、自分が舟を出したことも、塔へ近づいたことも覚えておらず、ただ両手に星の匂いがすると繰り返した。星に匂いなどあるはずがないと家族が笑うと、彼はひどく怯え、夜になるたび爪の間を洗い続け、三日後には自分の名を忘れ、七日後には沖を見ないよう家の窓を板で塞いだ。
また、旧礼拝堂の石床に刻まれた古い記録には、塔へ近づいた女が子を宿し、その子が生まれてすぐ空を指して泣いたという話がある。その子は成長しても星の名を知らぬまま星図を描き、海へ出たことがないにもかかわらず、沖の潮目の変わる日を言い当てた。だが十二歳の冬、塔の方角から鐘の音が聞こえた晩に姿を消し、翌朝には浜に濡れていない足跡だけが残っていた。
星の塔の周囲では、海そのものが村人の知る海とは異なる振る舞いをする。
まず、潮が逆に流れる日がある。月が満ちても引き、月が欠けても満ちる。北風が吹いているのに波頭は南へ倒れ、晴れているにもかかわらず沖だけが雨のように白く煙る。塔の近くで獲れる魚は、腹の中に光る砂を持つことがあり、その砂は乾かしても濡れたように冷たい。食べれば毒ではないが、夜にその魚を食した者は、夢の中で見知らぬ港に立ち、知らぬ言葉で自分の名を呼ばれるという。
次に、音が遅れて届く。塔の近くで櫂を打つと、音はすぐには返らず、しばらくして背後から聞こえる。呼び声も同じであり、沖へ出た者が仲間の名を呼ぶと、その名は海霧の奥で幾度も別の声に拾われ、しまいには呼んだ者自身の声ではない調子で返ってくる。これを村では星鳴りと呼び、星鳴りが強い日は漁を休む。
さらに、影が二つになる。これは塔に近づいた者すべてに起こるわけではなく、ある者に限って発生する。夕暮れ、舟の底に落ちる影が一つは櫂の動きに従い、もう一つは誰か別の者のようにわずかに遅れて動く。影が二つになった者は、その年のうちに遠くへ旅立つか、理由もなく性格が変わるか、夢の中で別の人生を見続けるとされている。
村の年長者は、星の塔を神のものとは呼ばない。
ガルトープには海神の祭りがあり、嵐を鎮めるための祈りもあるが、星の塔へ供物を捧げる習わしはない。むしろ、塔へ祈ることは禁じられている。祈りは呼びかけであり、呼びかけは返事を招くからである。星の塔は、呼ばれれば答えるものだと考えられている。だがその答えが、人にとって祝福であるとは限らない。
古い巫女の言葉に、次の一節がある。
「海へ願えば魚が来る。空へ願えば雨が来る。塔へ願えば、願った者ではない者が来る」
この言葉は長く謎とされているが、塔に関する伝承を集めると、およそ同じ型の話が複数見られる。すなわち、誰かが失った者の帰還を願うと、姿は似ているが記憶の異なる者が現れる。誰かが未来を知りたいと願うと、未来そのものではなく、未来を知ったために壊れた者の声だけが聞こえる。誰かが自分を変えたいと願うと、その者は変わるのではなく、変わっていたかもしれない自分の影を背負う。
このため、塔は願いを叶えるものではなく、願いの向こう側を開くものとされている。
星の塔について最も古い記述は、村の成立より前に書かれたとされる『北辺航海断章』に見える。そこには、ガルトープという村の名は出てこない。ただ「名もなき入り江の沖に、夜でありながら夜より暗き柱あり、その柱の上に星が落ちず、星が避けて巡る」と記されている。この断章が真であるなら、塔は村より古くから存在したことになる。
しかし、村の土地台帳にあたる『網場割付帳』の初巻では、塔について奇妙な記述がある。
「塔、三年前より沖にあり。されど祖父らの代より沖にありしものとして扱うべし」
この一文は、星の塔の性質を考えるうえで極めて重要である。
塔はある時点で現れたにもかかわらず、現れた後には、昔から存在していたものとして扱われている。村人たちは塔の出現を記憶していたはずなのに、同時に祖父の代から塔があったとも考えていた。この矛盾は、ただの記録違いでは説明しにくい。ガルトープの古老たちがしばしば語る「塔は来たのではなく、来たあとで昔からいたことになった」という言葉は、迷信として退けるにはあまりに多くの資料と合致している。
星の塔は、時間の中でまっすぐ立っていない。
少なくとも、村人たちはそう信じている。
ある年に塔を見た者が、翌年には「塔は昔より少し若返った」と語ることがある。外壁に苔がついたと思えば次の朝には消え、嵐で削られたはずの面が、月の晩には生まれたばかりの黒曜石のように滑らかになる。逆に、昨日まで何もなかった表面に、百年風雨にさらされたような傷が突然現れることもある。その傷の中には、読めない文字のようなものが浮かび、潮が満ちると消える。
塔の表面に浮かぶ文字を写し取ろうとした者もいた。薬師見習いのセネは、十五歳の春、沖の岩場から望遠筒を用いて塔の光紋を写した。彼の帳面には、円と直線を組み合わせた複雑な図形が残っているが、最後の数頁では同じ図形が何度も崩れ、人の横顔、魚の骨、星の並び、開いた目のような形へ変わっている。セネはのちに、その図形を見た夜から夢の中で知らぬ女に名を呼ばれるようになったと記し、十八歳で村を出たきり戻らなかった。
塔の内側については、さらに記録が少ない。
多くの者は、星の塔には入口がないと言う。外壁には扉も窓もなく、舟を寄せても触れることすらできない。だが、ごく少数の記録では、塔には入口があるとされる。もっとも、その入口は岩戸や木戸のように開くものではなく、塔を見る者の側に生じるものらしい。
『潮待ち小屋聞書』には、塔へ入ったという男の証言が記されている。
彼は、塔の外壁に手を触れたのではなく、塔がこちらへ近づいてきたと語った。海の上に立っていたはずの塔が、瞬きをする間に目前へ移り、次の瞬間には自分は白い浜のような場所に立っていた。そこは浜でありながら波音がなく、空でありながら天井があり、遠くに無数の階段が見えた。階段は上へも下へも伸びていたが、どちらへ進んでも同じ場所へ戻り、壁には星が閉じ込められていたという。
この証言は酔人の妄言として片づけられてきたが、後代の複数の記録にも、白い床、音のない広間、壁の中の星、上へ進んでも下へ降りる階段といった共通する描写がある。塔へ入った者たちは互いに面識がなく、時代も離れているため、すべてを作り話と断じることは難しい。
また、塔の中には人がいるという伝承がある。
その者は魔法使いと呼ばれるが、村の魔法使いとは異なる。薬を調合するわけでも、雨を呼ぶわけでも、火を操るわけでもない。塔の魔法使いは、問いを投げる者である。彼は塔へ入った者に、まず「お前はこれが見えるのか」と尋ねるという。
この問いは奇妙である。
塔へ入った者に塔が見えるかと問うのは、意味をなさないように思える。だが帰還者の記録では、この問いを受けた者の多くが、そこで初めて自分の見ていたものが外の塔ではないと気づく。彼らが見ていたのは、黒い外壁ではなく、その内側に広がる別の場所であり、海の上に立つ建物ではなく、海と空と星のあいだに折り畳まれた空間であった。
魔法使いの姿は記録ごとに異なる。
白い髪の老人であったという者もいれば、少年であったという者もいる。顔のない影だったという証言もある。水面に映った自分自身の姿であったと記した者もいる。共通しているのは、その者が塔について多くを知りながら、自ら塔の主であるとは名乗らない点である。
魔法使いは、塔を「船」と呼ぶことがある。
この点は、村人にとって最も理解しがたい。塔は動かず、帆も櫂もなく、舵もない。それを船と呼ぶ理由は不明である。しかし、古い航海者の間では、星を渡る船という概念がまったく存在しなかったわけではない。北方の民は死者の魂が星の川を舟で渡ると信じ、南方の神話には、夜空を漕ぐ黒い船の話がある。星の塔が船であるという言葉は、これらの死者の船、星の船の伝承と結びつけて語られることが多い。
ただし、塔の魔法使いが言う船は、死者を運ぶ船ではないらしい。
彼はそれを「まだ来ない明日へ置かれた船」「沈んだ未来から流れ着いた船」「時間の海を渡るために動かない船」と表現したとされる。
この表現を信じるなら、星の塔は海を渡る船ではなく、時を渡る船である。
星の塔に関する最も危険な伝承は、塔が人を選ぶというものである。
村では、塔へ近づいてはならないと教える一方で、塔へ呼ばれる者がいることも認めている。呼ばれる者には兆しがある。幼い頃から沖の霧の中に道を見る。夜空の星の並びを、知らないはずなのに覚えている。夢の中で、まだ会っていない誰かの名前を聞く。自分の影が遅れて動く。あるいは、自分がこの村に生まれる前から、塔だけは自分を待っていたように感じる。
こうした子は、古くは「星目」と呼ばれた。
星目の子は忌まれることもあれば、大切に守られることもあった。家によって扱いは異なるが、共通するのは、その子を塔の方角へ一人で行かせてはならないという戒めである。なぜなら星目の子は、塔を見るだけでなく、塔に見返されるからである。
ガルトープの村史において、星目の子が成人まで穏やかに暮らした例は少ない。多くは海へ出て戻らず、あるいは村を離れ、あるいは突然別人のように沈黙する。ただし、彼らが不幸であったとは限らない。星目の子の中には、遠方で偉大な学者となった者、王都で名のある航海士となった者、見知らぬ土地に新しい村を拓いた者もいるという。塔は人を奪うが、奪った先で何を与えるのかは分からない。
星の塔は、ガルトープに災いだけをもたらしたわけではない。
塔の霧が濃い年は、魚がよく獲れる。
塔の影が短い年は、嵐が村を避ける。
塔の周囲で星鳴りが三晩続いたあとには、遠い国から珍しい品を積んだ船が来ることがある。
村の繁栄は、少なからず塔の存在に支えられている。ガルトープが小さな漁村でありながら飢饉を幾度も免れたのは、沖の潮が不自然なほど豊かだったためであり、その潮を作っているのは塔だと考える者もいる。だが、恩恵があるからこそ村人は塔を恐れる。無償の恵みなど、この世にはないからである。
塔から与えられるものには、必ず見えない代価がある。
ある年、村は大漁に恵まれたが、生まれた子の多くが夜泣きの際に同じ旋律を口にした。別の年、嵐が村を避けたが、沖で沈むはずだった船が沈まず、その船に乗っていた男が帰還後、自分には別の妻と子がいたはずだと言い出した。さらに別の年、病が村を通り過ぎたが、病で死ぬはずだった老人が、自分の葬式の記憶を持ったまま生き残った。
このような出来事が積み重なったため、村人は塔の恵みを喜びながらも、決して感謝を口にしない。感謝もまた、塔への呼びかけになるからである。
星の塔が何を望んでいるのかについて、村には二つの説がある。
一つは、塔は人を欲しているという説である。
塔は自ら動けず、自ら海を渡れず、自ら言葉を地上へ届けられないため、人の目、人の足、人の記憶を借りようとしている。塔へ入った者が帰還後に遠くへ旅立つのは、塔がその者を使って何かを運ばせているからだとされる。
もう一つは、塔は世界を測っているという説である。
塔は村を、海を、星を、人の心を、長い時間をかけて測り続けている。何のために測るのかは分からない。だが、測り終えたとき、塔は海から消え、ガルトープという村もまた、最初から存在しなかったものとして世界から忘れられるという。
この二説は対立しているようで、実のところ似ている。
どちらも、塔がこの世界に属していないことを前提としているからである。
星の塔は、ガルトープの風景の一部でありながら、ガルトープのものではない。
村人の暮らしを見下ろしながら、村人と同じ時間を生きていない。
海に立ちながら、海に支えられていない。
昔からあったようでありながら、ある日突然現れたようでもある。
それゆえ、星の塔に関する最も古い戒めは、今も変わらず子供たちへ伝えられる。
塔を見るな、とは言わない。
塔を知らぬふりもできない。
あれは沖にあり、朝にも夕にも、村のどこからでも見えるからである。
ただし、塔を数えてはならない。
塔へ願ってはならない。
塔の音に返事をしてはならない。
塔の夢を見た朝は、最初に海ではなく、家族の顔を見なければならない。
塔へ行きたいと思った日は、その理由を三人に話し、三人のうち一人でも止めたなら、その日は舟を出してはならない。
そして、もし塔の中で魔法使いに会い、彼が「お前はこれが見えるのか」と問うたなら、すぐには答えてはならない。
なぜなら、その問いに答えた瞬間、人は塔を見る者ではなく、塔に見られる者となるからである。
塔に見られた者は、もはや村だけの子ではいられない。
海だけを知る者でも、家族だけに属する者でも、今日だけを生きる者でもいられない。
その者の背には、まだ来ていない時代の影が差し、足元には、すでに失われたはずの道が開く。眠れば知らない星の下で目を覚まし、目覚めれば知らない誰かの涙を覚えている。自分の名が一つで足りなくなり、自分の人生が一つで収まらなくなる。
星の塔は、遠くから見る限り、ただの黒い塔である。
だが、ひとたびその内側を見た者にとって、それは塔ではなくなる。
それは海の上に立つ穴であり、空へ伸びる船であり、過去と未来のあいだで、誰かが来るのを待ち続ける静かな問いである。
そしてガルトープの者たちは、今日もその問いに答えぬよう、朝の網を繕い、昼の潮を読み、夜には子供たちの寝台の向きを、沖ではなく山側へ直すのである。




