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凄腕忍者、TS魔法少女にされる 〜護衛対象に溺愛されても、某は百合には落ちぬ〜  作者:
四章 黒いのは忍び装束だけにあらず

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第46話 雫が中指を立てた

 雫を連れて部屋に戻ると、春の気配が消えていた。

 靴も隠されている。師父様の指示か、気を利かせたか。


 玄関で足を止めていると、雫が後ろから覗き込んできた。


「どしたの?」


「いえ、なんでもありません。それにしても、なぜこちらに。紹介した記憶は某の中にはないのですが……」


「あ、うん、いつもこっちから覗き魔してるんだもん、そりゃ気づくよ。あと、夜もシュババッて出てくるもんね」


「……流石です」


 ため息を堪えた。気を取り直して、廊下から居間へと移った。


「へぇ、インテリアはあっちとほとんど一緒なんだね。秘密基地だと思ってた」


 雫は目に手を被せて、部屋を見回していた。ゴチャついたものはあまりない。机の上に機材が置かれているくらいで他は偽装ルームと変わらない……ええい、そんなことはどうでもいい。


「忍の世界もすまーとが流行りですので……それよりも雫、ただいま少々立て込んでおりまして、しばらくお待ちいただけませんか。そちらのソファーにでも腰掛けて、リラックスしていてください。お願いします」


 頭を下げる。雫は言う。


「上司の人とお話してたの?」


 眉が跳ねる。頭の中がぐるぐる回る。なぜわかった、なぜこの方は全てお見通しだ。どうする。誤魔化しは効かない、しかし対面させるわけにはいかない。だが師父様は入れろと言ったならば顔合わせさせろということであってつまり、しかし雫は――


「あ、どうも、こんにちはー」


 後ろにいたはずの雫が、モニターの前に立っていた。にこにこっとしながら、師父様と対面している。


「ぁっ」


 喉が甲高い声を出す。頭皮やら背中やらから汗が吹き出してくる。


 雫はカメラに顔を近づけていた。


「はじめまして、リンちゃんとお付き合いさせてもらってる東山雫です。いつもお世話になってます」


『うむ』


「ええと、リンちゃんの保護者さん……ていうか」


 ドタドタと足音を立ててリンは駆け寄った。腕を伸ばし、叫ぶ。


「雫っ」


 下唇に指を乗せて、雫は首を傾げた。


「勝手にわたしの護衛をしてくれちゃってる秘密組織の偉い人ですか? 忍者の頭領さん、みたいな。そんなところにいないで、一度くらい訪ねてきてくれたらいいのに」


『ほう、なにゆえそのようなことを申す』


「だって、なんか高みの見物みたいな感じですよね。リンちゃんにばっかり――」


 リンは雫の肩を抱いた。背中側から押さえて、下がらせようとした。


「し、雫、無礼は控えてください。し、師父様ッ、も、申し訳ありません、こちらの御方は勇猛果敢といいますか、自由奔放といいますか、あまり礼儀を気にされないお人でして、どうか、どうかお許しを。ご所望ならば某が腹を切って詫びます、なにとぞ雫だけは、雫のことだけは、お許しくださいませっ」


 雫の後頭部に手を置いて、一緒に頭を下げた。


 下を向いたまま、雫はこちらを見た。


「腹を切るとか言わない約束」


 ささやくように答える。


「それは後で聞きます。今はとにかく無礼を詫びてください」


「ぶぅ、別にわたしの上司じゃないんだけど」


 雫は口を尖らせていた。物怖じない、悪びれない、変化がない、雫は雫だ、こんなときでも。

 スピーカーから、低い声が聞こえた。


『リンよ、その言葉に偽りはないか』


「は、はいっ。偽りなど申しませぬ、雫をお許しいただけるのであれば、なんなりと」


『貴様ッ、このわしに条件を求めるか。いつのまにか偉くなったものよのう』


 歯が浮く。目の前が回って、視界がねじれている。


「も、もうしわけありません、そのようなつもりは……そのような……」


 雫を見る。未だにむくれている。


「死ぬのはだめだよ、いくら忍びさんでもブラックすぎぃ」


 モニターの師父を見る。

 バキッと音がして、パイプの持ち手が砕け散った。


『煮えきらぬ態度、不敬、反逆心、堪忍袋の尾が切れるわ。宣言通り今すぐ腹を斬れぃ』


「は……は……」


 はい、と言えない。喉から言葉が出ない。


 掟は守らねば。命令は絶対。死ぬと言われれば、死ななくてはならない。

 だというのに、手が震えて短刀を生成できない。


「……で、できませぬ」


『なにぃ?』


 雫を許すと、まだ聞いていない。


「恐れ多くも、条件を提示させていただきたく存じます。今後も雫の保護を続けると約束してくださるのならば、この場で命を絶ちます。しかし、それが約束されないのであれば、まだ死ぬわけにはいきませぬ。心苦しいお願いではありますが、どうかご検討を……」


 腕から抜けて傍らに立っていた雫が、言った。


「リンちゃんが謝ることないよ。死ぬこともない」


 雫は机に手をついて、睨むような目でモニターを直視した。


「失礼なことを言ったのなら、それは謝ります。けど、死ねって命令は絶対に許さないから」


『なにをおっしゃるか東山殿。先に言いだしたのはそやつではないかね』


「だからなに、そんなの関係ないでしょ。上司なら止めてあげなよ、リンちゃん困ってるじゃん、苦しそうじゃん、わかんないの?」


 リンは雫の腕を掴んで、両手で握りしめた。


「やめてください、それ以上は。お気持ちは十分伝わっていますので……」


 雫が振り向いた。猛獣のような目が、リンを見つめた。


「じゃあ言って、クソジジイふざけんな切腹なんてしてたまるか、って」


「そ、それは……」


 言えるのか、師父に向かって、そんなことが。

 雫が望んでいる、求めている、だからといって。


「なんてね」


 雫の右手が、リンの頬に触れた。やや湿っていて、ぬるさがある。


「言えないでしょ、知ってる。だからわたしが言ってあげる」


「あっ」


 背中に片腕が回ってくる。雫に抱き寄せられる。

 両腕で抱かれる。身体に力が入らない。雫はモニターを見ている。


「リンちゃんは絶対に死なないから。文句があるならわたしを先に殺してみなよ、それが条件。待ってるから」


 雫は、師父に向かって、中指を立てた。


『ほぅ、まさしく勇猛果敢』


 腕の中で、俯いた。へなりと形の整わない息が口を出ていった。


「あなたは……なんてことを……某などのために……」


 頭に手を置かれる。硬かった中身が、スフレのように揺れた。


「たまには守らせて。いつも助けてもらってばかりじゃ、悪いよ」


「まこと……情けのうございます……」


 目の付け根に水っぽさがあった。忍びであることを忘れる、ここにいると。

 あぁ、どうしようか、死ぬべきか、生きるべきか、服従か、逆らうか、いずれにせよもうここには――


『リンよ』


「へ……」


 顔を上げると、雫の腕の奥に師父が見えた。


『言え』


「は……?」


『クソジジイふざけんな切腹なんてしてたまるか――と言え』


「は、はい……は?」


 何度かまばたきをした。師父は変わらず、暗い床に座していた。


『言わんかっ!』


「は!」


 抱かれたまま、背筋が反り立った。


「く、クソジジイふざけんな切腹なんてしてたまるか、でございます。よろしいでしょうか」


『くふふ……言いよるわ。次は己の意思で発言できるようにせい、わかったな』


「は、はい、かしこまりました」


 頭を垂れると、顎が雫の腕をこすった。

 許された……のか? これはどういったことか、まるでわからぬ。


 目を上げて雫を見ると、笑顔を返された。師父はモニターの向こうで、ヒゲをさすっていた。

 雫は、また師父に顔を向けた。


「あ、そうだ。喧嘩ついでにお願いがあって、リンちゃんのお休みについてなんですけど」


『ほう、申してみよ』


「あのですね――」


 言葉を遮るように、リンは言った。


「雫、お待ちください。その件は、某から」


「え? あ、うん、いいよ」


 抱擁を解いてもらって、師父の面前に立った。


 軽く息を吸った。なにがなにやらわからぬが、雫に言わせてはならぬ。

 己の意思で、伝えなければ。


「雫とでぇとをするために、週に一日暇を頂きたいと存じます。どうかご検討の程を、よろしくお願いします」


 頭を下げるまもなく、師父は言った。


『検討などせん』


「そうおっしゃると思っていました、ですが――」


『たわけ。そのぐらいの褒美は与えてやると言っておるのだ』


 伏せ気味になっていた顔が上がった。


「ま、まことですか。なにゆえっ」


『老人が見たいものを見せてもらったがゆえよ。くふふ、東山殿には感謝することだ』


「は」


『通信終わりっ! 存分に休むがいいわっ!』


 画面が暗転して、急に部屋は静まり返った。


「なんだ、意外と話せばわかるじゃん」


 そう言って、雫はにこにことしていた。

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