第44話 雫と朝まで過ごすほうが効率がいい
唖然とする雫。声には色がない、温度がない。
「えっと、またそういうの?」
視線が刺さる。沈黙が重い。胸が苦しい。声が出しにくい。
言え、言え――言った。
「悪い話ではありません、雫にもメリットがあるといいますか……その毎日休憩を挟むのはライフスタイルにそぐわないので……週末にでもまとめて消化できれば、と……どうでしょうか?」
「なにかと思ったら。うーん、怒るようなことでもないけどさあ、それでまた寝ないつもり?」
「あ、いえ、そちらは調整させていただきます……できるだけ」
「ならまあ、いいけど。わたしにメリットって?」
「でぇとなども……しやすくなるかと」
ついぞ熱が顔に上がってくる。ぞわぞわが背筋を駆け上る。うなじが震える。
「へ」
「ですから、から、雫の言っていたこととも重なるところがあるのですが……」
膝においていた手が、胸元に上がった。足が内股気味になった。
「休暇の間は任務ではなく某個人として、お側にいさせてもらえれば……身体を休めることにも抵抗がなく、一石二鳥ではないかと……もちろんお望みであれば夜の間も……」
なにを言っているんだろうか、この口は。そんなことを言いに来たのだったか。いやそうだったのかもしれない。どうだったか。わからない。わからない、とにかくわからない。
雫の眉間にしわが寄った。口がすぼんで、穴が小さくなった。
「……まじ?」
雫にしては珍しい言いようだ。なんだろうか、やはり求めすぎただろうか。しまった、しまった、けれど。
床に手をついて、頭を下げた。
「お願いします。是非、この案で手打ちとしてください。そうでなければ、某は忍びとしてのあり方を忘れてしまうような気がするのです……どうか」
だらぁとした声が、聞こえた。
「リンちゃん」
雫は、頬に触れてきた。指が吸い付いて、軽く押されて、歯に触れられた。
「それ、自分で考えたの? 嘘じゃなくて、ほんと、に?」
喉につっかえているような、そんな言い方だった。
「はい、そのとおりです。誰からも助言は受けていません」
顔を上げてから、首肯した。
雫の目尻がへなへなっと垂れた。
「だいすき」
背中に腕が回ってくる。有無を言わさず、抱きしめられる。雫はほっぺたに頬を擦り寄せてくる。
「し、雫、これは」
「いいよってこと。毎週お泊りしようね、約束だよっ」
「ありがとう、ございます。……ただ、ひとつ後出しになるのですが、上の許可を取る必要がありまして、心苦しいのですが、実行に移すのはその後ということで、よろしいでしょうか」
「えぇ、そうだったんだ。せっかちさん、なんで最初にこっちきたの」
耳たぶが融解するような、甘い声だった。体温と、雫のやわらかいところを、肌で感じた。
「それは……なぜでしょうか、わかりませぬ。ただ……そうあるべきかと、思いました」
「そっか、うれしい」
背中を撫でられる。指が滑るたびに、ソファと同じような心地がした。
順序の理由など、本当にわからない。
雫の前にいると、なにも、わからなくなってしまう。
ともあれ承諾は得た。
あとは師父に首を跳ねられないことを祈るのみだ。




