第24話 オーシャンビューは狙撃のリスクが低い
客室の扉を開けるやいなや、勢いよく雫は中へと飛び込んでいった。
「わはぁ、すっごい広いお部屋、なにこれスイートルーム?」
腰のあたりに両手を広げて、子供のように雫は室内を見回していた。
48平米の和室。備え付けのテラスがあり、見渡す限りの大海原が広がっている。地形や構造的にも、このオーシャンビューは狙撃のリスクが低い。
「はい、特別室をご用意しました。日頃のお疲れを、お癒やしください」
雫は畳に触れたり、テーブルに置かれた茶櫃を開けたり、窓際の座椅子に座ったりして、目を輝かせていた。最後に窓を開けようとして、ぴたっと手が止まった。
「これ爆発する?」
「一般客も利用する施設なので、仕掛けは最小限となっています。ご不安かと思われますが、どうかご了承ください」
「やったぁ」
雫は窓を開け、海風を感じていた。
「抜け穴はどこですか?」
などと言ってアリスが掛け軸の裏を覗き込んでいたりもしたが、それはどうでもいい。
「お茶菓子食べていいですか?」
越谷まひるが、既にピーナッツ菓子の袋を開けていたのも、どうでもいい。
「あはっ、海だぁ」
強めの風が吹いて、雫の髪がたなびいた。露出するうなじを、リンはじっくりと見つめた。肌はみずみずしい、色も健康的、特別なアザなども存在しない。
やはり外見に異常は見られない。毎日確かめているが、やはり本日も変化はない。
後ろから見る首筋はきれいなものだ。あの曲線に触れてみれば、きっと指はなめらかに滑っていくだろう。こう見ると、少し髪が伸びたかもしれない。以前は襟にはかかってなかった。あえてそうしているのだろうか。今度話を――視線を感じた。
真横、30センチの距離にアリスがいた。口に手を当てて、にやにやとしていた。
「エッチな目で見てましたね」
ちらっとそちらを見て、すぐに目を戻した。相変わらず突飛なことを言うやつだ。
「み、見ておらん、いや、見てはいたが情欲はない、勘違いするな」
話が聞こえたのか、雫が振り向いた。こちらを見て、じわっと口角を上げた。
「情欲ってなんのこと? もしかしてわたしの話してた?」
「し、してません」
目をそらすと、にたにた笑う二人の少女の顔が近づいてきた。なぜか腕を掴まれて、身体に絡まれて、体重をかけられた。尻から畳に転んで、とすっと軽い音がした。
雫とアリスは、半包囲するようにこちらを見下ろしていた。
「旅といえば恋バナ、ゲロゲロしちゃうのも勇気ある振る舞いです」
「嘘とか誤魔化しとかはやめてほしいなあ、リンちゃんのことそういう目で見たくないし」
ギランッと雫の目が光ったような気がした。
「あ、もいっこ食べちゃおっと」
ぱりんっとピーナッツせんべいをかじる音が響いた。
どんな人が好きだ、誰が好きだ、わたしのこと好きだよね、好きだ好きだ、わたしはリンちゃんが好きだよ、嫌いだ好きだ、などと執拗に問い詰められた。他者の前で関係を告白してもいいのだろうかと悩んで、結局、突っ込んだことは言えなかった。
好きなのは雫だ、そういうことになっている。それは変わらない。本心ではなくあくまでも任務上の……おそらく。
そのようなやりとりをしていると、部屋の呼び鈴が鳴った。
合宿所のものが挨拶に来たというから応対に出たら、扉の前は空だった――と思わせるほどの勢いで、なにかすばしっこいものがリンの脇を通過していった。
「しまっ」
只者ではない身のこなし。あっという間に室内へと侵入される。
作務衣を着た女。リンよりも小柄で、足さばきが尋常ではない。音も立てずに畳を駆けていって、クナイを出現させている間に、雫に接近していた。
雫と重なって飛び道具が封じられたので、直接捕らえようとリンは駆け出した。がむしゃらに飛び込むと、その女は跳び上がってそれを回避、膝を抱えて空中で一回転し、真後ろへと着地した。
雫の盾になろうとして両腕を広げると、女のはつらつとした声が聞こえてきた。
「おこしやすぅ、ようこそお姉さん方!」
呑気にアリスが言った。
「わお、京言葉の仲居さんです」
短刀を出現させて、慎重にリンは振り向いた。
「仲居だと、貴様のような手練が――んっ」
深々と頭を下げていた女が、顔を上げた。
見知った顔を、していた。横で結んだ短い髪に、幼さの残る顔立ち。ぱんつだの、プレイだのとふざけたことばかりを言う、あの妹――春だった。
「こんにちは、金髪のお姉さんに、眼鏡のお姉さん、優しそうなお姉さんに、それから、血気盛んでナイフなんて持ってるお姉さん」
春はエプロン付きの作務衣を着て、微笑んでいた。
「まさか私のような従業員を不審者と誤解したなんて、そんな未熟なことないですよね」
悪戯な笑みを向けられて、リンは右手に握った短刀を腰の後ろに隠した。
なぜ、余計な心労ばかりが増える。二人だったはずが、どうしてこのようなことに。
歯ぎしりする兄を他所に、妹は無垢を演じる笑みを浮かべていた。




