七章プロローグ こんなチョロい仕事、そうそうあるもんじゃない
スタンドライト一本で照らされた暗い室内で、依頼主の男は一枚の写真を差し出してきた。
「この少女を拉致してもらいたい」
フリーランスの工作員、コードネーム・リブラは二本の指でそれを受け取った。
「シズク・ヒガシヤマ。知らない名前だけど、どっかのご令嬢? この私に依頼してくるってことは、ただの雑魚じゃないんでしょ」
「本人はいたって普通の女子生徒だ。特別家柄が良いわけでもない。もちろん相応の事情はあるが、依頼を引き受けるかどうかは金次第、そうだったな」
男が顎をしゃくると、控えていた別の男がテーブルに置いてあったスーツケースを開いた。中には札束がぎっしり敷き詰められていた。
「前金だ。成功報酬でこの三倍払おう」
リブラは口笛を吹いた。
「金払いの良いクライアントは嫌いじゃない。で? 向こうの戦力は? 護衛は? SPは何人?」
「一人だ」
男は写真をもう一枚差し出してきた。眉が逆ハの字の、貧弱そうな女が映っていた。顔だけは立派だが、身体は鍛練が不足しているようにしか見えなかった。
「なにこれ? シズクちゃんのお友達?」
「これが護衛だ。ターゲットと同じ学校に通っている」
「へえ、こんなのがね。こいつ一人が相手なのに、あの大金はなに?」
「女子校に潜入できるエージェントなどそう見つかるものではない。お前ならばターゲットに接触するのも容易だろう」
なるほど、十代のフリーランスなど知り合いにもいないからな、とリブラは思った。
男の眼鏡に、スタンドライトの光が反射した。
「期間は指定しない。障害を排除し、東山雫を拉致する。内容は以上だ、受けてくれるか?」
「ねえ、一つ聞いてもいい?」
リブラは、護衛の女の写真を見つめて、舌なめずりをした。そしてそれを、十文字に破った。
「一日で終わらせちゃってもいいんでしょ?」
男が頷いたので、リブラは立ち上がって握手をした。
リブラが金を受け取ろうとすると、男は妙なことを言い出した。
「ところで、お前は魔法や奇跡というものを信じているか?」
「は? なに、頭おかしくなったの?」
少しの間沈黙して、男は表情を崩した。
「いや、冗談だ。依頼の達成を願っているよ」
契約は成立。偽札ではないか確かめるために、リブラはその場で札を数え始めた。その最中に、横目でテーブル上の写真を見た。
「くふふ、待っててねシズクちゃん」
写真の代わりに、札束にキスをした。
取引が終わった後、拠点に戻ったリブラは偽装書類の作成に着手した。最初に決めたのは、『狭山香純』という偽名だった。
まずは学校に潜入。次にあの護衛の首をぶすり。それが終わったらお姫様を連れ帰る。
こんなチョロい仕事、そうそうあるもんじゃない。




