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第1話 エビクリームライスとちょっとSFのはじまり ④モナカアイスとふーぴょん起動

挿絵(By みてみん)

 学校を出ると、足は自然と隅田川の方へ

 向かっていた。

コンビニに寄って、ついお気に入りの

 チョコモナカジャンボを買ってしまう。                       

 レジ袋を片手でぶらさげながら歩いていると、

 さっきまで重たかった足取りが、

 少しだけ軽くなった気がした。


 厩橋のたもとのベンチに腰を下ろし、

 アイスの包みをビリっと開ける。

 角の部分をそっと口元に運んで──がぶり。


 パリッ。


 この一瞬の音のために、一日がんばってるん

 じゃないかって思うくらい、たまらない瞬間だ。


 口に入れると、薄いモナカのパリパリが、

 最初に前歯のあいだで小さくはじける。

 そのすぐあとを追いかけてくるのは、ひんやり甘いバニラアイス。

 舌の上でゆっくり溶けはじめたころ、

 底のチョコの層が、

少しだけビターな「カリッ」を足してくる。


 甘い。けど、ちゃんと大人っぽい甘さ。

 さっきまで、ホワイトルウの失敗を

 思い出すたびに

 胸のあたりがキリキリしていたのに、

 冷たい甘さが、そのあたりを内側から

 そっとなでてくれるみたいだ。


 ──給食のエビクリームライスは、

   あんなにあわてて作り直したのに、

   みんな美味しく食べてもらえたのかな。


 二口目をかじりながら、さっきまで沸騰していた

 回転釜の湯気と、チーフの横顔を思い出す。

 隅田川の水面を渡ってくる風が、汗の引いた首筋を すっと撫でていった。


 食べ終わると、さっきの袋からぬいぐるみ――

 ふーぴょんを思い出し、おもむろに取り出す。


 夕方の川面は、オレンジと紺色の境目みたいな色を

 していた。

 行き交う屋形船の明かりが、水の上で小さく揺れて

 いる。


「……わたし、今日、がんばったつもりだったん

 だけどな。」


 ふーぴょんを胸にぎゅっと抱きしめる。

 その瞬間、胸のあたりで、

 小さな電子音がしたような気がした。


「…………」


 耳を澄ます。

 ぬいぐるみの中から、ごく小さな

 電子音のようなものが聞こえた。


『……きょうも、一日、おつかれさま。』


「……え?」


 思わず、ふーぴょんを少し離して見る。

 つぶらな黒い目はさっきと同じなのに、

 その奥で何かが光ったような気がした。


『失敗ログ、ちゃんと保存したよ。次は、

 もうちょっとだけ、うまくやろ、しいな。』


「……誰? ってか何。」


『自己紹介、まだだった。試作モジュール、

 shinaガイドβ。

 でも長いから、ふーぴょんでいいや。』


(シナ……椎菜? 偶然……だよね?)


『しいなの“今日”は、ちゃんと栄養になってるから。

 だから、泣くなら、風の強いところで泣きな。

 すぐ乾くから。』


 頭の中で、研修のときの友部部長の声が

 再生される。


「これから失敗もすると思いますが、

 それも栄養にしていきましょう。」


 そして、曽野チーフの声。


「泣くのはあと。今はリカバリ。」


「それ、誰の真似?」


『さあね。ログ上は“指導者ボイス”って

 タグついてた。』


 ふざけた口ぶりなのに、胸の奥にこびりついていた

 重さが、少しだけ軽くなる。


「……勝手にパートナーになるの、ずるくない?」


(っていうか、わたしもわりとすんなり

 受け入れてるの、

 どうなのわたし。)


『きょうから、しいなの給食室パートナーだから。

 文句は、あしたの“現場”で受け付けます。

 久々の軌道なので休みます。』


 隅田川の水面に、うさぎ耳のシルエットと、

 スーツ姿のわたしの影が並んで揺れた。


 こうして、

 学校に併設された給食室と、

 ふーぴょんが三次元から取り出す

 “ちょっとだけ未来のガジェット”が交わる、

 わたしの青春日記が始まった。


 エビクリームライスみたいに、

 ときどきダマになって、

 ときどき焦げそうになりながら。

 それでも、誰かの「いただきます」に

 間に合うように、

 何度でも混ぜ直していく日々が、

 これから続いていく。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

第1話は「面接~入社式~本社研修~初現場~

エビクリームライス失敗~ふーぴょん起動」まで

全部まとめたら、長くなったので、

なろうでは4部に分けて載せています。

浅倉椎菜の「ルウをブラウンまで炒めてしまう事故」は、実際に筆者の新卒のころの体験談であり、

苦い思い出です。

給食の世界ではわりと“笑えないあるある”です。

何十年もたった今でも、

ここを起こした記憶だけは消すことができません。

味はおいしくても、想定していた「メニューの色」と

違うとやり直しになる。

効率とかコスパよりも、

「子どもに出すものとしてどうか」が

最優先になる世界です。

この物語に出てくる人物、団体、学校、給食室は、

完全なフィクションですが、

現場の緊張感・空気感・人間関係は、

実際の給食現場への

リスペクトを込めて書いています。


「汗をかいてお金をいただく仕事」という

友部部長のセリフも、

 筆者からの現場で働く人たちへのエールの

つもりです。


そして、ふーぴょんの中に入っている

「shinaガイドβ」は、

AIとか未来ガジェットを“便利な魔法”としてではなく、

失敗や不安をちゃんと記録して、

次の一歩を押してくれる存在

として描いていきたいと思っています。

浅倉椎菜の成長物語でありつつ、

「もし給食室にこんな未来ガジェットがあったら?」と

いうちょっとだけSFな実験でもあります。


イラストは私がクリスタやプロクリエイトで書いた

AIで微修正してもらっています。

第2話では、「ハッピーコロッケ」と、

うずら卵一個ぶんの勇気の話に続きます。

よかったら、またみてください。

ブクマしてくれたらうれしいです。


挿絵(By みてみん)

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