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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
8章 マグロのコロコロ揚げとキッチンブローチ

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ep31 回転釜型の銀色のブローチ

 あの回転釜型の銀色のブローチが

 生まれた夜から、何日かが過ぎた。


 私は、チアバッグの中のポーチに――

 あの小さなブローチをつけている。


 ブローチは、私にしか見えない。


 ふーぴょんが、あの夜ぽつりと教えてくれた。

 このブローチには、危険を知らせる温度センサー

 みたいな機能が入っているのだ、と。


 心の中でそうツッコミを入れて、

 私は勝手に、あのブローチに“キッチン・ブローチ”

 という名前をつけた。


 白衣の中のTシャツにつけておくと、

 胸のあたりが、たまにふわっと温かくなる。

 でもそれ以外は特別なこともなく、

 まるでお守り代わりになっていた。


 給食室の毎日は、日々忙しく、

 けれど確実に流れていっていた。


 ――それは、一週間ほど経った頃。

 魚の納品がある日の朝だった。


 納品口に並ぶ発泡スチロールのケース。

 金属のふたを開けると、その中に、

マグロの切り身がぎっしり詰まっている。


「……5℃。」


 検温用の非接触温度計の数字を、

 私は記録シートに書き込む。


 下処理室に貼られた、学校給食用食品の

 保存基準表には

 鮮魚介――保存基準では「5℃以下」。

 数字だけで見れば、今日はぎりぎり基準内だ。


 マグロの納品は、配属されてから三回目。

 匂いは、おかしいというほどではない。

 でも、何か気になる。いままでと違うような、

 魚の匂い。


 色も、ぱっと見は大きく変ではない。

 それでも、どこか少しだけ気になる。

 ちょっと古い……?


(……“絶対におかしい”ってほどじゃないのに、

 なんか引っかかる……)


 胸元で、キッチン・ブローチが、

 ぐっと危険性を知らせるように熱を帯びた。


「浅倉さん、どう?」


 いつものように、検収担当の斎藤さんが、

 記録用のボードを片手に近づいてくる。


「あの……温度は、基準内なんですけど……。

 なんというか……気になる感じがして。」


 そう言葉にした瞬間、

 胸のブローチの熱が、ほんの少しだけ強くなった。


「ちょっと見せて。」


 斎藤さんは、迷いのない手つきでケースの端に指をかけ、

 中のマグロの切り身を一枚、そっと持ち上げる。


 色、艶、身のしまった感じ。

 それらを一瞬で確認してから、

 温度をもう一度測り直す。


「温度は、たしかに数字上は問題ないわね。

 ……少し気になるね。

 一応、曽野チーフと南沢先生にも

 見てもらいましょう。」


 斎藤さんはすぐに曽野チーフを呼びに走った。


「おはようございます。

 今日もよろしくお願いします。」


 少しして給食室に入ってきた南沢先生は、

 エンボス手袋をつけて、マグロの切り身を

 一つ手に取り、

 表面をそっと押さえながら、静かに言った。


「匂いだけでは、はっきりとは分からないけれど……

 少しだけ、いつもと違う“嫌な感じ”があるわね。」


 先生は一度手袋を外した。

 曽野チーフと顔を見合わせる。


 曽野チーフが、アレルギー食用のコンロの

 ほうを指さした。


「念のため、一度焼いて味見してみませんか?」


 曽野チーフが先生に提案する。


「そうね。お願いします。」


 南沢先生がうなずき、

「だれか、小さめのフライパンと菜箸、

 用意できますか」

 と声をかけた。


「はい、僕が。」


 駆けつけた縣さんが小さめのフライパンと

 菜箸を用意し、

 陸がマグロを切り身のまま、

 弱火でじっくり焼いていく。


「焼きます。」


 そう言って、陸がフライパンを任される。


 焼ける匂いに誘われるように、

 三浦さん、朽木サブチーフも集まってきた。


「温度確認します。……80℃確認しました。」


「じゃあ、少しずつ味見してみましょう。」


 焼き上がったマグロを箸で切り分け、

 アルマイトの小皿に分けられる。


「……では、いただきます。」


 南沢先生が一口、そっと口に運ぶ。


「……。」


 先生はしばらく口の中で様子を確かめてから、

 小さく息を吐いた。


「みんなも、少しだけ食べてみて。」


 曽野チーフ、斎藤さん、三浦さん、縣さん、

 朽木サブチーフ。

 それぞれが、小さな一切れを口に入れる。


 少しして、みんなの表情が、

 ほんのわずかに変わった。


「しいなさんも、少し食べてみて。」


「は、はい。」


 私は、残っていた小さな一切れを口に入れた。


 焼き魚の、いつもの香ばしい匂い。

 そのすぐあとに、舌の先に、

 かすかなピリピリが残る。

 胸のブローチが、明らかに今までにない

 反応をして、

 体全体が熱くなる。


「……少し、ピリピリします。」


「そうね。私も感じる。」


「これ、もしかしたら……。」


 南沢先生は、曽野チーフのほうに顔を向けた。


「曽野チーフは?」


「はい。私も、いつもの魚とは違う違和感を感じます。」


 南沢先生は、少しだけ表情を引き締めた。


「ヒスタミンは、加熱しても分解されません。

 見た目や匂いも、はっきりとは

 変わらないことが多い。


 保存温度や保存期間、

 冷蔵庫・冷凍庫の状態、

 解凍のやり方や回数……。


 本当は、もっと前の工程で“増やさない”

 管理をしなければいけない。

 でも、当日納品の給食室では、

 そこまでさかのぼって

 コントロールはできない。


 それでも、最後に“受け取るかどうか”を

 決めるのは、私たち。

 だから、食中毒の責任は給食の

 食品責任者――チーフと、

 学校栄養士である私にかかってきます。」


 先生の声は静かだったけれど、

 言葉の一つひとつに、重さがあった。


「理不尽だよね。本当に……。

 でも、それが決まりなの。」


 先生はそう言ってから、顔を上げた。

「曽野チーフ、どう?」

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