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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
6章 あんこ玉の六つの惑星とふーぴょんの秘密

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22/69

ep22 六つの惑星と少しだけ顔を上げる夜

 その夜。

 浅草の自分の部屋。


 学生時代から使っているチアバッグをベッドの

 横に置いたとき、紙袋のカサッという音がした。

 隅田川テラスから地下鉄を乗り継いで帰る途中、

 浅草の商店街で、つい寄り道してしまった

 戦利品だ。


 昼はエビクリームライスと、

 コンビニのエクレアまで食べたくせに。

(完全に糖分オーバーだよね……

 栄養士免許どこいった。)

 心の中で自分につっこみながら、

 紙袋の口をそっと開ける。


 中に入っているのは、小さな

 箱にきれいに並んだ、あんこ玉。


 ガラス越しに見たときから、

 ずっと目を奪われていた。

 赤、白、薄い緑、やさしいピンク、

 こげ茶、みかん色。

 親指とひとさし指で作った丸と

 同じぐらいの丸い粒が、

 寒天の膜でつやつやにコーティングされて、

 ショーケースのライトを反射していた。


(これ、完全に“映え”狙ってるよね……ずるい。)


 お店の人が説明してくれた味は、

 小豆、白いんげん、抹茶、いちご、珈琲、みかん。

 色を見れば、どれがどの味か

 一目で分かるラインナップ。


 寒天の層は、指で触れたらぷるんと

 揺れそうなくらい弾力があって、

 中にはきめの細かいこしあんが

 詰まっているらしい。


 さっき、リビングでひとつだけ

 先に食べた「いちご」は、

 見た目のふわっとしたピンクからは

 想像つかないくらい、

 ちゃんと“いちご”だった。

 甘酸っぱくて、思わず

「めっちゃいちご……」

 と口に出してしまったくらいだ。


 向かいで「小豆」を食べていたお母さんが、

 少しだけ笑った。


「エクレア食べた子が、よくまた

 甘いもの買ってきたわね。」


「……帰り道で目が合ってしまったので。」


「言い訳が高校生のときと変わらない。」


 そう言いながらも、お母さんはちゃんと

 箱を開けて、お皿を二枚出してくれた。

 仕事帰りで疲れているはずなのに、

 手つきはいつも通りていねいだ。


「これ、コーヒー味もあるんだって。

 お母さん好きそう。」


「じゃあ、それもらおうかしら。」


 こげ茶色のあんこ玉をひとつつまんで、

 口に運ぶお母さん。

 ほんの少しだけ目を細めて、


「……うん、ちゃんと珈琲。

 洋風寄りでおもしろい味ね。」


 プロの管理栄養士モードと、

 ただのお菓子好きモードが、

 半分ずつになったような顔。


「今日は、どうだったの。」


 お皿に残ったみかん色の

 あんこ玉を見ながら、お母さんがぽつりと聞く。

 「仕事どうだった?」じゃなくて、

 「今日はどうだったの」。

 そのニュアンスが、ありがたい。


「午前は、講義とコンビニの

 エビクリームライスの味比べして……

 午後は、面談で、たくさん泣きました。」


「泣いたの。」


 お母さんがお茶碗を持った手を、ふっと止めた。


「はい。

 友部部長に、『向いてないって言い切れるほど、

 この仕事知ってる?』って聞かれて。」


 お母さんの口元が、少しだけゆるむ。


「……いいそうね、その人。」


「うん。きびしいこと言ってるのに、

 なんか、ちゃんと心配されてる感じで。

 それで、その……お父さんの話も、

 少し聞きました。」


 自分の声が、ほんの少し震える。


「友部部長、お父さんの幼なじみだったんだって。

 通夜のとき、揚げパン届けてくれた人、

 いたでしょ。

 あれ、友部部長だったって。」


 お母さんが、はっとした顔をする。


「……あの揚げパンね。」


「うん。

 お母さん、急に近所中におすそ分けしてたから、

 なんか、あの日だけ家の空気が

 ちょっと変わった気がして。」


 お母さんは、しばらく黙って、

 こげ茶色のあんこ玉を見つめていた。


「お母さんも、知ってたの? 友部部長のこと。」


「そう。実はね。」


 ぽつりと落ちた声は、抹茶よりも珈琲よりも、

 もっと深いところに沈んでいくみたいだった。


「知ってたわよ。

 あなたが“栄養士になりたい”って言いだしたとき、

 いちばん最初に相談したのが、あの人。」


「えっ。」


「奨学金のこととか、専門や短大の情報とか。

 池尻栄養のパンフレット、

 家に持ってきてくれたの。」


 言われてみれば、リビングのテーブルの上に、

 いつの間にか増えていたカラフルな

 学校案内の束を思い出す。


(あれ……友部部長の仕業だったの?)


「反抗期まっさかりのしいなには

 言わなかったけどね。

 『どうせ自分で決めたいって言うだろうから』

 って。」


「……そんなこと、してくれてたんだ。」


「まさか本当に、

 桜江を選ぶとは思ってなかったけど。」


 お母さんが、少しだけ肩をすくめる。


「その会社、友部さんがいる会社だって

 分かったときは、

 さすがに“運命かしら”って、

 ちょっと思ったわよ。」


 胸の奥が、じわっと熱くなる。


「……それでね。」


 ここから先の言葉を出すのに、

 少しだけ勇気が要った。


「友部部長から、聞いたんだ。

 お父さんの研究で作った“何か”を、

 預かってたって。

 銀色の、ハートみたいな形の装置で。

 それを、会社のキャラクターの、

 ふーぴょんの中に入れたかもしれないって。」


 お母さんの目が、ほんの少し大きくなる。


「ハートの……装置。」


「それで……ここからが、たぶん、

 一番へんな話なんだけど。」


 一度、息を吸う。


「その、ふーぴょん。

 わたしとふたりきりのときだけ、

 動いたりしゃべるの。」


 お母さんの眉が、ぴくりと動いた。

 でも、すぐには否定しない。


「カバンに入れて隅田川テラス歩いてるときとか、

 寝る前とか。

 『今日も一日、おつかれさま』って言ったり、

 わたしが弱音吐くと、

 ちょっとだけ返事くれたり。」


 言いながら、自分でも何を言っているのか

 分からなくなってくる。


「もちろん、その場には、わたししかいなくて。

 録音とかじゃなくて、

 ちゃんと、そのときそのときに、会話してて。

 今日までは、疲れすぎておかしく

 なったのかなって、

 ちょっと思ってた。」


 お母さんは、しばらく黙って、

 湯のみの縁を指でなぞっていた。


「……しいな。」


「うん。」


「ドラえもんの見すぎて、

 夢と現実ごっちゃになってる、

 って話じゃないのね。」


「それはたぶん、小学生のときで卒業した。」


 二人とも、少しだけ笑う。


 お母さんは、ふうっと息を吐いてから、

 ゆっくり口を開いた。


「お父さんね、あなたが生まれる前から、

 “人を守るロボットを作りたい”みたいなこと、

 よく言ってたのよ。

 AIがどうとか、『これからは何でもそういう

 時代になる』とか、

 私にはターミネーターの映画の話を

 してるのかと思ったけど。」


「……お父さんらしい。」


「だから、“ふーぴょんがしゃべる”って聞いてもね。

 怖いというより、“あの人なら、

 やりかねないな”って感じ。」


 そう言って、お母さんは、

 みかん色のあんこ玉をひとつつまむ。


 あんこ玉の箱の中で、最後に残った白いんげんが、

 小さな惑星みたいに見えた。


「機械がどうっていう理屈は、

 正直いまだによく分からないけどね。」

 お母さんが、そっと続ける。


「少なくとも、“しいながしんどいときに話を

 聞いてくれる存在”が

 そばにいるなら、お父さんはきっと、

 それを全力で推すわね。」


「……否定しないんだ。」


 気づいたら、そうこぼしていた。


「だって、あの人のことだもの。

 中途半端なものはつくらないわ。」


 その言い方が、妙にお母さんらしくて、

 なんだか胸の奥が、じんわり温かくなる。


「しいな。

 よかったわね、“本気で悩めるくらいの

 場所”を見つけて。」


「……じゃあ、もうちょっと、悩んでみる。」


「そうしなさい。

 ただし、甘いものの食べすぎは、ほどほどに。」


「それが一番むずかしいんだよ、お母さん。」


 そんなやりとりをして、

 最後のあんこ玉を半分こにして食べたあと、

 わたしは自分の部屋に戻った。


 机の引き出しを開けて、

 シルバーバンドとメガネ、時計を取り出す。

 ふーぴょんが、ベッドの端からじっと

 こっちを見ている。


「……ごめん。昨日、ちょっと意地張った。」


 バンドを手首に当てながら言う。


「ガジェットに頼ってる自分も嫌で、

 頼らないで失敗した自分も嫌で。

 だったらもう、向いてないのかな、

 って言っちゃった。」


「言ってたね。」


 ふーぴょんは、ベッドの上でごろんと

 横になって、

 頭の後ろで手を組み、まるで日曜の

 お父さんみたいなポーズで、

 いつもどおり少しだけ間抜けで、

 やさしい声を出す。


「でも、お父さんの優しさを知って。

 あれ、“頼る”じゃなくて、

 “受け取る”なんだなって、

 ちょっとだけ思えた。」


 そう言って、そっとバンドを巻く。

 内側の銀色のラインが、

 かすかに脈打つみたいに光った気がした。


「契約更新、ありがと。」


 ふーぴょんが、ひょいっと立ち上がり、

 小さく手を振る。


「じゃあ、次の一週間ぶん、

 “予習データ”増やしとくね。」


「ほどほどでいいからね。」


「ほどほどが一番むずかしいんだよ、しいな。」


「それ、さっきお母さんにも言われた。」


「親子だねえ。」


 くだらないやりとりをしているうちに、

 まぶたが重くなっていく。


 このとき、わたしはまだ知らない。

 浅倉家の地下に眠っている、父の研究のかけらと、

 ふーぴょんのハート型のガジェットが、

 どんなふうに繋がっているのか。


 全部、まだ知らない。


 ただ、金曜日の肉じゃがと、今日の涙と、

 浅草のあんこ玉の甘さと、

 今日もなんとかここまで来た

 自分のことだけを抱えて、

 ゆっくり眠りに落ちていった。


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