ep21 ふーぴょんの秘密と運命のガジェット
「どうぞ、座ってください。」
「本社研修以来ですね。現場どう?」
「……正直に言っても、いいですか。」
「そのための時間なので。」
椅子に座った途端、
胸の奥に溜めていたものが、勝手に
口まで上がってきた。
「なかなか、うまくいってません。」
「うん。」
責めるでもなく、ただ、そこに置かれた
言葉を受け止めるみたいな相槌。
その「うん」に、続きがつながってしまう。
「ヒヤリハット、もう4本書いてて。
熱風庫のことも、豆腐のことも、牛乳の数も、
どれも“ギリギリセーフ”で済んでは
いるんですけど……。」
昨日の肉じゃがも、口をついて出た。
「昨日は、肉じゃがも、五番釜を
崩しかけてしまって。
チーフがほかの釜と混ぜてくれたから、
結果としては、なんとか“肉じゃが”
になったんですけど、
あれも、完全にわたしの判断ミスで。」
言いながら、視界が少しにじむ。
「バンドも、メガネも、プロテクターも。
使えばいいって分かってるのに、
“頼りすぎたくない”って思って外してみたら、
余計にうまくいかなくて。」
自分で自分に呆れながら、最後の一行を口にする。
「ガジェットに頼ってる自分も嫌で、
頼らないで失敗した自分も嫌で。
だったらもう、向いてないのかなって。」
言ってしまった。
「向いてない」という言葉は、一回口に出すと、
自分の中で勝手に増幅していく呪文みたいだ。
しかもパニくって「ガジェット」
なんいて言ってるし
でも部長は、「ガジェット」のところで、
すぐには突っ込んでこなかった。
少しだけ間を置いて、別の角度から、
言葉を返してくる。
「ちなみに、“向いてるかどうか”を
判断できるくらい、
学校給食の仕事をちゃんと知ってる自信は、
今どれくらい?」
「え……。」
そんなふうに聞かれたことがなかった。
「まだ一ヶ月ちょっとでしょ。
ヒヤリハット四本と、肉じゃが
一回煮崩したくらいで、
『向いてないです』って言い切れるほど、
この仕事の何を知った?」
言葉が、胸の中でコトンと落ちる。
「……全然、です。」
「うん。」
友部さんは、そこで初めて、少し笑った。
「だから、“向いてない”って言葉を、
自分に向けて使うのは、
もうちょっとあとにしよう。」
その言い方が、妙に優しくて、少し悔しい。
「代わりに、“どうなりたいか”の方を考えてほしい。
“失敗しない人”より、“失敗しても
立て直せる人”になりたいとか。」
たしかに、肉じゃがは崩しかけたけど、
最終的には“立て直してもらった”。
(わたしは、立て直しの輪の外側にいたけど。)
胸の中の小さな声が、そう突っ込んでくる。
「……うさぎのぬいぐるみを、持ってるんです。」
気づいたら、全然違う方向から、口が動いていた。
「会社のキャラクターの、ふーぴょんの、
試作のやつで。」
言いながら、頭のどこかで警報が鳴る。
(なに言ってんの、わたし。ここ、本社。
人事部長。ガチ大人。
“ぬいぐるみ”とか言ってる場合じゃないでしょ。)
「それが……しゃべるんです。」
言ってしまった。
取り消しボタンは、やっぱり
どこにも見当たらない。
「カバンに入れて、家と隅田川テラス
歩いてるときとか、
『今日も一日、おつかれさま』って、
声をかけてきたり。
わたしの弱音に、答えてくれたり。」
言えば言うほど、自分で自分が
信じられなくなってくる。
「もちろん、その場には、わたししかいなくて。
録音とかじゃなくて、その……会話してて。
わたし、疲れすぎて、
ちょっとおかしくなったのかなって
思ってたんですけど。」
そこまで一気に言って、ハッと我に返る。
(なにやってんの、ほんとに。
信じてもらえるはず、ないのに。)
「す、すみません。変なこと言って。
あの、今のは忘れて――」
「ふーぴょん、ですか。」
食い気味に入ったその名前に、
心臓が止まりそうになる。
「ど、どうして、その名前を……。」
友部さんは、ほんの少しだけ、
遠くを見る目になった。
「僕が、最初にスケッチしたんです。ふーぴょん。
いわば、生みの親です。」
「え?」
思考が、一瞬まっ白になる。
友部さんは、ゆっくりと息を吸って、吐いた。
「浅倉さん。大事なことを
話してくれてありがとう。」
間をおいて
「僕も伝えないといけないことがあります。
少し話すね」
そういうと部長の表情が少しこわばったように
みえまたそこから息を吐いて軽く笑顔で
「実は、僕が君と会ったのは、
この会社の説明会が初めてじゃないんです。」
心臓の鼓動が、耳のすぐ後ろで鳴り始める。
「君が六歳のとき。
浅草のお寺で、お父さんのお通夜があった日。」
時間が、きゅっと巻き戻る感覚がした。
大粒の雨が滴る薄暗い本堂。
線香の匂い。
白い布。
ヨレヨレのうさぎのぬいぐるみを抱いて、
ただただ不安で、
ぞわぞわして泣いていた自分。
「……あのとき、いました?」
「はい、いました。
君のお父さん――浅倉大樹さんとは、
僕は幼なじみでして。」
“幼なじみ”という言葉が、
部屋の中に静かに落ちる。
「同じ下町で育って、
僕は栄養士の道へ、大樹は大学から
大学院へそして
AIとヒューマンロボティクス研究の道へ進んで
若くして准教授に。
君が生まれたときも、報告を受けていました。」
知らなかった事実が、次々と投げ込まれてくる。
「通夜の日、
大樹のお母さんの横で、
君がうさぎのぬいぐるみを
抱いて泣いていて。
少しだけ声をかけさせてもらいました。」
友部さんは、少し苦笑する。
「でも、あのとき君を勇気づける
言葉が僕には浮かばなくて。
せめてものつもりで、後日、
おうちに大樹の好きだった
揚げパンを差し入れたことがあります。」
「……あの……それ、かすかに覚えてます。」
思わず、声が漏れた。
「父が亡くなってすぐのときです。
突然、揚げパンが家に大量にあって。
おうちに引きこもっていたお母さんが
急に外に出て、
近所におすそ分けしていて。」
ちょっとうれしくて。
あの日のきなこと砂糖の甘い匂いが、
一瞬だけ鼻の奥によみがえる。
「じゃあ、あれ――」
「僕です。」
友部さんは、少し照れくさそうに笑った。
「君に直接何かをしてやれるほど、僕は立派な
大人じゃありませんでしたから。
せめて、瑞希さんの心を、
少しだけ和らげられないかって。」
胸の奥が、ぎゅっと熱くなる。
「実は大樹が亡くなる前に、
ひとつのものを預かりました。」
テーブルの上で、組んでいた手が、
ゆっくりとほどかれる。
「銀色の、ハート型の装置でした。
ぷっくりしていて、全体に細かい
幾何学模様が入っていて。」
頭の中で、心臓の形をした
ガジェットが浮かび上がる。
浅倉家の地下の奥で、一度だけ、
箱のふた越しに見た“何か”。
でも、その意味を、わたしはまだ知らない。
「詳しい仕組みは、僕も聞かされていません。
ただ、そのときは、いつもの大樹の“ふざけた
研究”くらいに思っていました。」
友部さんは、わたしの目を見る。
「数年たって、うちの会社でキャラクターの試作
ぬいぐるみを作ることになったとき、
僕は、そのハートを、ふーぴょんの
中に入れました。」
「……ふーぴょんの、中に。」
「はい。
最初は、押すと鳴るボイス機能を
生かそうと思って。
『ふーぴょんだよ』って、一言だけ。
僕の声で録音したのに、なぜか再生すると、
ちょっと可愛い声に変わっていて。
あの時点で、すでに“あれ?おかしいな”とは
思っていましたが。」
思考が、あちこちに散らばる。
「もちろん、その時点では、
“本当に何かが起こる”とは、
正直、思っていませんでした。」
部長は、少し肩をすくめる。
「サンプルふーぴょんは、一体だけだったので、
同期の曽野が本社に来たとき、
『かわいい』ってめっちゃ褒めてくれて。
正直、あまり深い意図はなく預けたんです。」
“がんばりたいけれど折れそうな子がいたら、
この子を渡してね”と
曽野チーフが、ロッカー室でふーぴょんを
差し出してくれた日のことが、
鮮やかによみがえる。
『うちに置いとくより、あなたのカバンの中の方が、
こいつも楽しそうでしょ。』
あの言葉の裏側に、こんな物語が
隠れていたなんて。
「それがまさか、君のもとに届くなんて。」
友部さんは、苦笑しながら続ける。
「今日、浅倉さんの口から“ふーぴょんが
しゃべる”という話を聞いて、
正直、運命を感じたよ。」
「でも、おかしな話だけど“やっぱりそうか”
という気持ちの方が大きい。」
わたしは、言葉を失っていた。
信じてもらえないと思っていた話を、
否定どころか、こんなふうに
受け止められるなんて。
想像を、はるかにはるかにこえている。
「だから、さっきの話に戻りますが。」
友部さんは、静かに言葉をつなぐ。
「ガジェットに頼ってる自分が嫌、というのは、
少なくとも、浅倉さんにとっては、
少し違う表現かもしれません。」
「……違う、表現。」
「確かなことは一つもないけど、
ふーぴょんの中には、
君のお父さんの“研究のかけら”と、
君を心配していた“思い”が、
たぶん一緒に入っています。
だから、不思議だけど、信じられないけど、
君のもとに届いた。」
胸の奥で、何かがはじけて、
視界が一気ににじんだ。
「頼る、というより。
君は、お父さんからの“贈り物”を、
ちゃんと受け取っているだけ。」
テーブルの上で、手が小刻みに震え始める。
「きっとそれは、大樹――
君のお父さんからの運命の贈り物です。
そして――迷ったときには、
導いてくれるんじゃないかな。」
瞼の裏に、大工姿のそして
私の知らない研究員の父の姿が浮かぶ。
真剣なまなざしと、大きな声。
それを、幼い自分は誇らしく見上げていた。
「……お父さん、が。」
やっと絞り出した声は、
情けないくらい震えていた。
「はい。
今もきっと、どこかで君を見守っている。」
次の瞬間、
堰が切れたみたいに、涙があふれた。
「向いてないかもしれないって、昨日、思って。
肉じゃがも崩して。
ガジェットに頼らないでやってみたら、
よけい駄目で。」
言葉が、泣き声と一緒にぐちゃぐちゃに出てくる。
「でも、ふーぴょんがいてくれて。
なんか、あの子が『大丈夫』って言うと、
ちょっとだけ、本当にそうな気がして。」
友部さんは、静かにうなずいていた。
「その“ちょっとだけ”を、
これから増やしていけばいいんです。
現場の積み上げる様々な経験で、
そしてガジェット。
そして――大樹の残したものと、一緒に。」
どれくらい泣いていたのか分からない。
ハンカチがぐしょぐしょになる頃になって、
涙はようやく、すこし落ち着いた。
「浅倉さん。、、、、しいなさん」
「……はい。」
「月曜日から、また両国橋でがんばれそうですか。」
昨日も誰かに聞かれたような質問。
でも、胸に残る響きは、まるで違っていた。
「……はい。
がんばりたいです。
ふーぴょんと、みんなと。
父にも、胸張れるように。」
「それで十分です。」
そう言って、友部部長は立ち上がり、
きちんと頭を下げた。
「お話ししてくれて、ありがとうございました。
また話しましょう。」
笑顔で、そして真顔に戻り
「少し息を整えてから戻りなさい。」
「こちらこそ……ありがとうございました。」
ブースを出ると、
廊下の向こうから、
櫻子が大きく手を振ってくる。
「しいな〜! どうした、その目。
面談、友部、怖かった?」
「……ううん。
なんか、めちゃくちゃ泣いたけど、
めちゃくちゃ、救われた。」
「それ最高じゃん。ほら、ハグタイム!」
勢いよく抱きしめられて、
思わず笑い声がこぼれた。
ふーぴょん。
お父さん。
給食室。
回転釜と、球根皮むき機と、ヒヤリハットの紙。
ぜんぶが、一本の細い糸で、
かろうじてつながっている気がした。
その糸を“未来”って呼ぶのかどうかは、
まだ分からない。
でも、少なくとも今は――
明後日の月曜日に向けて、
少しだけ、まっすぐ顔を上げて
歩いていけそうだった。
友部部長が、
「“向いてない”と言い切れるほど、この仕事を知った?」
と問う場面は、新卒のみんなに
一番伝えたいメッセージのひとつです。
どんな仕事でも、「向いてない」と
自分にラベルを貼るのは簡単ですが、
まだ数週間・数ヶ月しかやっていない段階で、
それを“確定”にしてしまうのは、もったいないな、という
気持ちがあります。
この章で、椎菜は初めて
「ガジェットに頼る」⇔「自分でがんばる」
という二択の発想から、
「頼るんじゃなくて、“受け取る”なんだ」
という第三の道に足を踏み入れます。
ふーぴょんは、便利アイテムというより、
「お父さんの研究のかけら」と「娘を案じる気持ち」、
そしてそれを預かった友部の、少し不器用な
優しさが混ざり合った存在です。
だからこそ、椎菜が安全バンドやメガネを再び巻き直す場面は、
“道具に甘える”というより、
「自分ひとりで戦わなくていい」と、
ようやく認められた瞬間でもあります。
また、友部と浅倉大の関係、幼なじみだったこと、
あの日の揚げパンの差し入れ――
こうした断片は、今後も少しずつ線でつながっていきます。
この第6話の時点では、
まだ「お父さんの残したもののごく一部」が姿を見せたに
すぎませんが、同時に、給食の物語だけではない
「ちょっとSF」の部分を、少し濃くした回でもあります。
現実の給食室と、すこし不思議なテクノロジーが
同じ地面の上で共存している――
そんな“遊び心”も込めています。
浅倉家の地下に眠る研究と、
ふーぴょんのハート型ガジェットが、
どうやって今の“ちょっとだけSFな給食室”に繋がっているのか。
そのあたりは、この先の話で、
ゆっくり解いていけたらと思っています
ここまで読んでくださってありがとうございます。
「続きも読んでみたい」と思っていただけたら、
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