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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
6章 あんこ玉の六つの惑星とふーぴょんの秘密
20/30

ep20 昼休みの両国橋とえびクリームライス

 午前の講義が終わって、櫻子と一緒に本社ビルを出た。

 近くのコンビニに入ると、弁当棚には、麺類コーナー、大盛コーナー

 その一角見覚えのある文字が並んでいた。


 〈学校給食コラボ おいしい足立の給食 えびクリームライス〉


「あ……。」


 思わず足が止まる。


 初めて現場で作った、あのエビクリームライス。

 クリーム色のソースと、ご飯の組み合わせ。

 金曜日のあわただしい仕込みの匂いが、一瞬だけよみがえった。


「しいな、それ好きなの?」


「この前の給食で作ったんです。現場の味と、

 勉強で比べてみようかなって。」


 自分で言いながら、ちょっとだけ照れくさい。

 でも、ここで素通りしたら、なんだか負けな気がした。


 パックを手に取ると、ラベルのすみに小さく

 「バターライス」と書いてある。

 透明なフタの向こうで、白いご飯の中に、

 細かく刻んだにんじんがぽつぽつと見えた。


(苦手な子にも、「これならいけるかも?」って

 思ってもらえるように、かな。)


 そんな優しさを、勝手に想像してしまう。


「じゃあ私は、から揚げ弁当。

 午後の眠気と戦うには、油だよ油。」


「理論がおそろしい。ほんと管理栄養士?」


 櫻子にはツッコミを聞き流されながら、わたしたちは

 レジを済ませて店を出た。


 そのまま両国橋のすぐ下の隅田川沿いまで歩く。

 春の終わりの川風は、冷たすぎず、あつすぎず、

 ちょうどいい。水面の向こうを、遊覧船が

 ゆっくりと通り過ぎていく。


 ベンチに腰をおろして、温めてもらったパックのフタをはがす。


「いただきます。」


 まずは、ご飯から。

 バターの香りがふわっと立ち上がる。

 細かいにんじんのオレンジ色が、

 ところどころに混ざっている。


(たしかに、これなら野菜が苦手な子も、

 そんなに構えずに食べられそう。)


 次に、仕切りの向こう側でとろりと光っている、

 えびクリームの部分。 グラタンになる直前、というより、

 少しだけゆるめ。

 シチューとグラタンのあいだくらいの、とろん、としたとろみ。


 ご飯の上に、えいっとかけて口に運ぶと、

 えびのぷりっとした食感のあとに、

 鶏肉のやわらかさが追いかけてきた。


「えびだけじゃないんだ……。」


 なんだか、ちょっと得した気分になる。


 ちゃんとおいしい。

 コンビニの開発の人たちが、頭をひねって考えたのが

 伝わってくる味だ。


 でも――


(やっぱり、あの日の給食室でみんなで作った

 エビクリームライスの方が、好きだな。)


 南沢先生と曽野チーフの顔が、頭の中で浮かぶ。

 火加減を見ていた真剣な横顔。

 


「午前、けっこう刺さったね。」


 えびクリームライスを食べ終わるころ、

 隣でから揚げをほおばっていた櫻子が、ぽつりと言った。


「……うん。刺さりまくり。」


 紙パックの野菜ジュースを一口飲む。

 講義で聞いた「失敗の共有」とか「ヒヤリハットの意味」とかが、

 頭の中でまだぐるぐるしている。


「でもさ。」


 から揚げ弁当の最後の一切れをつつきながら、櫻子が続ける。


「“失敗したことないです”って顔してる先輩より、

 今日みたいに自分の黒歴史しゃべってくれる先輩の方が、

 なんか信じられるよね。」


「それは、そう……。」


 金曜日の肉じゃがが、目の前にぽん、と置かれたみたいに浮かぶ。

 五番釜のじゃがいもが、沈みかけたあの瞬間。


「午後、ディスカッションとか個別面談あるんだよね?」


「うん。午前の“アウトプット”って言ってた。」


「じゃ、面談でちゃんと話してきなよ。

 向いてないって思ったこともさ。」


「……言えるかな。」


「言いなよ。」


 遊覧船が橋の下に消えていくのを、二人でしばらく黙って見送った。


 午後は、全体ディスカッションから始まった。

 午前中の講義を受けて、それぞれの現場での

 ヒヤリハットを出し合う時間。


「野菜を切っていて手を切った」

「寝坊して遅れそうになった」

「配膳カートのブレーキをかけ忘れそうになった」


 新卒のみんなの“ひやっ”とした瞬間を聞くたびに、


(自分の月曜日、火曜日、水曜日の「ほぼアウト」が、

 こっそり胸の中で手を挙げてくる。)


(わたしも、いっぱいある。

 熱風庫、豆腐、牛乳、配膳カート……)


 でも、全体の場では、具体的な内容を口に出す

 勇気が出なかった。


 重石さんが名簿に目を落としながら、


「ディスカッションですが、名前を呼ばれた人から、

 会議室の隅の各ブースに移動してくださーい。」


 パーテーションで区切られた小さなスペースが、

 いくつか並んでいる。

 それぞれの中に、先輩や幹部が座っていた。


「あさくらさーん、浅倉椎菜さん。前の奥お願いします。」


「はい。」


 呼ばれた先は、一番奥のブースだった。


「どうぞ、座ってください。」


 そう言ったのは、友部部長だった。

 スーツにノーネクタイ。

 いつもの、やわらかい目をしている。

 ここまでを読んでくださって、ありがとうございます。

 今回は、コンビニの「えびクリームライス」と、学校給食の

 エビクリームライスを“食べ比べ”するところから始まりました。


 同じメニューでも、「大量調理でみんなで作った味」と

 「商品として作り込まれた味」は、どちらもちゃんとおいしくて、

 それぞれ違う正しさと工夫があります。

 そのうえで椎菜が「やっぱり、あの日の給食室でみんなで作った

 エビクリームライスの方が好きだな」と感じるところには、

 レシピ以上の、“記憶ごと味わうごはん”の感覚を込めました。


 土曜日の本社研修では、「事故報告書」や「ヒヤリハット」が

 テーマになりました。

 現場の世界では、どうしても「ヒヤリハット=怒られる前ぶれ」、

 「事故報告=“やらかしました”の証拠」というイメージが

 つきまといがちです。

 でも、本来は「誰かの失敗」が、「未来の誰かを守るための情報」

 に変わっていく仕組みでもあります。


 この話では、先輩たちが自分の黒歴史を笑い混じりに話してくれることで、

 椎菜の中で「失敗=終わり」ではなく、「失敗=次の準備につながるもの」

 に少しずつ書き換わっていきます。

 一生懸命取り組んでくれている現場の働く人たちが、同じことで

 つらい思いをくり返さないように。

 その橋渡しをしていくのが、本社の大事な役割のひとつだと感じています。

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