第4話 つぶつぶみかんゼリーと揺れる作業動線 ③私のみかんゼリーとビューワ越しの景色
作業工程はその後もスムーズに進んでいき
青い線が流れ、わたしの手もその流れに沿って動きはじめる。
ラインビューワ越しに赤い点がひとつ、またひとつ消えるたび、
胸のざわざわがすっと抜けていく。
私はガジェットの助けがあり、作業工程を完璧に記憶しているか
のように、次に行く道しるべに沿って
動きはぎこちなくても、止まらなくなっていた。
すでに給食室にはポークビーンズいい香りが広がっていたし、
なんだか昨日までより一段軽く感じた。
見本食を出しに行くと、それを見た子供たちが
「おお!つぶつぶう~」とまるでクレヨン
しんちゃんのように言って喜んでいた
思わず受けてしまった。
各クラスにみんなで台車を届け、立ち番を終えると
いよいよ、わたしたち給食の時間。
休憩室には
シュガートースト
ポークビーンズ
茹で野菜
つぶつぶみかんゼリー
牛乳
が並ぶ、今日は私も三浦さんと配膳を一緒にさせてもらえた
みんなの分を綺麗に並べると、
まるでお花畑の少女のような気持ちになった
「今日、落ち着いてできたよ……うん!」
「いただきます」
曽野チーフの声掛けでみんな食べ始める
私はね まず、シュガートースト。
かじった瞬間、じゅわっ……と広がる甘さ。
食パンの耳のカリッとしたところにしゃりっとした砂糖と
溶け出した甘味染みて、脳に直接“うまっ”が届く。
(え、こんなにおいしかったっけ……)
お次にポークビーンズ。
大豆の硬さが絶妙。
ほく、ほろ。
この“歯を軽く押し返しその後ほぐれていく感じ”がたまらない。
「チーフ、この大豆……なんでこんなに絶妙なんですか?」
「時間だけの問題じゃないのよ。
茹でた後、急がずに“サポニンの温泉”に浸からせるの。」
「温泉……?」
「サポニンは、悪玉コレステロールを減らすあれですか。」
「そうさすが栄養士ね、あれが湯の中にちょっと出てきてね。
大豆の角をまるくしてくれるの。」
(大豆って……気持ちよくなってたんだ……)
程よい酸味とピークのうまみがたまらない
アメリカ料理の家庭的なイメージのだけど、
もうこれは日本の学校給食の代表だ!
タンパク質たっぷりで栄養的にも優れているので、
育ち盛りの子供達にうってつけだ
茹で野菜
茹でてるのに、歯応えがある。
ドレッシングの王道のフレンチドレッシング
玉ねぎはすりおろし、酢とこめ油、砂糖、塩を
ひと煮立ちさせたドレッシング
加熱をすることで酢の酸味がとれて
やさしく子供向けになっている
“ザ・給食”の王道サラダ。
これは家じゃ絶対に出さないし出せない。
そして、
さあ、今日のわたしのメイン……
つぶつぶみかんゼリー!!
スプーンですくうと、
つぶつぶが光の粒みたいに揺れた。
(つぶつぶ最高……つーぶつぶ……!)
口に入れた瞬間、ぷるん。
つぶつぶがプチプチ跳ねる。
(なにこれ……、過去一……!)
牛乳で口を流した瞬間、
ゼリーと牛乳が混ざって
“みかんミルク”みたいに仕上がる。
(今日の私、仕上がった……!)
「おいしいよー」
午後の作業も順調に進んだ。
ライン・ビューワーのおかげで、自分の進むべき道が
カーナビみたいにグラス越しにすっと浮かんで見える。
迷わないだけで、心の揺れ方がこんなに軽くなるなんて。
作業終了のちょうど学校のチャイムが聞こえる。
白衣を脱いでたたみ、ロッカーにしまう。
ふーぴょんをそっとバッグに入れると、
胸のあたりがふわっと軽くなった。
今日も一緒に、なんとかやれた。
「椎菜さん、おつかれさまー。帰り、自転車でしょ?」
曽野チーフが声をかけてくれる。
「はい。今日は風、弱そうなので大丈夫です。」
「気をつけてよ。自転車の労災、多いって会社から来てたから。」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
靴を履き替え、外に出る。
夕方の空気はすこし冷たくて、でも心地いい。
ペダルを踏む前に、小さく息を吸う。
今日も、ちゃんと帰れる。
帰り道。
厩橋を渡った隅田川テラスの植え込みの前に座って、
コンビニで買った
スーパーカップのミルクティー味を開ける。
「……今日、ちょっとだけうまくいったかも。」
「ちょっとじゃないでしょ。しいな、今日はちゃんと“やれた日”だよ。」
ふーぴょんが、わたしの膝の上で胸を張る。
「つぶつぶ、いい出来だったじゃん。」
「見てたの?」
「しいなの気配で、なんとなくわかる。」
わたしはスプーンをくるくる回しながら、
ふーぴょんをそっと抱きしめる。
「ねえ、ふーぴょん。 ……わたし、もう少しがんばれるかな。」
「がんばれるに決まってる。
だってしいなは、今日ちゃんと前に進んだもん。」
隅田川の風が、
少しだけやわらかく吹いた。
「明日もついてきてね。」
「おう。胸張っていこうぜ。」
スーパーカップの甘さが消える頃には、
わたしの心の中の不安もすっと消えていた。
第4話 了
給食は「ただ作る」だけじゃ完成しない。
工程のひとつひとつに“意味”が隠れてる。
つぶつぶを作る裏技も、アガーの理由も、
先輩たちが積み重ねてきた知恵の結晶。
はるかさんが椎菜に教えたのは技術じゃなくて、
“段取りの背後にある準備の考え方”。
この章は、椎菜が「意味を知ると世界が優しくなる」
椎菜はまだまだ不安だらけだけど、
“今日はできた”と自分で言える夕方は、
社会人最初の宝物みたいなもの。
ふーぴょんはただのガジェットじゃなくて、
椎菜の「前に進むスイッチ」。
隅田川の風が柔らかいのは、
椎菜が今日、自分を少しだけ好きになれたかな。がんばれ!




