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学校給食未来録 ~ちょっとSF/浅倉椎菜の青春日記~  作者: STUDIO TOMO
4章 つぶつぶオレンジゼリーと揺れるライン

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ep12 頼れるメガネとマネージャー

 給食室に着くと、まずは更衣室へ。

 制服の白衣は、毎日クリーニングされて現場に届く。

 

 髪をきゅっとまとめて、キャップを被る。

 白衣に腕を通し、前をしっかり留める。

 毛が落ちないようにするための、静かな儀式。


 そして、最後に—— ライン・ビューワー。


 シルバーのフレームが、かけた一瞬だけふわりと光る。

 レンズの縁に薄い膜が走り、

 わたしの手元や袖の軌道が“見える”ようになる。

 でも光はすぐに消え、

「本当に今光った?」

 というくらい自然に馴染む。


(ふーぴょんの夜仕事、ほんと謎……)


 休憩室を出て給食室に入ると、

 曽野チーフがすでに立っていた。


「浅倉さん、おはよう。」


「おはようございます!」


「顔見せて、、、、うん大丈夫」


 余計な枕詞も、感情の装飾もない。

 ただの挨拶が曽野チーフらしい。


「今日のゼリー、浅倉さんがセンターだからね。」


「はい!やります!」


 そこへ、背後から軽い足音。塩崎マネージャーが巡回に来たんだ、


「浅倉さん、おはよ。」


 振り返ると——塩崎マネージャー。

 会社には“塩崎さん”が二人いるから、

 みんな親しみを込めて「はるかさん」と呼んでいる。

 わたしも、まだ入社したばかりだけれど、

 “はるかさん”のほうがしっくりくる気がした。

 スラっとしてスタイルがよくってかっこいい。


 巡回して声掛けして、清掃チェックも衛生も動線も見て、

 現場を支えるために回ってる。すごいな・・・。


(来てくれた意味、ちゃんと理解してがんばろ……)


「今日はゼリー工程なんだって?

 この作業は“非汚染”衛生だから2次汚染、気をつけてね。

 加熱後はほんと一発アウトだから。」


「はい……!」


 給食室に業務用のみかん缶がずらっと並んでいた。

 オレンジ色が、朝の蛍光灯の下でやけに元気に見える。

「浅倉さん、缶の開け方教わった」


「あっ一応」


 不安げな私に語り掛けるように、はるかマネージャーが丁寧に教えてくれる


「まずは包装紙を外してみかん缶をアルコールを噴霧したペーパーで噴き上げるのよ。」


「はい」


「じゃあみかん缶を開けて」

 缶切りってそいえば使ったことあまりないな


「やっぱ今の子だね。たどたどしくてみてられないよ」

 少しあきれ顔ではるかさんが手伝ってくれる。


「缶は金属だから混入したら大変だから早いだけじゃなくて丁寧に確認しながらだよ」

 嘘みたいに早くてきれいに開けていく、


 うちの会社はほぼ全員現場チーフ出身ってきいたけど

 まさにこれがリアルだ。


 缶を開け続けながら、クイズ番組っぽく

「ちゃんちゃんちゃん!浅倉さん、ここで問題です!」

 はるかさんが、いたずらっぽくこちらを見る。


「はい。」


「つぶつぶオレンジゼリーの“つぶつぶ”、どうやって作ってるでしょうか?」


 え……昨日の打ち合わせで聞くの割れた

「フードプロセッサーとかで、ガーッとやるんじゃないんですか?」

 口に出してから、「ガーッと」のところだけ自分でも雑だなと思った。


「ブブー。フープロなんて、いちいち回してらんないよ。」

 はるかさんは、あっけらかんと笑う。


 はるかさんのおかげで素早く全部の缶が開いた。


「給食はね、“手間をちゃんと減らしておいしくする”が基本。

 じゃあ、実演します。」


 そう言って、開けたてのみかん缶の

 山の一番手前をひょいっと持ち上げると、


「まず、シロップをざっと切る。」


 中身をざるにあけて、ざるで受ける。

 甘い匂いがふわっと立ちのぼった。


「でね——」


 はるかさんは、お湯の入った回転釜の方に手を伸ばすと、

 「ここにざるをおとして、熱湯を一回通す。」


 ぐらぐら煮るんじゃなくて、本当に「さっと通す」だけ。


「えっ、茹でちゃうんじゃないんですか?」


「茹でない。通すだけ。ここがポイント。」


 お湯を切ったみかんが、湯気を立てながら少しだけ色を変える。

 ひと粒ひと粒の薄皮が、ふやけてほどけるみたいになっていく。


「で、ここから——」


 はるかさんは、ざるを両手で持ち上げ、

 上下に「しゃっ、しゃっ」と二、三回だけ振った。


 本当に、その程度の力加減だった。


「……え?」


 目の前で、みかんの房が一気にほぐれていく。

 房の形だったものが、つぶつぶの果肉にばらけて、

 ざるの目を埋め尽くした。


「——こうなる。」


 さっきまで普通のみかん缶だったものが、

 一瞬で「つぶつぶみかん」になっていた。


「フードプロセッサー、いらないんですね……。」


「いらない。フープロかけると、

 つぶつぶどころか“ペースト”になっちゃうし、

 洗浄も大変でしょ。」


「たしかに……。」


「うちの会社では常識、調理部のみんなが動画配信してるしね」


「みかん缶を開けて、お湯に一度通して、

 ざるで軽く振るだけで“つぶつぶ担当”になってくれる。

 この下処理があるから、ゼリーに混ぜたとき、

 スプーンですくうときの“ぷちぷち感”が出るの。」


 わたしは、ざるの中のつぶつぶをまじまじと見つめた。


 黄色ともオレンジとも言い切れない色の粒が、

 光を受けて、小さな宝石みたいにきらきらしている。

「すじこがいくらになるのと似てるでしょ。」


「……あ、それはわかります!

 繊維をゆでて溶かすから……?」


「……知らなかったです。

 学校で習った“みかんゼリー”の話より、すごい、おいしそう。」


 塩崎さんは、ざるを軽くゆすって見せた。


「浅倉さん、今日のゼリーは“つぶつぶ係”も意識して見てみて。

 自分がこの下処理を引き継ぐ未来も、どこかで見えるはずだから。」


「……はい。」


 恐怖で固まっていた「千人分のゼリー」のイメージの端っこに、

 今の“裏技の手元”が、ひょいっと差し込まれた気がした。

 今度はしっかり事前に聞くようにしなきゃ


 作業の動線と同じように、

 ゼリーの中身にも、ちゃんと「意味の流れ」がある。


「今日、みかんゼリーの作業に入るんでしょ。」


「はい。……がんばります。」


「“がんばります”って言うとね、

 だいたい頭の中で『根性』のメーターだけ上げちゃうから。」


 いきなり図星を刺されて、思わず苦笑いする。


「だから、今日のテーマは“がんばる”じゃなくて、“意味を探す”ね。」


「意味……ですか。」


「そう。『なんでここに立つのか』『なんでここを空けるのか』。

 作業動線も、さっきのみかん缶も、

 “意味が決まってると急に優しくなるよ”」


 さっき見せてもらった「お湯を通して、ざるで振るだけ」の動きが、

 頭の中でスロー再生される。


「それではみかんジュースをゼリーにしていくよ」

「ゼリーはアガーで固めるの。

 アガーは寒天とゼラチンの中間みたいなゲル化剤。

 常温でも固まるし、再加熱しても溶けにくい。

 ゼリーカップの時は給食では安全性と作業性で、

 アガーはやりやすいのよ。」


「すごい……実習で聞くより、断然わかりやすいです。」


「現場は理屈で覚えるほうが強くなるの。

 なんでお湯通すのか、なんでアガーなのか、

 理由がつながると、一気に優しくなるよ。」


 「火を入れたら必ず一つ固まってるか冷やして確認」

 「これも大切な作業。失敗を想定して先に動くことも大事なの」

 すごい。これが会社説明会で言っていた会社のノウハウってやつだ。


 作業を進めていくと

 スタッフさんがエンボス手袋を着用し、ピンクのエプロン

 テーブルには、ゼリーカップがずらっと並べていた。

 (すごい……量、やっぱりすごい。)


 「浅倉さん、ここに入ってね。」


 三浦さんが軽く手で合図する。

 わたしが入るのは“左サイドの補助”。

 つぶつぶみかんのカップを、一定の向きでバットに並べる担当。


「じゃ、ゼリー液分注していこう。」


「はい!」

 ぶ・・ぶんちゅう!私も言いたい、ぶんちゅう!


 アガーの“ぷるん”は寒天ともゼラチンとも違う。

 温かい状態で注ぐと、ゆったりとつぶつぶを包み込んでいく。


 1個、また1個。大きな計量カップにいれたゼリー液を

 注ぐたびに、つぶつぶが液の中でふわっと揺れ、

 均一に散っていく。


 袖が近づきすぎた瞬間——

 ライン・ビューワーが

 “ピッ”と光だけで角度を教えてくれる。手が少し止まり焦りそうになる

(加熱後の二次汚染……ここが本当に一番怖い)


「落ち着いて。浅倉さんならできるよ。」


 一緒に作業している三浦さんのその一言で、

 肩の力がすっと抜けた。


 クラスバットを数台分完成させた頃には、

 朝の緊張がふっとほどけていた。

 全部を終え冷蔵庫に入れるころには


「お疲れ様、先生に挨拶してきます。」

 給食室に響く大きな声と言って、はるかさんは、さっと給食室を後にしていた

 今日のちゃんとお礼言えなかったな・・・。

 給食室に入る前の支度って、

 実は物語の“戦闘シーン”より大事だったりする。

 帽子・白衣・短靴・手洗い。

 その全部が「ここからは子どもたちの世界」という境界線。

 ライン・ビューワーはガジェットだけど、

 椎菜にとっては“勇気の眼鏡”。

 不安やこわさは消えないけれど、視界が少し広がる朝。

 給食は「ただ作る」だけじゃ完成しない。

 工程のひとつひとつに“安全や美味しいの意味”が隠れてる。

 つぶつぶを作る裏技も、アガーの理由も、

 先輩たちが積み重ねてきた知恵の結晶。

 はるかさんが椎菜に教えたのは技術じゃなくて、

 “段取りの背後にある考え方”。

 この章は、椎菜が「意味を知ると世界が優しくなる」ことを

 初めて体感するシーン。

 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 「続きも読んでみたい」と思っていただけたら、

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