十段 水も滴る巫㊀
地獄には娯楽がない。そこに棲まう悪霊達は、普段、何の為か分からない普請にひたすらに従事し、最早、忘れてしまった生前の罪滅しをしている。
しかし、守護悪霊シュラが消えた事で、彼の管轄にあった悪霊達は、勝手気ままな生活を送り出し、統制は乱れに乱れた。中には、自分が新たな守護悪霊だと豪語する者も現れ、対立する者との間で喧嘩が起こる始末だった。
「ドイツモコイツモ、好キ放題ヤッテンナァ。アーア、儂ァコレカラドースレバイインダ?」
「コンナコトナラ巫ト戦ッテ、シュラ様ト一緒ニ極楽浄土ニ送ッテ貰エレバ良カッタナー」
二体の悪霊が、不毛な権力争いには興味がないらしく、岩影で駄弁っている。
禿鷲に似た片方が、禿げた頭を翼で掻き、よりツルツルにさせながら言う。
「ダヨナー。アーア、巫……。儂ダッタラ、服ヲ破ッテ破ッテ、スッポンポンニシタ所デ……ウヒョヒョ!」
もう一体は、巨大な毛虫を思わせる悍ましい見た目で、全身の毛をワサワサさせている。
「オレハ、コノ毛ノ中ニ取リ込ンデ……。ドーユー反応ヲスルカ愉シミダァ……」
「ヨーシ! ナラ儂ラデ巫、捕マエニ行カ!? 現世ニ行ク方法ハ、シュラ様カラ教ワッタンダ!」
「オー! ソウダソウダ!」
新たな目標を持ち、俄然、やる気を出す二体。
そこへ、何者かが近付いて来る足音がした。そういえば、少し前から他の悪霊達の喧嘩の騒音がなくなっていた。
「アンタ……ドコカラ?」
此方に向かって来る人影は、悪霊にしては小さい。
言葉を発すると、とても流暢だった。
「面白そうな話をしているね。ボクにも詳しく聞かせてよ」
―――――――――――――――――――――――――
「嫌じゃ嫌じゃ! わしは濡れるのが嫌なんじゃー!」
「もうっ、仕様がないなぁ。じゃあ、ここで大人しくしていてね」
ごねるおサキを置いて、さくや達は旅館の宿泊部屋を後にした。
さくや、千代、楓は隣町の温泉宿に来ていた。これは巫の日頃の労をねぎらって、尊の母が手配してくれたものだった。
「まったく、温泉が嫌なんて……信じられない……!」
さくやが唖然としながら言った。
慰労の為に用意されたのが温泉なのは、安倍家のつてもあるのだろうが、さくやの好みを知ってのチョイスだった。特に、先日の守護悪霊シュラとの戦いは熾烈を極め、誘拐、拷問までされた彼女を皆、慮ってくれていた。
「おサキの頑張りがなかったら、私、今頃どうなってたか。別のご褒美考えてあげないと」
「お風呂で洗えば、ボサボサになっちゃった毛並みも良くなるかもしれないのにね」
「プールで戦った時、怪しいとは思っていたけど……さてはおサキも泳げないな」
千代と楓も、折角のサービスを断るおサキを残念がった。
三人は脱衣所で浴衣を脱ぐと、バスタオルを一枚巻いて露天風呂へと繰り出した。
「わあ! 広いね!」
「本当に貸し切りなんですか?」
千代と楓が嬉しそうに言った。日にちと時間の都合が良く、人気の露天を予約して貰えたのだ。自然の中、清涼感ある外の空気を感じながらお湯に浸かれるこの露天風呂は、最高のご褒美だった。
「温泉のいい香り♡」
さくやは、この旅館に家族で来た事もあり、日本庭園のような粋な感じに並べられた岩のお風呂は、とても気に入っていた。
拘りの強いさくやは、入浴の際、湯の前に膝を突き、かけ湯をする。
「わっ、さくやちゃんってば色っぽい!」
「な、なに言ってるのっ。熱いから体を慣らす為にやってるの」
所作に惚れ惚れする千代に、さくやが照れながら言った。
「まぁ、ちょっとはね……嗜みと言うか……意識してやってる所はあるけど……。でもお家のよりお湯が熱いと思うから、気を付けてね」
「はーい♡」
さくやに言われた千代も、かけ湯を始めた。ちょっと態とらしく「うふん♡」と美を意識してやるので、後に続いた楓が変に意識してしまい、少し恥ずかしそうに湯を掛けていた。
「ふぅ……極楽♪ 極楽♪」
温かなお湯に浸かった三人は、思わず使い古された台詞を言った。




