六段 神様の言う通り㊀
薄暗い無機質な世界。足下の大地も周囲に切り立つ岩盤も、皆、冷たく暗い色をしている。空は開けているので、洞窟の中ではないようだが、その空も星の瞬き一つなく、重さを感じる闇に閉ざされていた。
「この辺りか? 最近、下級悪霊の消失が報告されているのは」
一人の男が高い岩盤の上から、無骨に広がる大地を見て言った。
男は面頬を装着しており、暗さもあって表情が分からない。しかし、この変わった世界を特別、珍しがる様子はない。
「ハイ。下級悪霊ノ問題トハイエ、コノヨウナ事例ハ滅多ニゴザイマセン」
隣に立つ鬼の姿をした悪霊が男に応えた。鬼悪霊は従者のように片膝を突いている。
「あれは何だ……?」
男が指を指す。黒い岩盤でできた大地の遥か先に、僅かな光が見えた。
光源など存在しないかのようなこの世界。しかし、光はまるで大地に亀裂が入り、その下から漏れ出ているかのようだった。
木漏れ日のような光は、やがて霞み、消え去った。
しかし、暫くすると別の地点からも、同じような光が漏れ出すのが見える。
「なるほどな」
闇の世界で確かに男は微笑んだ。
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放課後のチャイムが鳴る。さくやはお稽古に向かう前に、同じく部活へ向かう楓と、他愛のない話をしながら校舎から出た。
「それで終わりですか?」
「そう。理事の人達が学校に来た時、たまたまその場にいた生徒です。って感じで挨拶してお終い。可笑しな部活でしょ?」
理事会に生徒が一人も出迎えないのは寂しいという事で、さくやはマドンナ部によるサクラに参加した話をした。
楓も部活の変わった話をする。
「水泳部も変な所あります。男子と女子の部長同士は付き合う……っていう伝統があったり……。信じられます?」
「偶然ってこと? それともカップルから選ばれるとか? 今の部長さん達もそうなの?」
「本人達は否定してますけど……。あ、あたし……今朝、見ちゃって……。二人が……キ、キ、してるトコ……っ」
「お、大人なんだね……っ」
スクープ現場を目撃してしまった楓は、それからやきもきしているらしい。
「どうしよう……。部活行きたくないな……。絶対、部長に睨まれてる……」
「だ、大丈夫、大丈夫……! ヒミツにしておけば……って私に話してるっ!」
室内プールがある建物の前でバイバイしようとした時、体育館の方から音楽が聞こえて来た。聞いた事のある曲だ。
「これ、和HOO四十七士だ。ってことはもしかして……」
二人は気になって体育館に寄った。
音楽は地下倉庫から聞こえる。ここは入学式や卒業式などのステージ台や、演劇部が使う舞台用の装飾などが置かれているだけなのだが、今は黒山の人集りだった。
どうやら、倉庫内にステージが設けられ、ライブハウスのようになっているようだ。
「さくや先輩、あれ!」
さくやより背の高い楓が、ステージ上を指差す。さくやも爪先立ちして、どうにかステージ上を見た。
すると、フリフリしたキュートなアイドル衣装を着た三人の女の子が、歌って踊っているのが目に入る。
「夜空を焦がす打ち上げ花火♪ きみの胸焦がす恋の花♪ 燃えてー萌えてー悶えてー求めてー ♪ 太鼓叩いて応援します♪」
センターにいるのは、パッツン髪をおさげにした童顔の可愛らしい女の子―
「わーい、みんなー! 今日は風間三姉妹の初ライブを見に来てくれて、ありがとうー! リーダーのちよちーです☆」
「ゆりぽんでーす☆」
「とわわだよ☆ 楽しんで行ってねー!」
観客から歓声が上がり、三人がアイドルソングを歌い始めた。
「ち、千代ちゃん!? 本物のアイドルになってる!?」
「いつの間にこんなこと……うあっ」
戸惑う二人だったが、同じ様に興味を持った生徒が次々にやって来てしまい、完全に観客の一員となった。
千代は狭いステージの上で、小柄な体を目一杯、躍動させている。
「行くよー! みんな一緒に、和っ―」
「HOOOOOOOOOOOOO!!!」
ライブは大盛況で地下倉庫は熱気に包まれた。
「みんな、ありがとうー! 次回のライブも楽しみにしていてねー!」
外に出たさくやと楓は、観客の波を一旦やり過ごし、もう一度中へ入る。
「千代ちゃん!」
「さくやちゃん、楓ちゃん! 見に来てたの?」
千代はメンバーと共にタオルで汗を拭っていた。
「うん。通り掛かったら歌が聞こえてきたんだもん」
「なにしてるんですか? これは?」
さくやと楓が改めてライブの飾りや、アイドル衣装の千代を興味深そうに見る。
メンバーの衣装は超ミニスカのワンピース。フリルや花飾りが沢山追加されていて、手作りのようだ。それぞれパーソナルカラーがあるらしく、千代は赤だ。
「これ? これはねー」
千代は衣装を見せるようにくるりと回る。こちらも飛び切りフリフリのパンツが覗き、てへぺろした。
「地下アイドル部だよ♡」
「地下アイドル部!?」
「そんな部活、ありましたっけ?」
さくやと楓が驚く。
「ないよ。作ったの、わたしが!」
「千代ちゃんが!?」
「だって、さくやちゃんも部活始めたから、わたしも部活したいなー、って思って。だから四十七士とか、アイドルに興味のある子を探して。……まぁ、正式な部じゃないんだけどね。あっ、わたしが部長だよ!」
「そ、そうなんだ。すごいね……!」
千代の説明に、対抗心を燃やされたような気がしたさくやは、表情が強張った。
「いっぱい見えてましたけど……見えていいのですよね……?」
「和HOO四十七士は見せパン禁止だよ☆」
楓の疑いを千代は微妙にはぐらかした。
「大体、なんでこんな所で? 暑苦しいし……男子近いし……」
観客は男子生徒の比率が高高かった。狭い場所で囲まれ、免疫がない楓は、またやきもきしていた。
「それはー、まだ始めたばっかりだから、ここしか借りられなくって……」
千代は異性のファンが多いのは構わないようだが、小さなライブ会場を残念そうに見遣る。
「でもわたし達、もっと沢山の人に見てもらって、直ぐに大きな場所を借りられるようにして、絶対、地上のアイドル部になって見せるからね!」
逆境にめげず、千代は爛々と瞳を輝かせて宣言した。
「ちょっとリーダー、後片付け始めますよ!」
「飾りは演劇部に返さないといけないんだから」
「はーい!」
メンバーに呼ばれ、千代は片付け作業に入った。
さくやと楓は好きな事に全力投球する千代を、微笑ましく思った。
「千代ちゃん可愛いから、やっぱりこういう姿が板に付くね!」
「そうかもしれませんね……。あっ、あたし部活行かないと……」
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初ライブを無事に終えた次の日の朝。千代はウキウキで学校に行く支度をしていた。
「よしっ! 今日の下着はこれに決まり♡!」
姿見に映る自分の姿に満足して千代が言った。今日のブラとパンツには、可愛いリボンがこれ見よがしに付いている。
「おしゃれは下着からだよね!」
うっかり見えてしまった時はもちろんだが、千代は見えない所も手を抜かない主義だ。
始まったばかりの地下アイドル部も、まだまだ地道な努力が大事だと考えている。
「ライブだけじゃなくて、握手会とかミニゲーム大会とかもできたらなぁ。その為には、もっと人気にならなきゃ!」
やる気に満ちている千代は言った。今日も次のライブを成功させる為に、放課後は歌とダンスの練習をする予定だ。
「そうだ! マドンナ部みたいに校内新聞で取り上げて貰おう! そうすれば、あっ!!」
バタバタしていた所為か、タンスの角に足の小指をぶつけてしまった。
「ぁああーんっ!! いたいよーぅ!!」
暫し、下着姿のままベッドで悶絶する千代。スマホが目に付いたので、立ち直れるまでそれをいじる。
「もしかして……今日、運勢悪いのかな?」
潤む目で、毎日チェックする占いサイトを閲覧した。
「こ、これは、マズい……っ」