五段 見せられないモノ㊃
千代と楓がおサキを連れ、さくやを追った。おサキが「わしはまだ、おかわりがしたいのに!」と嘆いている。
「ちょっとっ! さくやちゃん待ってよ!」
「さくや先輩、カバン忘れてます!」
さくやが立ち止まったので、千代と楓は追い付いた。
「なに部に入ったって、気にする事じゃないのに……」
「今日は尊さん。わざわざ誘ってくれたみたいでしたし……まだ帰らなくても……」
「うー、分かってる!」
さくやは理解していたが、若干、ストレスが滲み出ていた。
「一体、何を気にしとるのじゃ? そなたは尊の事が好きなのじゃろう? 尊とて男じゃ。好物はマドンナやらデカ乳やらに決まっておろう。そなたがそれなら喜ぶべきではないか」
おサキが「全く理解不能」といった顔で、理解のない事を言った。千代と楓が「えっ、尊さんってそういうの好きなの?」と言いながら、口に手を当てる。
「……」
さくやは日頃、気にしている事を打ち明けた。
「ねぇ、どうして私って、ちょっと破廉恥なのかな? カラダもだけど……好きな人がいるって事も、変な見方をすれば、そうでしょ?」
要するに性的だど言いたいのだ。
千代が「そんなことないよ……」と言い掛けたが、昨日、体型を羨ましがったばかりだ。ハッキリ言ってしまうと、さくやのカラダなら男受けは充分だろう。加えて、色恋とはHな事を内包しているという事が、もう分からない年齢でもない。
「雅やかに、淑やかに。大和撫子のイメージは着物が似合う撫で肩で、胸はなくてもよくて、線の細いイメージだと思うんだけどな」
今までさくやは理想像を追い、お稽古事を一緒懸命にやってきた。しかし、現実とはギャップがある。
「それは、そうとは限らないかと……。うちに外国の方がよく来ますけど、カラダに起伏がある人だって、結構、着物とか似合ってます」
楓が別の見解を示した。
「うん、そうかもね。それに、別に嫌いな訳じゃないんだっ……自分の事……」
さくやは生まれ持った自分の外見を、決して毛嫌いしている訳ではない。それに人間、モテたり人気が出たりする事が、嫌な訳でもない。
千代は同感だ。
「美人なら、男の子に注目してもらえるチャンスが増えるかもしれないもんね!」
「でも、どうなんですか……それで振り向く男子……」
楓は複雑そうだ。見た目で評価するのはおかしいと思う。しかし、外見とて「その人」ではある。
「いいの。尊さんは……」
さくやは二人とおサキに振り返る。自分の葛藤の理由は分かっている。
「私は、尊さんがどんな人でも構わないの。……ただ」
さくやは言い淀むが言い切った。
「私が本当は破廉恥で、そっちの才能ある女っていうのは、恥ずかしいから絶対、知られたくないのー!」
カバンを受け取り、さくやは再び駆け出した。
さくやは自宅に帰って、何時も通りお風呂に入ろうと制服を脱ぐ。
しかし、どうしても気になって、鏡の自分のカラダを見てしまう。
サイズが変わって買い替えたブラジャーに包まれた胸。くびれたウエスト。パンツ越しでも綺麗に形が分かるお尻。
「この姿は誰にも見せられないよ……」
さくやは「カラダを見せるのは、心の内を見せるのと同じ」だと感じた。
誰しも、子供の頃は恥じらいが余りないが、大人なるに連れて隠し事が増えるように、人には見せ辛くなっていく。同性、友達には打ち明け易いのも同じだ。
「尊さん……私は貴方の事が好きです」
尊にそう赤裸々に本音を告げるのは、裸の自分を見せるのと同じくらい、さくやには難しかった。
――とにかく、挨拶週間が終わったらマドンナ部は退部しよう……。それでいいよね。
「勿体ない」と言う人もいるだろう。しかし、尊に破廉恥な娘だと、思われたくはない。
マドンナ部は自分を表現する新たな手段とも思っていたが、さくやにはまだ早かった。
「はぁ……」
自分の消極さに溜め息を吐いていると、唐突に、脱衣所のドアが開けられた。
「きゃああっ! ちょっとっ、ノックくらいして―」
「さくや、大変じゃ! 悪霊じゃ悪霊じゃ!」
米粒が付いた口にスマホを咥え、入ってきたおサキが言った。
直ぐに受け取ると、尊からの連絡が入っている。悪霊の気配があったとの事で、先に現場に向かうとあった。
連絡から既に十分が経過している。
「尊さん……。っ直ぐに行きます!」
さくやは切り替えて、本当の自分を覆い隠すように制服を着直した。
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悪霊が現れた地点は、自宅から少し距離があったが、巫に変身すれば、あっという間に辿り着ける。
直ぐに尊が張った結界の外側まで、ナデシコはやって来た。同じく、連絡を受けたカグラとクノイチの姿も直ぐに見えた。
「巫の力なら結界に穴を開けられる。構わず行け!」
おんぶしてきたおサキの指示で、ナデシコは結界にパンチで穴を開け、中に潜入した。
「!!!」
結界中は荒れ放題だった。家々や木々が根こそぎ薙ぎ倒されている。
その被害を起こした悪霊は、赤ら顔で鼻が長く、八手の葉っぱの形をした団扇を持っている大きな天狗の姿をしていた。
天狗悪霊は見えない結界に阻まれ、外に出れない事に憤っているらしく、結界を壊そうと団扇で風を起こしたり、体当たりをしていた。被害はそれによるもののようだ。
「みんな、こっちだ!」
「尊さん♡!」
風を凌げる窪みに身を潜めていた尊が、ナデシコ達を呼んだ。
ナデシコは先程、何も言わずに帰ってしまった事で、後ろめたい気持ちがあった為、尊が無事で心底、安心した。
「大分、怒らせてしまっているようだ。あの悪霊、団扇で重い岩とかも平気で吹き飛ばしてくる。気を付けてくれ!」
「分かりました!」
ナデシコは「私情は後!」と仕事モードに切り替える。
「僕は結界の中に巻き込まれた人がいないか見て回る。悪霊を頼む!」
「はい!!!」
尊に応え、三人は悪霊の注意を引く為、窪みから飛び出した。
「ン!? ナンダ、キサマら!?」
天狗悪霊は三人に気付くと、挨拶代わりに団扇を扇いだ。それだけで、凄まじい天狗風が起こる。
「わぁあああああっ!!」
「きゃあああああっ!!」
巫には体格の不利を無視できる程の、超人的な脚力が備わる。されど、体重は悩み大き女子中学生のままなので、岩や大木を軽々、吹き飛ばす突風には抗えず、ナデシコとカグラは呆気なく飛ばされてしまった。
クノイチだけは、咄嗟に四つん這いになる事でどうにか堪えていたが、スリットスカートの前側がパッと捲れ上がってしまい、褌を隠そうと片手を地面から放し、不覚を取る。
「わっ! きゃあああああっ!!」
「どうしようっ、近付けないよ!」
相手は浄化技の有効範囲外で、カグラが対応に苦慮する。
「三人、別々の方向から距離を詰めて行こ!」
「あたしが後ろに回り込みます!」
ナデシコの提案を受け、クノイチが結界の縁を沿うよう走って、敵の背後へ向かった。
「ホレホレ!」っと天狗悪霊がまた団扇を扇いだが、クノイチは瓦礫の裏に素早く飛び込み、突風をやり過ごした。
「悪霊の攻撃って、なんか嫌らしいのばっかりじゃないですかっ!?」