第69話 友情と結束
イギリスで起きたリチャード先王軍残党による反乱に端を発した「スカート同盟軍」の戦争は、イザベラが意図したマーメイドボイスによる自爆であっけなく終わった。
ユーロ各地から参加した王家や領主の女性たちは、連れて来た少数の家来とともに実家に送り返され、実家は厳しく責任を追及された。
フランスでポンパドール夫人に接触し協力を申し出た教皇派貴族は、ルイ王の追及を受けた。
そして正規軍を送って内乱に加担しようとしたドイツ皇帝テレジアもまた追及され、その弱みをついたプロイセンのフリードリヒ王は、シレジアの割譲を認めさせた。同時に前教皇イノケント33世もまた、裏で画策していた事が発覚して立場を失った。
この茶番がユーロ全体に大きな影響を与えたのは、あの「全ての男を切り刻み抹殺せよ」というスカート同盟の宣言が、多くの人々をドン引きさせた結果だった。
イザベラとポンパドール夫人はエリザベス王女と連絡を取り合って、味方と偽って内乱勢力に潜り込み、事件の解決に尽力した功労者という事になって、事件の後始末を主導した。
ヘンリー王とエリザベス王女たちが参加者の処分を検討している所に、家来から報告。
「親衛隊のヴァレリーですが、プロイセンのフリードリヒ王の使者の方が引き取りに見えていますが。何でもプロイセンから逃げてきた盗賊だったとかで」
エリザベス王女は「既に処刑されたとお伝えなさい」
「いや、彼女はまだ・・・」とヘンリー王。
「これからすぐ処刑するのですから、同じ事です。それに、あのフリードリヒの事です。どんな事に悪用するか、解ったものではありませんわ」とエリザベスは言った。
ヘンリー王は「あんな電波女が何に使えると?」
エリザベスは言った。
「もしフリードリヒが彼女に、"お父様が世界の全ての女性を独占すべく、彼女の裏で糸を引いていた"・・・などと嘘の証言をさせたら、どうなります?」
青くなるヘンリー王。
そしてエリザベスは言った。
「情報は剣や銃に勝る武器です。ネガティブな宣伝で愚か者を扇動すれば手を汚す事無く人を殺せる。それが事実か嘘かなど関係無いと、"平和の少女像"なる怪しげな偶像を崇拝する女性教団は言いました。フェイク宣伝を臆さず使え。これは女子会戦略の鉄則です」
帰国するという事で、挨拶に来たポンパドール夫人。
エリザベス・イザベラと一緒に、エンリ王子たちも居る。
「それじゃ、イザベラ様、エリザベス様、私は帰国して、ルイ陛下にご報告しますので」とポンパドール。
「陛下によろしくね」と、イザベラ女帝とエリザベス王女。
「教皇派の人たち、しっかり締め上げておきますわ」とポンパドール。
エンリ王子は「ポンパドールさんも、最初からイザベラとグルだったんですね?」
エリザベス王女は言った。
「何しろ私たちは教皇庁にとって敵ですからね。彼等には至る所にシンパが居て、常に隙を狙っている。そういう相手には、イベントを仕掛けて味方を装って裏切るのが最良の策です。お友達のフリをして隙を突け、は女子会戦略の鉄則です」
イザベラはエリザベスに「あなた、将来が楽しみね」
ポンパドールは「女と女の間にあるのは友情ではなく結束よ」
「ほーっほっほっほっほ」と女子三人、口を揃えて高笑い。
それを見てエンリ王子は思った。
(これも一つのスカート同盟なんだよな)
「ところでカルロさん」と、ポンパドールはエンリの脇に居るカルロに言った。
カルロは「何でしょうか」
「あなたにお別れを言いたい子たちが居るの」とポンパドール。
「俺に?」とカルロ、怪訝顔。
来たのは、あのチアリーダー隊の女性たちだ。
「カルロさん、あの議場でボエモン様に叱られた時、庇って下さいましたよね」と、そのリーダーの女性が言って、カルロの手を執った。
「あー、あれね。いや、大した事じゃないですよ。あは、あはははははは」と言って、カルロは照れる。
その女性は「私たちのために、あんなに怒ってくれて、すごく嬉しかったです」
カルロは少し真顔になって「お姉さんたちって・・・」
その女性は言った。
「パリの社交界で、夜会の花とか言われている、一種のサービス業ですね。パーティでお客様のお相手をして、いろんな貴族の方を接待するんです。いろんな方が居るので気苦労も多いけど、たまに気に入って家に迎えて下さる方も居て、ヘンリー陛下のお妃のアンプ―リンさんも、私たちの仲間だったんですよ」
「じゃ、エリザベス王女は」とエンリ。
「お母様はポンパドール夫人とはパリに居る時からのお友達ですの」とエリザベス。
女性は「カルロさん、それからエンリ王子様たちも、ぜひ今度、パリにいらして下さい」と言ってカルロの頬にキス。
カルロは嬉しそうに「喜んで」
チアリーダー隊を連れて帰国するポンパドール夫人。
彼女たちの後ろ姿を見ながら、カルロはエンリに言った。
「なあ、王子。あれって、モテたんだよな?」
エンリは「良かったな、おい」
「綺麗なお姉さんだったなぁ」と、陶然とした表情で呟くカルロ。
その時、エリザベス付きの女官の一人がエンリ王子たちの所に来て、言った。
「あの、カルロさんに会いたいっていう女性の方がいらしてるんですが」
「俺に?」とカルロのテンションは更に上がる。
女官は「お会いになりますか?」
カルロは全力で「会います。何があっても会います。誰が妨害しようが、どんな障害を乗り越えてでも」
「いや、誰も妨害しないから」と、あきれ顔のエンリ。
「それで、その女性って」とカルロは鼻息荒く確認。
「エリザベータ女帝の所のマトリューシカ隊の皆さんです」と女官は答える。
「へ?・・・・・」とカルロ唖然。
カルロのテンションは急降下。
そしていきなりお腹を抱えるポーズ。
「痛たたたたた。いきなり腹痛が。という訳で王子、後はよろしく」
そう言って逃げ出すカルロに、エンリは慌てて「どんな障害を乗り越えてでも会うんじゃなかったのかよ」
ヘンリー王やエリザベス王女とともに、内乱の処理に関わるイザベラ女帝。
メアリ王女の背後に居た貴族たちの処分を嬉々として進めるヘンリー父娘。
「メアリ姉様は西の孤島に配流でよろしいですわよね?」とエリザベス。
「カタリナはせめて修道院にしてくれと言っているが」とヘンリー王。
エリザベスは「お父様はまだあの女に未練が?」
「そんな訳無かろう。だが、その兄のヨゼフ皇子がやたら庇うのでな」とヘンリー王。
「ヨゼフ叔父様も同罪でよろしいのではなくて?」とエリザベス。
イザベラは言った。
「ヨゼフ兄様は私のスパイとして働いてくれた情報源ですのよ。あの人にヘンリー殿下に逆らう度胸なんてありませんから。歎願の件は私が黙らせますわ」
「彼のお陰で、誘いに乗って加担した旧貴族の教皇派を一掃して、その領地をごっそり国家の直営地に出来たのだ。良しとしようではないか」とヘンリー王。
その夜、王宮に泊まったエンリ王子とイザベラ。
エンリは横に居るイザベラに言った。
「結局、全部イザベラが書いたシナリオで進んだ訳だよね。で、内乱の味方のフリをして盛大に裏切って」
「これだけ軍が動く内乱で一人の戦死者も出なかったのよ。名誉ある革命と呼んで欲しいわね」とイザベラ。
「で、あの"全ての男を切り刻み抹殺"・・・ってのを、これまでイザベラはずっと援助していた訳だ」とエンリは意地悪っぽく言う。
イザベラは「いいでしょ。要はイギリスを牽制すれば良かったんだから。イギリスは今は同盟国だけど、航海大国の地位を隙あらばポルタから奪おうとしているライバルなのよ」
「けど、組む相手が、あの"全ての男を切り刻み抹殺"・・・」
そう楽しそうに追及するエンリに、イザベラは冷や汗交じりに「あんなのだとは知らなかったのよ」
エンリは「もしかして、ユーロ中の女性権力者を巻き込んだのって・・・」
「こんな諺があるのよ。"赤信号、みんなで渡れば怖くない"って」とイザベラ。
「つまり自分だけが恥をかく・・・って事の無いよう、みんなを誘い込んで道連れにした訳だ」とエンリ。
イザベラは「妻の名誉は夫の名誉・・・って事、解ってる?」
「そのために、メアリ王女の叔父のヨゼフ皇子に脱走の手引きをさせて、騒ぎを仕組んだって訳かよ」とエンリ。
イザベラは言った。
「ヨゼフ兄様はスパニア内乱でイギリスが推した皇帝候補で、元々はスパニア派の代表格。カタリナ妃の離婚後は針の筵状態で、私が外交官に使って生かしてあげているんですからね。カタリナ姉様やメアリと違って性格的にも扱い安いし、使える手駒は骨の髄まで利用する主義なの」
「怖ぇーーーーーー」とエンリは肩をすくめる。
「ヘンリー王は邪魔な勢力を一掃出来れば、邪魔になりそうにない人達はどうでもいいのよ。それで王子、ヨーク家の縁者たちの処分を任されて貰えないかしら」とイザベラは言った。
「俺が?」とエンリ唖然。
イザベラは「王子は私とともに内乱による被害を防いだ功労者なのよ」
エンリは溜息をついて、言った。
「要するに、あいつらが裁判で証言台にでも立ったら、イザベラが最初から加担して騒ぎを大きくした事実が表沙汰になりかねない、って事かよ」
イザベラは「妻の名誉は夫の名誉・・・って事、解ってる?」
エンリと仲間たちはマーリンも加えてヨークの館に向かった。
そして、館で軟禁されている参加者たちの処分を相談する。
「リチャード先王、どうしますかね」とアーサー。
エンリは「無罪放免って訳にはいかないよなぁ」
「とりあえず話を聞かなきゃだよね」とニケ。
「誰が聞くんだよ」とジロキチ。
「気が重いなぁ」と一同溜息をつく。
その時、処分対象者を監視している役人が報告に来た。
「あの、エンリ王子。リチャードさんが話を聞いて欲しいと」
タルタが「ちょうどいいじゃん。で、誰が行くよ」
「気が重いなぁ」とエンリ。
すると役人は「それが、王子と直接話がしたいそうで」
ヨーク館の一室でエンリと向き合うリチャード。護衛の兵士が二人、そして筆記官が一人。
リチャードは言った。
「エンリ王子。ぜひあなたと話がしたかった」
「とりあえず、今までの事を話して頂けますか」とエンリ。
「解りました」
そう言って、それまでの経過を逐一話すリチャード。それを筆記官が書き止める。
一通り話すと、リチャードは言った。
「ここから先は二人だけでお願いできませんか」
「警備抜きという訳には・・・」と書記官。
だがエンリは「いや、いい。君達は席を外しなさい」
兵士と筆記官が部屋を出ると、リチャードはエンリに言った。
「私を抱いて下さい」
エンリは慌てて「いや、俺はホモじゃないから」
するとリチャードは「確かに私には男性の部分がある。けれども女性の部分もあるのです」
エンリ唖然。そして「それって、両性具有?」
リチャードは語った。
「私はこの身に悪魔を宿して産まれました。誰にも見せず、自らを呪って生きてきました。ですが、あなたは悪魔の使いであるドラゴンを受け入れ、あんなにも睦まじく接してきた。あなたなら、この私の呪われた体を受け入れてくれる」
エンリが唖然とする中、リチャードは服を脱ぎ始めた。
エンリは困惑する。
「こんなの、迷惑ですよね? けど、男でも女でもない私を受け入れる事が出来るのは、あなたしか・・・」
そう言いながらリチャードは、シャツを脱いで胸に巻かれた晒を解き、ズボンを脱いで下着を・・・。
それを見てエンリ絶句。
そして「いや、リチャードさん、あなた普通に女性ですよ」
それを聞いてリチャード唖然。
そして「へ?・・・。いや、成長するにつれて、上半身が女性として胸が大きくはなりました。けど下半身は・・・」
「普通に女性に見えますが、具体的にどこが男性の部分だと?」とエンリ。
「父上は私を男性だと言いました。母上は悪魔の宿る肉体だと。それって両性具有って言うんですよね?」とリチャード。
エンリは暫し考える。そしてリチャードに問うた。
「もしかして他の男性の裸を見た事が無い?」
リチャードは「ある筈無いじゃないですか。自分が他人の前で裸になれないのだから」
エンリは溜息をつくと、服を脱いでみせた。目を丸くしてリチャードは言った。
「あの、その股間についているものは?」
「これはチ〇〇と言って、男性の証です。両性具有というのは、女性の体にこれが付いてるのを言うんです」とエンリは説明。
リチャード唖然。そして「それでは私は一体・・・」
「とにかく服を着ましょうよ」
そう言ってエンリが服を着ようとすると、リチャードは顔を赤らめて、おそるおそる言った。
「あの、それ、ちょっと触ってみていいですか?」
エンリは「敏感な所なんで、痛くしないで下さいね」




