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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
617/617

第617話 帝国の夢

ユーロの大半を武力で制圧し、支配したナポレオンの帝国は、ついに倒れた。

その戦いの最終段階にて、エンリ王子がパリの国民会議議員たちを説得して承認させた、ナポレオン帝政の廃止とルイ新王の復帰。そして復帰した王が率いる三万のフランス王国軍の承認を拒んだイギリス・オーストリア・プロイセン・ロシアはナポレオンとともに、エンリ王子と彼に加担するベルナドット対仏大同盟指令に敵対し、リラのセイレーンボイスによって眠らされて敗者となった。

そして始まった平和条約締結のためのウィーン会議にて、エンリは民主主義の理念に基づく「正統主義」を提示し、これを国際社会秩序に反映させた、群小国家たちの結束による「小国の平和」の理念が生まれる元となった。



この会議では当初、正統主義の意味を巡って紛糾したが、その水掛け論が議事の進行を妨げる事を危惧したメッテルニヒ議長により、その問題は先送りとされ、事実上、市井における井戸端論議に委ねられた。

そして具体的な平和条約の内容に関する議事は順調に進んだ。


戦争の責任はナポレオン個人に帰され、フランス王国を戦勝国として遇するという、マジナの戦いでの取り決めを、四つの大国は認めざるを得なかったが、賠償金に関しては、ドイツの各領邦国はこれに納得しなかった。

「ナポレオン個人の責任としても、彼を輩出したフランス国家の責任はどうなのですか? 彼の地位はフランスが国家として承認した筈です」

「その討伐に参加したのもフランス王ですが・・・」

そう反論するエンリに、ザクセン侯が切り返す。

「そもそもフランスは王の所有物では無いというのが民主主義。これ、あなたの言葉ですよ」

「うぐぅ」


「我がカリオストロ公国は提案を支持します。報復は何も産みません」

そう発言したクラリス女公は、他のドイツ領邦国の集中砲火を浴びた。

「そういうお花畑は要らない」

「我々が求めているのは報復では無く、純粋な被害の補填だ。我々はどこぞの半島国とは違う」

「まぁ、偽札事件で反フランスに加担したあなたの国なら、差し引きマイナスでしょーけどね」

「別に賠償と銘打たずとも、援助の約束でも構わないのだが・・・」

「・・・・・・・」


義理立ての援護発言で孤立する彼女を見て、エンリは溜息。

そして彼は発言した。

「ここは当事者たるフランス王国に御意見を伺うべきかと思います。代表のタレーラン外交官の見解は如何でしょうか?」


(こいつかよ・・・・・)

メッテルニヒ議長はフランス代表団席に居るタレーランに視線を向け、苦虫を噛み潰したような顔でそう呟くと、彼を指名し発言を求めた。

フランス国教会総大主教タレーランは起立し、得意のエンドレス演説が延々と続く。

各国の代表は呟いた。

「勘弁してくれ」



結局、フランスはライン連邦加盟国とイタリア・デンマルク・オランダに相当額の賠償金を支払う事となった。

そして戦後処理の条約にこう明記された。

「締約国及びその国民の財産権利利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」


調印に際して、ルイ先王は賠償金受け取り国の代表たちに確認した。

「では、これで戦争責任は果たしたという事で、よろしいですね?」

「異議はありません。条約に明文化された国際法ですので」

そう、受け取り国代表たちが確信を以て答えると、ルイ先王は「本当に請求権は解消されたのですよね?」

「大丈夫。ゴールポストを動かしたりしませんから」と、受け取り国代表たち。

ルイ先王は疑念顔で「謝罪に誠意が見られないだの、反省が足りないだの、言いませんよね?」

「どこぞの半島国じゃないんだから」と、些かうんざり顔の受け取り国代表たち。

「解消されたのは個人の請求権も含めてですよね?」と、猜疑心丸出しのルイ先王。

「条約にそう明記されていますし・・・」と、苛立ち顔な、受け取り国代表たち。


「解消されたのは外交保護権であって請求権は残っているとか言って、後で勝手な国内裁判でフランス企業に賠償請求とか、なんて事になりませんよね?」

更にそう確認を求めるルイ先王に、受け取り国代表たちは半ばブチ切れ。

「我々はどこぞの半島国でもヤマモトタロー氏でもありません。あんな嘘つき犯罪者と一緒にしないで頂きたい」



会議の合間に、休憩の余興としてダンスパーティが開かれた。

参加する若い王たちにダンスの相手を求める美女が一人・・・・・。


「ベルナドット陛下、御機嫌麗しゅう」

そう彼女に声をかけられたベルナドット王太子。

「あなたは?」

そう彼に問われ、彼女は名乗った。

「先帝の長女、ルイーズと申します」

「あなたが・・・」と彼は言いつつ、ナポレオンの政略結婚の話を思い出す。

「一曲踊って頂けますかしら」

そんな美女のお誘いに、ベルナドットは「喜んで」


処世術に使えると勧められて身に着けた彼の動きに、華麗に華を添えるルイーズ皇女の舞い。

踊りながら彼女は、ダンス相手のノルマン王太子にあれこれ・・・。

「連合軍を率いて祖国を解放して下さった事に、国民を代表して感謝しますわ」


「あなたはナポレオンの皇妃でいらしたのですよね?」

そう問うベルナドットにルイーズは「民を守るためとはいえ、あんな男との政略結婚。気の休まる日はありませんでした。そこからようやく解放されました。癒して下さらないかしら」

ベルナドットは脳内で呟く。

(つまり再婚相手を探してるって訳ね)

「悪いけど私、ノルマンの入り婿の身なもので」

そう彼が言うと、ルイーズは「残念ですわ」



「ピュートル陛下」

そうルイーズに声をかけられたピュートル帝は「あなたはナポレオンの妃だった方ですな」

「ここの先帝の長女でルイーズと申します。一曲踊って頂けますかしら」とルイーズ。

ピュートルは「あまり得意ではないが」


大柄マッチョなピュートルの力強い動きに、軽やかに合わせるルイーズ皇女。

踊りながら彼女は、ダンス相手のロシア皇帝にあれこれ・・・。

「陛下は異教徒の地を制して外洋に出る事をお望みなのですわよね? バルカンの平和のための協力関係・・・というのは如何かしら」

そんな誘いをかけるルイーズに、ピュートルは意外顔で「我が国の覇権を認めて下さると?」

「政略結婚による同盟とか、興味ありません?」とルイーズ。

ピュートルは「私は妻も子も居る身ですので」

「年頃の継嗣はいらっしゃいますわよね?」

そうルイーズが言うと、ピュートルは「あれはお勧め出来ません。何せ馬鹿なので。それに最近、あれの妃はほぼ決まりました」

ルイーズは「残念ですわ」



ルイーズの目に一人の王の姿がとまった。

まだ10歳くらいの子供である。

彼女は思った。

(何て可愛らしい)


「御機嫌よう。若いのにしっかりしているのね。一曲お願いできないかしら」

そう彼女に声をかけられたのは、ウィルヘルム新王。

「おばさん、オーストリアの人だよね。僕、プロイセン王なんだけど」

ルイーズ、こめかみをピクピクさせた無理な作り笑顔で「おばさんじゃなくてお姉さんですわよ」



戦時体制で国力を軍事に全振りしていたフランスの経済は疲弊しきっていた。

だが、兵士たちが退役して職場に復帰し、工業は急速に復興した。

とはいえ、多くの戦死者を出したフランスでは、人手不足は深刻である。


エンリ王子がフランスを訪れ、パリの宮殿でリシュリューと面会する。

それまで身分を隠してクワトロバジーナと名乗っていた彼は、王政の復活とともに本名を名乗り、宰相の地位に復帰していた。


「復興の様子はどうですか?」

仲間たちとともに応接室に通され、テーブルを囲んでお茶を啜りながらそう問うエンリに、リシュリューは言った。

「工業は順調に・・・という訳にはまだいきません。イギリス製との競争もありますし」

「それは関税で対処できる筈ですよ。それで入った資金で業者に補助を与える。鉄砲や大砲を作った設備を民生品に振り向ける事も出来ますよね?」とエンリ王子。

「あと、馬の不足が深刻でして・・・」

そうリシュリューが言うと、エンリは「輸送のためには鉄道の普及が効果的なのですけどね」


ニケが言った。

「馬なら西方大陸でたくさん飼育しているわ。とりあえずあそこから輸入したらどうかしら」

「それは有難い」と、身を乗り出すリシュリュー。

エンリは「では、ニケさんと無関係なポルタ商人を手配しましょう」

「何でよ!」

目を吊り上げてそう言うニケに、エンリは「また高いマージン取る気だよね?」

ニケは地団太踏んで「私のお金ーーーーーー!」


暴利のチャンスを失ったと、一旦は落ち込んだ彼女だが、すぐに復活。

「不足する工業製品があったら、私がポルタ製の輸入を仲介してあげるわ。一緒にイギリス製のシェアを削ってやりましょう」

そう言って鼻息荒くリシュリューに迫るニケを押し退け、エンリは言った。

「この人は使わない方がいいですよ。あの手この手でやたらマージンふっかけますから」

ニケは地団太踏んで「私のお金ーーーーーー!」


そんな彼等を見て、リシュリューは溜息。

そして一息つくと、彼はエンリに「それより、紹介したい者がおりまして」



部下に合図するリシュリュー。

やがて客間に一人の男が入って来た。

「農務長官のケネーです。見て欲しいものがありまして・・・」


何やら複雑な図表が書かれた紙を広げると、ケネーは言った。

「産業関連表です。どんな生産活動でも材料費などのコストがかかり、売り上げからそれを引いた額が利益となりますが、様々な産業がどの産業からどんな材料に幾ら払って、何をどの産業に売るか・・・をまとめたものです」


ニケはその表をひったくる。

「これ、すごいわ。何にいくら投資すれば儲かるか一目で解るじゃないのよ。この版権を私に譲って貰えないかしら」

そう言って鼻息荒くドアップで迫るニケに、ケネーはたじたじ顔で「別に出版するつもりは無いのですが」

「いくらで譲って貰えるかしら。何なら共同経営で・・・。私なら百倍の利益を出してお金ガッポガッポ・・・」

そんなニケの攻勢にドン引きするケネーを見て、エンリは溜息。

そして「この人、つまみ出して」

タルタとジロキチがニケを連行。



そんな彼女をあきれ顔で見送ると、ケネーは言った。

「それで、これを見ると解るのですが、工業は売上は大きいが、原料のコストがかかって、必ずしも利益は大きくは無いのです」

エンリは「なるほど。織物なら原料の綿花が必要だからな」と頷く。

ジロキチも「漫画なら紙とかインク」

カルロも「ヒモなら女の子にあげるプレゼントとかレストランのディナー」

エンリは困り顔で「それは違うと思う」


そんな彼等にケネーは続ける。

「こういうデータを総合すると、最も大きな利益を上げる産業は・・・」

「それは?」

そう問うエンリに、ケネーは「農業ですよ。どんな産業でも農業が作る生産物が無ければ成り立ちません」


「そりゃ原料だからな」とエンリ。

「土地があって、耕して種を蒔けば、勝手に成長してくれるし・・・」

そうタルタが言うと、ジロキチが「それ、農業をナメてるって言われるぞ」


「けど農業って、仕事がきつくて貧乏みたいなイメージがありますよね?」

そうアーサーが突っ込むと、ケネーは「昔は人口の殆どは農民でしたから、大勢で畑を分け合うと、規模は小さくならざるを得なかった。要は規模拡大なんですよ。現在は都市に工場が出来て働き手を必要とする。そして今のフランスは、戦争による戦死者が多い。その分、自ら経営する農民に広い農地を配分する事が可能になっています」

「けど、彼等が市場に売った小麦で貧民が食べていけるのか?・・・っていう問題もありますよね?」とリラ。

ケネーは「それなんですが、実際に見て頂いた方が早いでしょうね」



ケネーは部下に馬車を用意させた。

それに乗って、郊外の農地に案内されるエンリたち。


広い畑に様々な作物を植えた無数の畝が並んでいる。

彼等を案内してしばらく歩くと、ケネーは足を止め、脇に並ぶ畝を指した。

「ここで栽培しているのはライ麦です」

エンリたち唖然。


「これ、安くて売っても儲からないですよね?」

そうエンリが言うと、ケネーは「なので、税として徴収して安価で政府が販売を始めています」

「けど、税のために不利な作付け・・・ってどうなの?」とアーサー。

若狭が「また"ザイム教死ね"とか言われちゃいません?」

するとケネーは「これが効率を良くするのですよ」

「・・・・・・・・」


ケネーは畑を見回し、そして「この畑を見て、何か気付きませんか?」

エンリも畑を見回し、そして思った。

(確かに、何かがおかしい)


間もなく、彼はその違和感の正体に気付く。

「この畑、三圃じゃないですよね?」

ケネーは語った。

「そうです。普通は春作・秋作・牧草地の三分割に畑を分けて、一定期間経つと 育てる作物を入れ替えて転作します。けれどもここは五分割でやっている。より多く分割して細かく転作する事で、生産効率が上がるのです。我が国は農業生産を高めて食料自給の達成を目指します、その様々な作物の中にライ麦を加えている」


「素晴らしいわ」

いつの間にか混ざっていたニケがドアップで迫る。

「でしたら西方大陸原産の作物を加えたらどうかしら。不利な条件でも多くの収量が見込めるトウモロコシやジャガイモ。様々な料理に使えるトマト。香辛料として有望な唐辛子。育ててみたいと思いません?」

ケネーも思わず身を乗り出して「是非」

「では、権利料として収穫の八割を・・・」

そうニケが言いかけると、エンリは残念顔で「この人つまみ出して」


タルタとジロキチに連行されるニケを見送り、溜息をつくエンリ王子。

間もなく、気を取り直すと、エンリは揉み手でケネーに・・・。

「それで別件なのですが、ポルタ大学農学部で特別講師をお願いできますか?」



そして・・・・・・・・・・。


ナポレオンはイギリスに引き渡され、セントヘレナ島に島流しとなった。

十数名の警備員が配属された。彼等は実質、看守である。

「ようこそ我等が皇帝陛下」

そう言って彼を迎える警備長に、ナポレオンは「そりゃどーも」

「歓迎会を用意しておりますので、ささ、こちらへ」

「はぁ」


上座に座らされるナポレオン。

「ささ、ワインでも・・・。ボルドー産の最上級です。

グラスに注がれたワインの匂いを嗅ぎ、ナポレオンは溜息。

「これ、腐ってるよね?」

「そりゃ失礼」


嫌味ったらしく笑う看守たちを見て、ナポレオンは思った。

(嫌がらせに邁進するタイプだな。そーいう奴は兵の中にも居るが、そもそも、こいつ等にとっちゃ、俺は敵国のトップだものな)


自分たちはウイスキーを飲んで勝手にわいわい。

酔いが回ると、聞こえよがしにイギリスの自慢を始める。

ナポレオンはうんざり顔で「君らが愛国者なのはよーっく解った」


すると・・・・・。

「冗談じゃない!」

そう一人の警備員が机を叩き、そして怒鳴り散らす。

「こんな退屈な所に俺たちを送った国を愛するって? 俺たち何も悪い事してないのに、誰かさんのとばっちりで・・・」

(不満はそれかよ)と脳内で呟くナポレオン。

そしてその警備員は八つ当たりMAXな恨み声で「皇帝陛下はユーロのテッペンで、さぞ面白おかしい人生を送ってきたんですよね?」


「まあな。ドイツ皇帝がボロ負けして、魔法で凍らせた泥沼に嵌ったのは傑作だったぞ」

ナポレオンは、これまでの戦いについて語り始めた。

何時の間にか、目を輝かせて聞き入る警備員たち。

娯楽の無い警備員たちは、まもなく彼の戦陣譚に夢中になり、やがてすっかり彼のファンになった。



そしてロンドンの宮殿では・・・・・。


「結局ろくに賠償金も取れなかったよなぁ」

晩餐の席でワインを片手に、そんな愚痴を垂れるヘンリー先王。

そんな父親にエリザベス女王は「まあ、国土を戦火に晒した訳でもありませんし」

「海軍は壊滅したけどね。それで要求を通したのは、張本人の処罰権だけ。あんなの島流しにして何の得があるんだ?」

そうヘンリーが愚痴ると、エリザベスは腹に一物顔な含み笑いを浮かべ、そして「父上は、こういう話ってご存じかしら? 特別な才能を犯罪に使って収監された囚人が居て、政府がその才能を自由と引き換えに、国のために使わせる・・・」

ヘンリーは「それって、スーパーカー変形ロボの二人組みたいな?・・・・・って、まさか・・・」


エリザベスは唖然顔の父親に、更に続けて語った。

「あの軍才は特別なスキルよ。フランスは彼を祀り上げて暴走させ、ユーロは戦乱の巷と化した。彼のような異能は、私たちのような賢い指導者が使ってこそ価値が生かせる。奇貨居くべし。これは女子会戦略の鉄則よ」

また、しばらくアップロードを休みます。続きは後ほど・・・・・・。

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