第566話 大西洋と地中海
ドイツ皇帝を屈服させたナポレオンの、海上での優位を以て敵対を続けるイギリスに対する上陸作戦が、ついに発動された。
海戦を知らないナポレオンに代わって、これを指揮するヴィルヌーヴ提督は、直属のトゥーロン艦隊を率いて出撃する。
これを海上封鎖していたイギリス艦隊の目を、東のスエズに向けさせ、他の三艦隊とともに西方大陸の西インド諸島の拠点を奪って、これを更なる牽制として、ドーバー海峡からイギリス艦隊を遠ざけよう・・・という作戦であったが、他の三艦隊は霧魔法と幻覚魔法による隠密の出撃に失敗してしまう。
ヴィルヌーヴは三艦隊との合流を諦め、トゥーロン艦隊単独で西インド諸島へ向かった。
イタリア南端での、トゥーロン艦隊目撃の知らせを受けた、イギリス艦隊のネルソン提督は、敵の目的がスエズ襲撃にあると見て、エジプトに急行するとともに、スエズの守備隊に連絡し、防戦体制を指示した。
艦隊の東進を急ぎつつも旗艦の指令室では、ネルソンは部下たちと、時計と海図を睨みながらスエズからの報告を待つ。
「そろそろ奴ら、現地について襲撃を始めている頃ですよね?」
そう副官が言うと、参謀も「連絡、来ないですね」
「我々は動力船だ。未だ帆船のフランス艦隊は風が無ければ進めないから」とネルソン。
「風、吹いてますけど」と副官が突っ込む。
さらに時間が経過・・・。
参謀は「まだ連絡、来ないね」
副官も「そろそろスエズに着いちゃいますよ」
ネルソンは思った。
(何かがおかしい)
ネルソンは部下たちに問う。
「フランスは他の三艦隊も出撃させたのだよな?」
「ですよね」
そう副官が答えると、ネルソンは「それは合流して数でこちらを圧倒するためだ。だったら他の艦隊と合流してから仕掛けて来る筈だ。三つの艦隊はジブラルタルを越えたのか?」
「そんな報告はありませんけど」と参謀。
副官が「また霧の魔法で姿を隠した・・・って事では?」
ネルソンは魔導通信でジブラルタルの工作員に連絡。
「フランス艦隊は通過したか?」
そう問うネルソンに、工作員は「見かけませんでしたけど。けど不審な霧はありましたね」
ネルソンは頷き、そして「やはり霧で姿を隠して地中海に・・・。いや、ちょっと待て。霧は何回だ?」
「一回です」と答える工作員。
ネルソンは呟く。
「艦隊の数は三つ。霧は一回・・・・・」
「大西洋で合流してから地中海に向かったのでは?・・・」
そう副官が言うと、ネルソンは「いや、奴らは封鎖艦隊から逃げて来たんだ。悠長に待ち合わせとか出来ないと思うぞ」
「あの、封鎖艦隊に確認してみては?」と参謀が意見。
「あ・・・・」
ネルソンは、ブレストを封鎖していたカルダー指令に連絡。
「出航したフランス艦隊を発見し、現在、追跡中です」と、通信魔道具の向こうから得意げに報告するカルダー。
「・・・・・」
「あの、褒めてくれないんですか? 頑張って発見したんですけど・・・」
そう拗ね声で言うカルダーに、ネルソンは「・・・・・まあ、よくやった」
ネルソンは、ロシュフォールを封鎖していたグレーブス指令に連絡。
「迅速に引き返したのが功を奏し、奴らの出港の阻止に成功しました」と、通信魔道具の向こうから得意げに報告するグレーブス。
「・・・・・」
「褒めてくれないんですか?」
そう拗ね声で言うグレーブスに、ネルソンは「・・・・・まあ、よくやった」
ネルソンは、ブローニュを封鎖していたコーンウォリス指令に連絡。
「イギリス北西を航行中の敵を、ドレイク提督の艦隊が発見し追跡中。当方も現場に急行しています」と、通信魔道具の向こうから報告するコーンウォリス。
ネルソンは溜息をつきつつ「自力で発見出来なかった訳ね?」
コーンウォリスは「勘弁して下さいよ」
通信を終え、ネルソンは思考した。
(どういう事だ? 三艦隊とも地中海に入っていない。とすると不審な霧というのは? トゥーロンの艦隊が地中海を出た事では無いのか?)
そして彼は呟いた。
「スエズに向かうと見せかけたのは陽動か。本当の目的地はどこだ?」
三つの艦隊に連絡するネルソン。
そして三人の指令に命じた。
「フランス艦隊の目的地が知りたい。奴らは地中海を出た本隊と合流する筈だ。追跡を解いて奴らを泳がせろ」
ブレスト艦隊を追跡していたカルダーの艦隊は、追跡を中断して引き返し、ロシュフォールを封鎖していたグレーブスの艦隊は、封鎖を中断して港沖を去った。ドレイク提督と合流してブローニュ艦隊を追跡していたコーンウォリスの艦隊も、追跡を中断。
三つのフランス艦隊は、ヴィルヌーヴ提督の艦隊を追って、それぞれ西インド諸島を目指した。
それぞれの艦隊は、イギリス側が放ったイルカの使い魔の追跡を受けている事に、気付いていない。
各艦隊の魔導士官が、自らが放った使い魔の経路をネルソン提督の司令部に報告。それらを海図上で照合し、彼等は結論を得た。
「どうやら西インド諸島を目指しているようですね」
そう参謀が言うと、ネルソンは「あそこの拠点を乗っ取る気か?」
「乗り込んで一網打尽にしてやりますか?」
そう具申する副官に、ネルソンは「いや、恐らくこれも陽動だろう」
「けど、エジプトの拠点を襲うフリをするのが陽動作戦だったんですよね?」
そう副官が言うと、ネルソンは「仮にあそこの拠点を奪ったとする。奪って何をする?」
副官は「何って、交易ですよね?」
ネルソンは言った。
「交易には、海上交通を妨害されないために制海権が必要だ。それには我々と戦って勝たなくてはならない。だが、彼等は我々を遠ざけようとしている。つまり戦いを避けているんだ。それに何より・・・・・・」
「何より?」
「フランス海軍は弱い」
そんなネルソンに、副官は「また、身も蓋も無い事を・・・・・・。それでどうしますか?」
「彼等の本当の狙いはイギリスへの上陸だ。我々が西インド諸島に向かえば、必ず引き返してブローニュへ向かうだろう」とネルソン。
「けど、放置は出来ませんよね?」と副官。
ネルソンは「それはドレイク艦隊に任せよう」
ネルソンはドレイクに連絡し、西インド諸島に向かったフランス艦隊への対処を求めた。
「フランスのビビり野郎を殲滅だな?」
そんな事を指ポキしながら言うドレイクに、ネルソンは「多分、逃げると思いますよ」
「逃がさないさ。海賊の戦いって奴を見せてやる」と、ドレイクは自信顔で言った。
ネルソンは、他のイギリス艦隊と合流し、彼等を率いてスパニアのフィニステレ岬沖で、ドーバーに向かうであろうフランス艦隊を待ち受けた。
フランスの三艦隊はヴィルヌーヴ提督の艦隊と合流する。
「何とかイギリスの艦隊をまきましたよ」
旗艦に移乗し、鼻ヒク顔で報告に来た三人の指令に、ヴィルヌーヴは今更・・・といった顔で「期待してなかったけどね」
「褒めてくれないんですか?」と、拗ね顔の三指令。
「ま・・・まあ、よくやった」とヴィルヌーヴ提督。
四つの艦隊は各自、陸戦隊を三千づつ載せている。
この兵力で、ハイチ島の拠点を制圧に向かった。
イギリスに奪われていたフランス最大の貿易拠点である。
一万二千のフランス兵が上陸し、イギリス軍守備隊は降伏。そこにあった交易品を没収した。
戦利品を前に大盛り上り状態で、フランス兵たちは口々に言った。
「久しぶりのコーヒーだぁ」
「胡椒たっぶりの焼肉」
「お金ガッポガッポ」
そんな彼等を副官はあきれ顔で眺めつつ、「何だか、やってる事が海賊みたいなんだが・・・・・」
水兵たちと一緒に戦利品で乾杯状態のヴィルヌーヴは「あんな奴らと一緒にするな」
その時、ヴィルヌーヴ提督に報告が来た。
「こちらにイギリスの船団が向かっているとの連絡が・・・」
「来たか、ネルソン艦隊。撤退するぞ」
そんな提督に、部下たちは「迎撃しないんですか?」
「相手はイギリス艦隊だぞ。勝てる訳無いだろ」
そう言って、撤退準備を始めながら、ヴィルヌーヴは呟く。
「イギリス怖いイギリス怖いイギリス怖い」
そんな彼を見て、部下たちは口々に・・・。
「何だか悲しくなってきたぞ」
「俺、海軍辞めようかな」
フランス艦隊は、東から来るイギリス船団の航路を迂回しつつ、東へユーロを目指した。
そしてイベリア半島西側沖へ辿り着くと、そこから北上。
間もなく、部下から報告。
「ヴィルヌーヴ提督に連絡です」
「誰からだ? フランスの海軍省? それともナポレオン陛下かな?」
そう言いながら通話魔道具を執ると・・・。
「スパニアのイザベラですが」
ヴィルヌーヴ提督、唖然。
「スパニアの女帝が何で?」
「魔導通信ハッキングというのを御存じかしら?」と、ドヤ声のイザベラ女帝。
ヴィルヌーヴ提督、溜息。
そして「・・・・・それで、何の嫌がらせですか?」
「味方になってあげようかと」
「・・・・・・・・・・・」
唖然状態のヴィルヌーヴに、イザベラは「要らないのなら・・・」
その言葉を慌てて遮り、ヴィルヌーヴは「要ります。要りますから・・・ってこれ、現場指揮官が勝手に決めちゃっていいのかなぁ」
イザベラは楽しそうに「先ほどナポレオン皇帝陛下に申し出をしたら、飛び上がって喜んでいたわよ」
「音声通信なのに、何で解るんですか?」
そうヴィルヌーヴが疑問声で問うと、イザベラは言った。
「私生活透視エスパーというのをご存じかしら。ネット回線の向こうで政治を語る反対派が、ニートで将来真っ暗ないじめられっ子で彼女居ない歴イコール年齢で欲求のはけ口を求める若年層で、かつ、こどおじの老人の・・・」
「いやそれ矛盾してません? ってか単に嫌がらせ的に決めつけてるだけの、ネ〇サ✕の十八番ですよ」
そうヴィルヌーヴが真に受けモードで突っ込むと、イザベラは「冗談ですわ。天井に頭をぶつけた派手な音が聞こえましたの」
「・・・・・・・・・・・・・・・」




