第32話 貧乏な王子
その時、その海岸には、海上に見える船の残骸を眺めて、茫然と立ち尽くす王子たち一行が居た。
「船が壊れた」とタルタが呟く。
「水も食料も流された」とアーサー。
「どーすんのよ。何食べて旅続けろと?」とニケ。
そしてエンリ王子が叫んだ。
「そもそも何でこうなった」
話は半日前に遡る。
船の中でタルタとジロキチが喧嘩を始めた。
「お前等、いい加減にしろ」とエンリが止めようとする。
その一方でニケが煽る。
「あなた達、どっちが勝つか賭けない?」と、野次馬を決め込む他の仲間たちをけしかけるニケ。
喧嘩はエスカレートし、ジロキチが振り回す四本の刀をタルタはかわし、そして鉄化で防ぎ、隙を見て殴る。
そのバトルの中、ジロキチが振り下ろした刀をタルタがかわした時、背後にあった操舵具は刀の一撃を受けて真っ二つになった。
「何やってんだ。舵が使えなきゃ遭難するぞ」
反省ポーズの二人を前に、エンリ王子のお説教タイム。
「だってこいつが」とタルタとジロキチは互いを指して口を揃える。
「子供か、お前等は」とあきれ顔のエンリ。
「とにかく修理しなきゃ」とニケは困り顔。
その脇ではアーサーが「まさか、このあたりに暗礁なんて無いよね」
ニケは「大丈夫よ、まだ海岸からは遠いはずよ」
「いや、陸地、けっこう近いですよ」と、海の向こうに見える陸地を指して、リラが言った。
「ニケさん、喧嘩煽ってて目を離したでしょ」とタルタ。
「前にある、あれって岩礁だよね」とジロキチ。
いつの間にか船の前方に海上に突き出た岩が迫る。
慌ててニケが叫んだ。
「衝突しちゃう。右に取り舵いっぱい」
「その舵が無いんだってば」とエンリが叫ぶ。
船は岩礁に衝突して大破した。
そんな経緯を回想する仲間たち。
そしてエンリが「で、結局・・・」
ニケがタルタとジロキチを指して「この2人が悪い」
タルタがジロキチを指して「お前が」
ジロキチがタルタを指して「いやお前が」
そんな二人にニケが言った。
「喧嘩両成敗って言葉があったわよね」
「それは・・・」とジロキチ。
「ジロキチの国の言葉で俺関係無いぞ。それに操舵具壊したのはジロキチだし」とタルタ。
「お前が避けるからだろーが」とジロキチ。
「いや、避けるだろ」とタルタ。
「あれは鉄化で受け止める所だ」とジロキチ。
ニケが「とにかく二人が悪い」
その時、リラが言った。
「二人だけに責任押し付けるなんて可哀想。止めなかった人の責任もあると思います」
エンリが「俺止めたよね」
「ニケさん煽ってたよね」とタルタ。
「どっちが勝つか賭けようとか」とジロキチ。
「喧嘩に気を取られて陸に近付くのに気付かなかったのは航海士の失態だよね」とアーサー。
そしてニケがキレた。
「私が悪いの? 私、最大の被害者なのよ。流されちゃった私のお金や宝石、どうしてくれるのよ」
「何流されたの?」とエンリ王子。
ニケは言った。
「財布に金貨が80枚は入ってた。それと金の唐草飾りと銀の鎖のついた赤い宝石と、束に鷲座の銀象嵌と柄に青い宝石のついた高そうな短剣」
するとエンリが「それ、宝物蔵にあったハーピーの涙とガイエの短剣だろ。紛失したって大騒ぎになってた奴。勝手に持ち出したのはニケさんだね?」
ニケは慌てて「いや、赤じゃなくて紫の宝石だったかなぁ」
そんな彼等に空腹顔のファフが言った。
「とにかく陸に上がれたんだから、どこかに宿を取ろうよ」
「誰か財布ある?」とエンリ。
「俺、船の中」とタルタ。
「俺の財布も流された」とアーサー。
ジロキチが「俺たち全員一文無しかよ」
七人で街に入り、宿屋を見つけて中に入る。
エンリが宿の人に「しばらく宿をとりたいんだが」
「お金は?」と宿の人。
「手持ちは無いが、実家に行けば付けを払える」とエンリ。
宿の人は「そう言われても、信用できるという保障が無い事には・・・」
「俺はエンリ。ポル・・・」とエンリが名乗りかけると・・・。
慌ててアーサーがエンリ王子の口を塞ぎ、全員で彼を担いで宿を走り出た。
「失礼しましたー」と去り際にアーサーが・・・。
宿の人は不審顔で「何だ? あれ」
宿から離れた所まで運ばれたエンリ王子。
「何するんだよ」と口を尖らせるエンリに、アーサーは言った。
「駄目ですよ。正体バラしちゃ。ここは異教徒の国モロッコでポルタとは戦争中なんです。正体がバレたら捕虜にされますよ」
「けど滞在費は?」とニケ。
「そうだよね。どうにかして船を調達してポルタに戻らなきゃ」とエンリ。
そんなエンリの上着の裾を引っ張って、ファフが言った。
「ねえねえ、向こうで面白い事やってるよ」
エンリはファフに「それどころじゃない」
するとアーサーはエンリに「王子はこいつの面倒でも見てて下さいよ。自分の従者なんだし、それにロリコン・・・」
その言葉を遮ってエンリは「違うから」
「主様、見に行こうよ」と能天気にファフがはしゃぐ。
ファフが指す方を見る仲間たち。
それを見てタルタが「大道芸人だな」
するとエンリが「なぁ、あれで滞在費稼いで、食い繋げないかな」と言い出す。
「王子、何か芸とか出来るんですか?」とアーサー。
「ジョークは駄目だからね。あの隣の塀がどーとか」とジロキチ。
エンリは「やらないから。ってか俺じゃなくてジロキチだよ」
ニケが目をキラキラさせて「ジパング名物のハラキリショー」
「見たい」とタルタ。
ジロキチは「そんな芸無いから。ってかそれジパングで言ったらぶっ飛ばされるぞ」
「そーいや船の中でタルタと喧嘩したのも、あれが原因だったよね」とアーサー。
「あれはタルタが悪い」とニケ。
タルタは慌てて「今更それ蒸し返すのかよ」
エンリはジロキチに言った。
「ってか、そうじゃなくて、お前たしか曲芸団に居たんだよな」
タルタもジロキチを指して「そーだった、こいつ大道芸のプロじゃん」
「いや、俺の本職はあくまで剣士だから」と言ってジロキチは口を尖らせた。
そして小一時間後、王子たちは道端に立って客寄せを始めた。
タルタが通行人に向けて口上を囃す。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。遠い東の国から来た曲芸サムライジロキチの四刀流。綱渡りだの一輪車だの目じゃない神業を御披露するよ。お代は見てのお帰りだぁ」
ピエロ服に羽織を羽織って紅白の襷を締めた微妙な服装。白粉を塗りたくって丁髷の鬘を被ったジロキチを見て、仲間たちはクスクス笑う。
ジロキチが「これ、何の仮装だよ」
「ジパングのサムライってこんな格好してるんじゃ・・・」とニケが言う。
「あの国を何だと思ってるんだよ」と言ってジロキチは口を尖らせた。
だが、ジロキチは客の前に出るとノリノリで一礼。
跳躍して四本の刀を抜くと、両手に二本、両足指で二本の刀を掴み左足で掴んだ刀の切っ先で地面に降り立ち、両腕を広げ右足を曲げて西斗水獣拳のポーズ。
「すげー」
観客、やんやの喝采。
右側に控えていた人魚姫が数枚の紙を投げる。
三本の刀を目にも止まらぬ早さで振るって紙を微塵に切り裂き、紙吹雪となって舞う。
「すげー」
観客、やんやの喝采。
ニケがジロキチの前に立ち、短銃六連射。ジロキチは刀を振るって全ての弾丸を弾き返す。
「すげー」
観客、やんやの喝采。
姫が籠を以て観客の前へ。籠は銅貨でいっぱいになる。
タルタが上機嫌で「大道芸人って儲かるのな」
ニケも上機嫌で「本業にしようかしら」
「これで宿に泊まれるね」と人魚姫も嬉しそう。
だが・・・。
ジロキチの芸は三日で飽きられた。
茫然と路傍に立つエンリ王子たち。
「どうするよ」とエンリ。
するとタルタが「今度は俺がやってやるよ」
「言っとくけど、隣の塀のジョークはウケないからね」とアーサー。
タルタは「やらないから」
そして小一時間後、エンリたちは道端に立って客寄せを始めた。
ジロキチが通行人に向けて口上を囃す。
「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい。あの神話の英雄ヘラクレスの故郷から来た鉄人タルタの殴られ屋だぁ。見かけはヒョロいが打たれ強さは無敵。どんなパンチにもビクともしない。誰かこいつを殴り倒せる腕自慢は居ないかい? こちらからは絶対抵抗しない。一方的に殴るとスッキリするよ」
タルタが集まった人達の前に立つ。
「俺がやってやる」
そう言って、見るからに腕自慢そうなマッチョ男が出て来て、料金を払う。
マッチョが指をボキボキ言わせながら「こいつを殴り倒せたら倍になって金が戻って来るんだよな?」
「倒せたらね」と余裕顔のタルタ。
「何発殴ってもいいんだよな?」とマッチョは右肩を回しながら言った。
「好きなだけどうぞ」と余裕顔のタルタ。
マッチョは「じゃ、行くぞ。歯ぁ食いしばれ」
マッチョ男は鉄化したタルタの顔面を思い切りグーで殴る。
男の拳が受けた振動は二秒で全身に伝わる。
たちまちマッチョの顔は真っ赤になり、涙目で歯を食いしばって拳の痛みに五秒耐える。
「痛てー痛てー痛てーーーーーーーー」
左手で右手を庇って二十秒転げ回った男は、二度と来るかと叫んで泣きながら去った。
「あー面白かった」と一人分の料金をせしめて上機嫌のタルタ。
「けど、お客さん居なくなったよ」とアーサー。
「どーするよ」とエンリ。
その時、数人の子供が悪戯っぽく笑いながら声をかけてきた。
「ねえねえおじさん、俺たち全員掛かりでもいい」
子供たちを見ながらタルタはドヤ顔で「何人でもかかって来い。俺は誰の挑戦でも受ける」
子供たちに囲まれるタルタが「鋼鉄」の掛け声。
鉄化で動けないタルタを前に子供たち全員、マジックペンのキャップを抜いて彼の体中に落書き開始。
見ていた仲間たちがクスクス笑う。
「こ・・・このガキどもがぁ」
激怒したタルタは鉄化を解いて子供たちを追い回す。
大はしゃぎで逃げ回る子供たち。
そして・・・・・。
「最初のカモから巻き上げた分、取られちゃったね」と人魚姫リラが残念そうに・・・。
抵抗しないという決まりを破ってお金を取り返されたタルタは、体中の落書きを必死で消す。
エンリはあきれ顔でタルタに「お前は子供かよ」
「どうするよ」とジロキチ。
するとファフが言った。
「今度はファフがやる」




