第31話 残念な摂政
南方大陸迂回航路の開拓を終えてポルタに帰還したエンリ王子は、妃のイザベラが実権を掌握して好き勝手やっている残念な現状を目の当りにした。
ジョアン王は別荘で政務を離れたスローライフ。政治の実務はイザベラが招いたスパニア人が握り、大臣たちは形式的な判子突きに追われていた。
頭痛顔でエンリ王子は宰相たちの執務室を出る。
人魚姫リラは心配顔で「王子様、大丈夫ですか?」
「胃が痛くなってきた」とエンリ。
リラは「胃薬ありますよ」と言って、飲み薬の包みを差し出す。
「すまないねぇ」とエンリ。
「それは言わない約束でしょ?」とリラ。
だが、エンリはその薬の包みを見て「・・・ってこれ、父上が前に飲まされてた奴だよね?」
「余って使い道が無いって言うから貰ってきたんですけど」とリラ。
エンリは隣に居たニケに薬の包みを渡して、言った。
「ニケさん、これ、何だか解る?」
ニケは薬の包みを開けて匂いを嗅ぎ、少し舐めてみる。
「これ、一種の毒薬よ。胃が痛くなる奴」とニケは言った。
エンリは「やっぱりそうか」
足音を荒立てて執務室に戻るエンリ王子。
ハンコ突きをやっている宰相たちにエンリは言った。
「ちょっと書類見せてみろ」
書類の山から何枚かを手に取って確認する。
曰く「託児所の新設願い」「下水道工事の予算明細」「教会財産管理人の募集」
エンリは溜息をつくと、宰相たちに言った。
「これ、お前等の仕事じゃないだろ」
「妃がスパニアから連れて来た人たちが回してきたものなんですが」と宰相。
エンリは「もういい。判子突き中止だ。城の奴等全員大広間に集めろ。イザベラもだ」
役人たちが"何事か"という顔で大広間に集まる。宰相たちも、そしてイザベラも居る。
彼等を前に、エンリ王子は大声で言った。
「これより王太子として命令を伝える。体制を全部元に戻して、スパニアから来た役人たちは全員国に帰れ!」
イザベラ妃は青くなって「王子、これはいったい・・・」
エンリは言った。
「城下の者から苦情が来ている。やり方が変わって、生活し辛くなって、税も増えた。それって連れて来た奴等の食い扶持だよね? おまけに書類は末端で処理するような雑務ばっか。業務最高責任者ってありゃ何だ? この国をスパニアの植民地にでもする気か!」
「王様が静養中の今、政務は代わって王太子妃である私が陛下から一任されました」とイザベラ。
「その静養とやらやってる父上に飲ませてた、これは本当に薬か?」とエンリは言って、さっきの薬の包みを出す。
「それは・・・」とイザベラ。
おろおろしているイザベラを庇うように、宰相が言った。
「王太子妃様は外交で大きな成果を上げました」
エンリ王子は「だったら外交だけやってろ!」
スパニアから派遣された役人たちは即刻解任され、新設された税は廃止となった。
政策決定権はエンリ王子が掌握し、その留守中は宰相に一任。その手に余るような案件は貴族議会が審議し献策する。
体制の正常化が一段落し、ようやく城内は平常を取り戻した。街にも活気が戻る。
久しぶりに自室でゆっくり茶を飲むエンリとイザベラ。人魚姫も居る。
騒ぎの張本人のイザベラは、エンリの顔色を伺うように、言った。
「エンリ様、私をお嫌いになりました?」
「そういう訳では」と困り顔のエンリ。
「離婚されるのですよね?」とイザベラ。
「そういう訳では」と、ますます困り顔のエンリ。
「人魚の愛人が居るのですものね」とイザベラ。
「それは別の話で」と更に困り顔のエンリ。
「スパニアに居る父上が何と言うかしら」とイザベラ。
エンリは「あのなぁ」
「教会は離婚を認めません」とイザベラ。
エンリは「いや、だから・・・」
イザベラは言った。
「実は私のお腹にはあなたの子が」
「それは本当か」とエンリの顔色が喜びに変わる。
イザベラは「妊娠一か月と」
エンリはイザベラの手を執って「でかした、イザベラ」
「おめでとうございます。王子様、イザベラ様」と人魚姫も嬉しそう。
そんな人魚姫にイザベラは「あなたも喜んでくれるの?」
「もちろんですとも」と人魚姫。
「いい子ね」とイザベラ。
そしてイザベラはエンリに「エンリ王子。この子の父親で居てくれますか?」
「当たり前だ。誰がお前を手放すものか」とエンリ。
「エンリ様」とイザベラ。
エンリは「イザベラ・・・ってちょっと待て。一か月前って俺、まだ船の上だぞ。それ、本当に俺の子か?」
「と思ったけど、想像妊娠と診断されてしまいました」と言ってイザベラは舌を出す。
エンリは「あのなぁ」
どっと疲れた表情のエンリにイザベラは言った。
「それと王子様」
「何だ?」とエンリ。
「教会が王子様に異端審問の召喚状を出すのでは、という話がありまして」とイザベラ。
エンリは「何だと?」と・・・。
イザベラは「何でもドラゴンを飼っているのではないかという噂が・・・」
「あ・・・・」とエンリ焦り顔。
「本当に誰がそんな悪質なデマを」とイザベラ。
エンリは「ままま全くだ。とんだ濡れ衣だ。あは、あはははははは」
そしてイザベラは「それとは別に、教皇庁の異教徒対策局から王子様に依頼が」
「それって・・・」とエンリ。
イザベラはエンリの手を執って「異教徒の海への航路を開かれたのですよね?」
「まあな」と自慢顔のエンリ。
「素晴らしい功績です。こんな英雄の妻になるなんて」とイザベラ。
「見直したか」と調子に乗るエンリ。
イザベラは言った。
「はい。それで早速進出した我が国の商船隊が、オッタマの商人たちとの争いに巻き込まれて」
「宗教対立って訳かよ」とうんざり顔のエンリ。
「応援に出向いて欲しいとの事で」とイザベラ。
「行かないと異端審問が来るって訳かよ」と、ますますうんざり顔のエンリ。
再び南方大陸を迂回してアラビアの海に向かう事になったエンリ王子たち。
イザベラが港に見送りに来ている。
エンリ王子はイザベラに「これから出発する」
「お気を付けて。それと、この男を部下に加える気はありませんか?」
そう言ってイザベラは、いかにも軽そうな、一人の男を紹介する。
「お前は?」とエンリはその男に・・・。
「道化師のカルロです」と男は名乗った。
エンリは「道化師って海賊に必要か?」
エンリ王子は仲間たちと、ひそひそ相談する。
そしてカルロに「とりあえず、何かやってみせろ」
カルロは「ではジョークを。"隣の空地に垣根が出来たってね。へー"」
周囲が残念な空気で満たされる。
「確かにつまらん」とあきれ顔の仲間たち。
イザベラはエンリの耳元で囁いた。
「実は画家が帰った後も居ついちやって、うざいんで・・・」
エンリはあきれ顔で「厄介払いかよ」
「駄目ですか?」とイザベラ。
とりあえずエンリは、イザベラの申し入れを却下した。




