第27話 海賊の故郷
アラビアの海での海戦を切り抜け、彼等を救った魔女マーリンを乗せたエンリ王子たちの船。
港で物資を調達してポルタへと向かう。
北へ向かう船の上で、マーリンはセイレーンボイスのスキルを人魚姫リラに返す儀式の呪文を詠唱する。
彼女の前には受領者のリラ。
「汝、我が内にありし神秘の力よ、ここにその姿を表せ。汝の名はセイレーンボイス」
マリーンは自分の喉の前で、両の掌を内側に向けて重ねる。掌に白い光が浮かぶ。
掌を上に向けて両手を前に差し出す。掌の上にさっきの光が浮かぶ。
「セイレーンボイス、これより我が元を離れ、これなる人魚の娘、リラに宿る事を是とするか」とマーリン。
光の中に古代文字が浮かぶ。
「では人魚の娘、リラよ。この神秘の力、セイレーンボイスをその身に受ける事を同意するか」とマーリン。
「同意します」とリラ。
「その見返りとして、我を汝の仲間とともに速やかに、賢者の木在りし地へと導く事を契約するか」とマーリン。
「契約します」とリラ。
「これにて、契約は成立せり。では、人魚の娘、リラよ。これなる神秘の力をその身に宿せ。霊能授受」
そう唱えると、マーリンは光を浮かべた両手を人魚姫の喉に翳す。光は彼女の喉に消えた。
リラは、おそるおそる口をあけて発声を試みる。
「あー、あー。あめんぼ、あかいな、あいうえお。本日は晴天なり」
彼女の表情に見る見る嬉しさが満ちる。
「声だ。私の声だ。王子様」
そう叫んでリラはエンリの方に振り向き、駆け寄ってその胸に飛び込んだ。
「リラ、綺麗な声だね」とエンリ王子。
「王子様、愛してます」と人魚姫リラ。
エンリは「姫」と・・・。
リラは「愛してます愛してます愛してます」
「解った。解ったから」とエンリ。
「ずっと言いたかったんです。自分の声で言いたかったんです」とリラ。
「もう大丈夫だよ」とエンリ。
「愛してます愛してます愛してます」とリラは繰り返す。
王子の腕の中で、嬉しそうに"愛してます"を連呼する人魚姫リラ。
そんな二人を見てアーサーは「そういえば姫、ずっと筆談で会話してたんだよね」
「出来なかった事が出来るって、嬉しいだろうなぁ」とタルタ。
「それにしても・・・」とジロキチ。
相変わらず"愛してます"を連呼するリラの背後で日が傾く。
ニケが二人に言った。
「あのさ、それ、いつまで続くの?」
航海は順調に進んだ。
見え始めたイベリアの陸地を見ながらタルタがエンリに言った。
「もうすぐポルタの港だね。立ち寄るんだよね?」
「立ち寄らず、そのままギリシャへ行くぞ」とエンリ。
「お城には?」とリラ。
「魔法契約の成就が最優先なんだとさ。下手に道草食って契約精霊に達成意思疑われると大変な事になる」とエンリ。
「それ、厳し過ぎだろ」とジロキチ。
「儀式の時に速やかにって言ってただろ」とアーサー。
「魔女さんがそういう魔法にしたの?」とタルタ。
アーサーが「あの人、自分の都合が最優先だから。そういう人なんだよ」
「怖ぇーーーー」と仲間たちが言った。
ポルタの港で補給を終えると、そのまま出航。
イタリアを過ぎ、エーゲ海に入る。
更に東に行くとオッタマに占領されたコンスタンティがある。今はオッタマ帝国の首都になっている。
エーゲ海にある小さな島に到着。
「この島の筈だよ」とタルタ。
「筈って・・・」とマーリン。
「だいぶ景色が変わってると思う」とタルタ。
「けど、ここに来たのよね?」とマーりン。
ファフを留守番として船に残して島に上陸。
しばらく歩くと、古代の遺跡がある。
石造りの建物の跡には崩れた石積の壁。そして石造りの塀の跡。
建物跡の前、塀の痕跡に囲まれた真ん中の地面を、タルタは指さした。
「ここだよ。ここにその木が立ってたんだ」
マーリンは疑問声で「何も無いじゃないのよ」
「とっくに枯れただろうな」とタルタ。
「だって、タルタがその実を食べたのって、せいぜい数年前でしょ?」とマーリン。
タルタは言った。
「いや、二千年前だ。食べて鉄の体になったものの、戻り方が解らなくて、二千年間眠ってた。目が覚めたら海賊にお持ち帰りされてて、海賊船の中だったんだ」
「何ですとー!」と言いつつ、全員唖然。
エンリは「二千年前って、じゃタルタって古代ギリシャの人?」
「そうだよ」とタルタ。
「それじゃ、ここって二千年前は?」とマーリン。
「プラトンアカデミーとか言ってた」とタルタ。
マーリンは驚き声で「失われた叡智の殿堂じゃない。それじゃあんたは」
「ここの生徒だった」とタルタ。
マーリンの目の色が変わった。いきなりタルタの胸倉を掴んで迫る。
そして「教えなさい。そこで学んだ事、全部教えなさい」
「そう言われても」と困惑顔のタルタ。
ニケの目の色も変わった。
そしてタルタの胸倉を掴んで「錬金術も学んだわよね? 教えなさい。屑鉄を金に変えるって、どうするの?」
「そう言われても」と困惑顔のタルタ。
マーリンとニケは声を揃えて「全部吐くのよ。一切合切洗いざらい」
「そう言われても」と困惑顔のタルタ。
「故郷のお母さんが泣いてるわよ。全部吐けば楽になるわよ。かつ丼食べる?」
そう言いながら、薄暗いコンクリートに囲まれた窓の無い部屋の妄想の中で、マーリンとニケはタルタに自白を迫った。
胸倉を掴む二人の手を振りほどいてタルタは言った。
「じゃなくて、授業受ける前にこうなっちゃったんだよ。入学して寄宿舎に入って、明日から授業だっていう夜に、腹が減って食い物探して庭に出たら、庭に生えてる木に美味そうな実がなってて、それ食べたら・・・」
「それが賢者の木だった訳だ」とアーサー。
「だから、ここじゃ何も教わってないから」とタルタ。
マーリンはがっかり声で言った。
「そんなぁ。肝心の賢者の木も無くなってるし、まあいいわ。ここがプラトンアカデミーの遺跡なら、何か手掛かりが残ってるかもね」
そんな騒ぎの中でエンリが「そういえば契約精霊は?」
「消えたみたい。契約成就って看做したのね」とマーリン。
そしてエンリはタルタに言った。
「ところで、って事はお前、鋼鉄の体で二千年間、ここに立ってた訳だ」
「それを海賊が見つけて、お持ち帰りしたって言ってた」とタルタ。
「彫像だとでも思ったんだろうな」とジロキチ。
「いや、ギリシャの彫像ってみんなイケメンだよ」とアーサー。
「悪かったな、イケメンじゃなくて」と言ってタルタは口を尖らす。
そしてエンリが「ってかさ、鋼鉄の体で二千年って・・・」
「鉄は腐らないからな」とタルタ。
「いや、腐らないけど、二千年も経てば錆びてボロボロになるぞ」とエンリ。
タルタは「そういえば・・・・」
それを聞いて二秒ほど考え込んだマーリンが、タルタに言った。
「あんた、ちょっと鉄になってみてよ」
「解った。鋼鉄」と、タルタは鉄化。
マリーンが鉄の体に触り、トントンと軽く叩いてみる。
そして「これ、鉄じゃないわね」
ニケの目の色が変わって「金? 金なのね?」
「違うから」とマーリン。
「それじゃ・・・」と仲間たち。
マーリンは言った。
「これ、オリハルコンよ」
「えーーーーーっ!」と仲間たちの驚愕の声。
「オリハルコンって、あの幻の金属の?」とエンリ。
「金なんかよりずっと価値があるわ。指一本で億万長者よ」とマーリン。
「えーーーーーーーーーーっ!」と仲間たち。
「タルタ、動いちゃ駄目よ」と言ってニケはタルタの背後に・・・。
タルタは慌てて鉄化を解いて飛びのく。
「何で戻っちゃうのよ」とニケ。
「人の体、何するんだよ。削り取って売る気か?」とタルタ。
ニケは「ちょっとぐらい、いいじゃない。減るもんじゃなし」
タルタは「減るだろ」
怪しい目つきでノミと金槌を持って迫るニケ。
タルタは青くなって仲間たちに助けを求める。
「俺たち、仲間だよな? お前等も見てないで、こいつどーにかしてくれ・・・って、お前等?」
全員、ヤスリやらノミやら金鋏やらハンマーやら、手に手に工具を持って、怪しい目つきでタルタに迫る。
「オリハルコンで刀作ったら切れるだろーなぁ」とジロキチ。
「万能の魔道具素材」とアーサー。
「累積債務全部返せる」とエンリ王子。
「王子様との結婚資金」と人魚姫。
「お金、私のお金」とニケ。
タルタはおろおろしながら「あの、マーリンさん、こいつ等、何とかしてよ」
マーリンも怪しげな魔法工具を持って「あんた達、そんな工具じゃオリハルコンには刃が立たないわよ」
タルタは慌てて逃げだした。
「お助けーーーーーーーーーーーーーーー!」
全員、タルタを追いかける。
その小さな島で、タルタは3日間逃げ回った。




