第24話 興亡の予言
南方大陸西岸の航海は続いた。
時折上陸して水と薪と少々の食料を補給するが、食料はほぼ魚である。
そればかりだと飽きるので、上陸した時、ニケは野菜の類として食べられそうな植物を探す。
タルタとジロキチが手あたり次第採って来た下草や木の葉をニケが調べて選別する。
「これは危ないわね」
「これは食べられそう。もっとあったら採って来てよ」
その草を見てタルタは「これ、美味しいのか?」
ニケは答えて言った。
「肉と魚だけじゃ駄目なの。野菜を食べないと病気になるのよ。壊血病という怖い病気よ。船乗りが命を落とす一番の原因なの」
そんな話をエンリは聞きながら、ノルマンに居た時の事を思い出した。
(ノルマンに居たサーミという奴等も野菜は食べてなかったな。あそこは野菜が育たないから。代わりに生肉食ってたっけ。そういえば生で食べると病気にならないって言ってたよな)
更に南に進み、上陸する。
草原を歩きながら、あれこれ言う仲間たち。
「もうそろそろ南端に来てもいい頃なんじゃね?」とタルタ。
「かなり南に来たからなぁ」とエンリ王子。
「もうすぐだと思うけど」とニケ。
「そうあって欲しい。これ以上暑くなるのは御免だ」とアーサー。
「この間行った所は暑かった。あれから更に南に来たものな」とジロキチ。
「けど、そんなに暑くないよね?」とリラが筆談の紙に・・・。
「そういえば・・・」とエンリ。
「何でだろう」とタルタ。
その時、多くの現地人が現れて、行く手を阻んだ。
その先頭に、多くの装飾を纏った、いかにも呪術者という出で立ちの老人が居た。
「北より来る者、この土地は我等ズールーの物だ。先に行く事は許さぬ」と老人が言った。
「いや、水と薪を手に入れたら立ち去るから」とエンリ。
「どこに向かう」と老人。
「南だけど」とエンリ。
「それはまかりならぬ」
そう老人は言うと、土の中から土人形が出現する。森からは獅子魔獣やオーガのような巨鬼。
「どうする? 戦うか?」とタルタはエンリに・・・。
エンリは仲間たちに「とにかく船に戻ろう。水や薪は別の所で探せばいいさ」
退散して船に戻ったエンリたち。
出航しながら「物騒な奴等が居るな」とジロキチが言う。
「たまには非友好的な奴等も居るさ」とアーサー。
「触らぬ神に祟り無し。三十六計逃げるが勝ちだ」とタルタ。
「縄張り意識過剰なんだろーよ。引き返せば追いかけて危害を・・・」
そうエンリが言いかけると、人魚姫リラが筆談の紙に「何か、追いかけて来てますけど」
岸の方からカヌーや海蛇や魚人に乗った無数の現地人の戦士の軍勢。数人の戦士を乗せたケートスという大型魔獣が多数。そして一匹のドラゴン。
前方からも同様な現地人の水上軍団。
「本格的に攻撃に来たぞ」とタルタが叫ぶ。
「応戦するしか無いな。ファフはドラゴンの相手を。タルタは鋼鉄の砲弾でケートスをやってくれ。人魚姫は舵を」
そう叫んで戦闘を指揮するエンリ王子。
「人魚になって私も戦います」
そう筆談の紙に書いたリラにエンリは「あの中に飛び込んだって囲まれて終わりだ」
マストの見張り台にはニケが陣取り、船に接近する敵の戦士や魔物を銃撃。
船縁でエンリが風の巨人剣で、接近する海上の敵に切りつける。
乗り込んできた敵をジロキチが四刀流で迎え撃つ。
船の舳先ではアーサーが呪文を詠唱。
「汝、水の精霊。世界の根源たる螺旋の王よ。大いなる海の流れとなりて、その姿を示せ。汝の名はスパイラルフォール」
古代語の呪文を唱えながら敵が群を成す海面に杖で指して魔法陣を描く。いくつもの古代文字が魔法陣に配置される。
「スパイラルフォールよ、水面に群がる敵を汝の供物と捧げん。これを喰らえ。渦潮あれ!」
海面に巨大な渦巻が出現し、そこに居る多くの魔物と戦士を巻き込んだ。
敵の中に丸木舟。さきほどの老人がそこに立って、呪文を詠唱した。
「邪悪な幻よ、立ち去れ」
一瞬で何事も無かったかのように、渦巻が消失。
アーサーは老人を見て「あの爺さん魔導士か。かなりレベルが高いぞ」
「アーサーよりもか」とエンリ。
「多分ね」とアーサー。
「どうする」とジロキチ。
エンリは「ここは逃げるが勝ちだ。ファフとタルタを呼び戻そう」
アーサーが撤退の信号魔弾を放つ。
二人が戻るとエンリは舳先に立ち、炎の巨人剣を抜き、周囲の海面を払った。
長大な炎の刀身が周囲の水面に触れて、膨大な水蒸気が沸き上がって双方が視界を失った。
「今だ。突っ切るぞ」
そう叫ぶエンリの号令で、ドラゴン化したファフにロープを繋いで船を引かせ、全速で前方の敵の間を突っ切った。
水蒸気に覆われた海域を抜けると、そこには、どこまでも続くかに見える闇の世界があった。
海面すら見えない中空の中に船とドラゴンが浮いている。
そしてその前に立つ、あの老魔導士。
アーサーは老人に言った。
「ここはあなたの固有結界ですね?」
「さよう。我等の他には誰も居ません」と老人が答える。
「俺たちをどうする気ですか?」とエンリ。
老人は「どうもしません。ずっとここに居て、私とともに朽ちて頂く。言っておきますが、私が死んでも結界は消えません」
「共倒れですか?」とエンリ。
「愛する同胞たちのためです」と老人。
エンリが「何が目的ですか?」と問う。
老人は言った。
「歴史を変えます。あなたはポルタという国から来たエンリ王子ですね? あなたがこの大陸の迂回路を発見し、東の海への航路を開く未来を見ました。あなたがここで果てれば、その未来は変わる」
「そんな事をしても他の奴が来るだけです」とエンリ。
「そうかも知れない。その未来はまた誰かが変えればいい」と老人。
アーサーは老人に「あなたはもしや、未来を予知出来るのですか?」
「それが私の持って生まれた力です」と老人が答える。
エンリが言った。
「俺たちは素通りするだけだ。用があるのはこの先です。ここの土地はあなた達のものなのでしょうが、そんな単なる通り道に用はない」
「あなたにとってはそうなのでしょう。だが、その航路を支配するために重要な要衝です。様々な国が航路を支配しようと、ここを占領し支配します。そして、私たちの子孫は彼らの奴隷になります」と老人。
「どんな未来を見たのですか?」とエンリ。
老人は語った。
「移住者の一団がここに住み着き、温和な気候に馴染んで、農民として大きな勢力となります。そして本国の支援を得て、100年後には私たちや他の部族を支配下に置きます。他の勢力も来て互いに争い、鉱山を開発し、北へ勢力を伸ばし、300年後には大陸のほとんどが他民族の物となるのです」
「その後は?」とエンリ。
「見るに堪えない悲しい歴史しかありますまい」と老人。
エンリは「それでもあなたは見るべきだ」
「これ以上私に、残酷な未来を見せて苦しめと言うのですか?」と老人。
「あなたが見ようが見まいが現実は変わらない。子孫のために人生を投げ出そうとするあなたが、現実を見る事も出来ないのですか?」とエンリ。
「解りました」
そう答えると老人は、目を閉じて短い呪文を呟く。
しばらくの沈黙の末に、老人は哀しそうに言った。
「400百年後、世界で大きな戦争が起こります。そしてここは独立しますが、国を支配するのは移住者の子孫で、私たちの子孫は差別を受けます。他の国々も貧困と内乱に苦しむでしょう」
「500年は?」とエンリ。
また老人は目を閉じて短い呪文を呟く。
そしてしばらくの沈黙の末、老人は目を開いて、語った。
「差別が解消された。だが、東の巨大な国から来た人たちが、私たちの土地や鉱山や港を買い占めて支配する。やがて彼らが追われた後、本当の私たちの国が・・・。あれは何なのですか? 巨大な塔が林の木々のように。鉄の箱が自分で走る。動かぬ翼の巨大な鳥が空を飛ぶ。あれが私たちの遥かな未来だと言うのか」
老人は涙を流していた。だが、その表情を覆った絶望の影は消えていた。
「あなたたちは知っていたのですか?」
そう問う老人にニケが答えた。
「あれは科学よ」
「科学ですか?」と老人。
「世界には様々な不思議がある。けれどもそれには全部理由があるの。それを解明して利用すれば何だって出来る。魔法なんて不要になるわ」とニケ。
「移住者たちはそれを使ったのですね?」と老人。
「けど、それはただの知識よ。あなた達だって学んで使う事は出来るのよ」とニケ。
「あなたはまだ朽ちるには早い。もう少し同胞たちを導いてみてはどうですか?」とエンリ。
「そうですね」と老人。
「俺はポルタ国王大子、エンリ」と王子は名乗った。
「私はズールーの預言者、ベルベドです」と老人は名乗った。
ベルベドは宙を歩いて船に降り立ち、エンリ王子と握手を交わした。
そしてベルベドは「それと一つ聞いていいでしょうか。彼らが山で掘り出していた黄色い金属。あれは何なのですか?」
「それは金ですね」とアーサー。
ニケが「金ですって?」
「きっとここには大きな鉱脈があるのです。世界中の人たちがそれを欲しがる。交易の支払いに使える。知識を買う事も出来る。それを掘り出して、自分達のために使えばいい」とアーサー。
「そんな大切なものが・・・」とベルベド。
エンリはニケを指して「あんなふうにね」
鉱山服を着てツルハシを持ったテンションMAXのニケが一人で盛り上がっている。
周囲の残念な視線が集中している。
「上陸するのよね? 鉱脈探すのよね? 金塊掘り出してお金ガッポガッポ」と叫んで有頂天なニケ。
ベルベドは苦笑して言った。
「解りました。大陸の南端はすぐそこです。それと、あなた達はこれから戦争に巻き込まれます」
「いつもの事さ」と言ってタルタが笑う。
ベルベドは「ドラゴンに手を出す者に気を付けなさい。それと、敵兵を無駄に殺さぬように」
エンリは老人に「あの、"ひとつながりの大秘宝"って聞いた事はありますか?」
「そんな事を言っていた人が居ました」とベルベド。
「誰ですか?」とエンリ。
「たしかバスコという名前だった」とベルベド。
その名を聞いて、タルタは目を輝かせて言った。
「大海賊バスコ。本当に居たんだ。それじゃ、彼が秘宝を・・・」
「彼はどこに行ったのですか?」と王子はベルベドに・・・。
ベルベドは言った。
「この西の大陸の南を越えて。オケアノスという最果ての海を目指すと・・・」




