その9
それからの数日間、しつこく宮島が様子を見に来たり、屋敷の車で色々な場所を四人で見て回った。
穏やかな日々を過ごして、帰りを二日後に控えた夜―。
とても寝苦しい。これまでこんな夜は無かった。胸の内側から何かがもどかしい程騒いでいるよう。
夢を見ている。海辺に人が立っていた。波打ち際で遊んでいる。スカートの裾を両手で軽く持ち上げて波を蹴っていた。優雅で可憐に舞う姿に近づいて行く。彼女はまだ気づいていないのか、踊り続けていた。波に足先が触れた瞬間、その娘は振り向く。
クリーム色の細い髪、小顔に大きな瞳、長い睫毛、たわわな胸の隆起にしなやかな躯体と四肢が長い。
君は―。
『おんなキノ』
その娘はゆっくり近づいて来る。そして手を差し伸べた。
『ありがとう』
その柔らかい手を握ると、暖かく慈愛に充ちた心になってくる。身体が軽くなり宙に浮いた。その細長い指から離れて、どんどん空に向かっていく。
そうか、君は―。
朝、マコが隣で寝ているキノを起こそうと思った時だ。これまでだったら右側ばかりに寝ていたはずのキノが、今日は左側にいたのである。そもそも今まで左側にいたことなんてなかった。右側が定位置だと思っていたことは、思い過ごしだったのだろうか。
マコはじっと考え込んでいた。しかも左腕に纏わりつくように、両手を添えてしがみついている。こんな行動もこれまでなかった。どちらかと言うと、自分がやっていること方だ。
「ねえ、キノ、ねえ」
マコは手をゆっくり抜きながら、その身体を揺らす。掴んでいた両手は抜かれていったマコの腕を探すように動いている。
「ちょっと。どうしたのよ」
顔を覗き込んだ。
「キノったら」
大きな瞳が開く。マコはその目を疑った。
いつものキノは優しさの中にも鋭光がある。だが今、目の前にある瞳は自分を慕うかのような、何かを求めているような、か弱く親しみのあるものだったからだ。こんな憂いに満ちた瞳をしたキノをマコは今まで見たことがない。
「ど、どうしたのよ、キノ」
マコはちょっと焦って、真顔になって上半身を起こした。
「まさか本当に、女の子になってしまったんじゃないよね」
その綺麗なクリーム色の細長い髪の娘は、上目使いにマコに向かって微笑んで、こう言い返す。
「初めまして、ママ。キマだよ」
最終話につづく。
最終話『キノとマコとキマと、愛と』 今週末から!! いよいよ真実へ