その8
「なんだ? 開いてるじゃないか」
宮島は玄関のドア鍵が開いていることに気がついた。
「女の子二人なのに、いくら平和な田舎でも無用心だな」
男は何回かベルを鳴らして声を掛けたのたが反応がないので、確認のためにノブを回したのであった。
「お邪魔しますよ。入りますよ。怪しいもんじゃないですよ」
とりあえず頭だけを扉から出して様子を伺う。室内は静まり返っていた。そろりと足を踏み入れる。途中、その行動がとても不審に思えて、男は咳払いをした。
「もしも、何か事故があったかもそれないからな。オレは、それでここにいる。決して不審者ではない。ここの管理人だ。お客様の安否に関わることだから、やってるんだ」
自分に言い聞かせながら、わざと足音を鳴らして前に進んだ。ふとキッチンを見ると、冷蔵庫の扉が開き放しで明かりが漏れていた。その回りには小さいワインが一本転がっている。宮島は扉をそれを閉め、転がっているワインの瓶をダイニングテーブルの上に置いた。男は更に進む。
シャワールームへ行っても誰もいなかった。ただ目に止まったのは籠の中だ。そこには昨日の浴衣と甚平と二人の下着が入っていた。
「ははは」
興味が引かれることに我慢しつつ、その場を離れる。室内は特に荒らされた形跡などなかった。
二階の寝室へ階段を上がる。
「いるとすれば、寝室だよな。大丈夫か?」
寝室の扉は少し開いていた。一度、大きく咳をする。何も物音一つしない。軋んだ音を上げながら、ゆっくり扉を開大した。頭一つ出して周囲を見渡す。ダブルベッドの上は、何の起伏もなく、真っ平らだった。
「あれ? 何処いったんだ。二人とも」
寝室に足を踏み入れる。宮島は朝、ベランダにマコがいたことを思い出す。カーテンが揺れていた。ゆっくりとベランダに出る窓に近づく。レースのカーテンの向こう側に、デッキチェアーがある。チェアーの横の床には、グラスが置いてあるのが見えた。カーテンを静かに開けていくと、丁度、朝日が眩しく逆光となった。チェアーの上端に丸い物を発見した。
「紀乃さん?」
ベランダに出ようとした時だった。スマホの着信音が鳴る。慌てて宮島はポケットから取り出して消した。
「な、なんだ屋敷か。今忙しいいだよ、あとでな」
もう一度、チェアーに目を戻すと、先ほどまで出ていた丸い物が消えている。
「あ、あれ?」
再びベランダに出ようと足を踏み出した時だった。
「それ以上、近づいたら、確実にぶっ飛ばす」
宮島はギクリとしてその場で直立する。
「い、いや、違うんだ」
「何が違う?」
キノはチェアー越しに聞き返した。
「本当に怪しくないんだ。インターホン鳴らしても出てこないから、ドアを引いたら開いちゃたんだ。だから、様子を見に来ただけだよ」
「不法侵入して、何が怪しくないのさ」
「か、鍵が掛かっていなかったんだよ。無用心だよ」
「けど、状況的にはあなたが不審人物だ」
「い、いや、待ってくれ! オレは昨日のことを謝りに来ただけなんだ、本当に」
何を待つかはわからない。
「ふん。変態」
「聞いてくれ。確かにオレは真琴さんに好意を持っていた。あれは本当だ。紀乃さん、君が真琴さんの、その……」
海風が吹く。カーテンが揺れて、爽やかな風が通り過ぎていった。
「無理して言わなくていいから」
少しの間、男は沈黙する。
「それで?」
キノはバスローブを羽織った。
「そ、そう。だ、だから、真琴さんのこと、決して嘘じゃないってこと。真剣にそうだったから」
「変な事しようとしたのも、嘘じゃないってことだね」
宮島は何度も頷く。キノは手だけを振り上げた。
「わかった、今回だけ許す。僕も悪かったし。そもそも夫婦喧嘩」
「そ、そうか。夫婦喧嘩?」
少し不思議な顔をしたが、ようやく安堵したように息を吐く。チェアー越しにキノは更に手を振った。
「だから、もう出ていって。変態」
下着をつけていないバスローブ姿では、宮島とは面と向かって話せる状況でもない。
「本当に、すまなかった!」
隣で寝ていたマコが寝返りを打つ。
「んー、おトイレ」
目覚めて、立ち上がろうとした。
「ま、マコ、待って!」
呼び止めて手を引こうとしたが、掴んだのはバスローブだった。それを引きずったまま立ち上がった彼女の目の前に、宮島が背中を向けて帰ろうとしている。
「誰?」
何気に振り向いた男は、逆光に浮かび上がる抜群のプロポーションに目を凝らす。
「真琴さん?」
まだマコは頭がはっきりしてしない。しばらくじっと見た後、瞳を開いて我に返った。
「み、宮島さん!?」
判断付くと同時にマコは何も身に付けていないことに気づく。悲鳴を上げるよりも、先に拳が男の顔面に炸裂した。
「ど、どうして宮島さんがいるのよ!?」
動揺して顔が紅潮する。
「す、すまない! 安心してくれ、見えてないから! 見たかったが、逆光で見えなかった!! 決して、怪しくないんだよ!」
フロアーにひっくり返ったまま、手で顔を覆っている男の弁明も空しい限りだった。マコの怒りは頂点に達している。
「信じられない!」
その場にしゃがんだまま、マコは足元のバスローブを羽織った。
「だから、怪しい奴だって、最初から」
キノは苦笑する。
「取りあえず、もう一発ぶっ飛ばしておく?」
「やって、キノ」
大きな悲鳴がこだました。




