その5
マイクを持つ手は震えていた。キノは息を飲む。
「僕には家族はいない」
縁日や会場ではその放送に、観客は何が起こっているのかわからない状態で静まり返った。
「けど、いつも周りにいて助けてくれる人たちがいる。自分の家族の様に接してくれる。もちろん君の家族も一緒だ。しかし僕はまだ小さくて、臆病だから、いつも守られてばかりだ」
会場全体が静かにその音声に固唾を飲む。
「そんな僕でも、守りたい」
マイクからの音声が少し小さくなった。
「……君が、世界中で一番とても大切な人だから」
辺りがざわめき出す。
「君のいない世界は考えたくない」
何処からともなく、指笛や歓声が聞こえてきた。
「もっと、もっと、君と一緒にいたい。ずっと一緒にいたい。ずっと好きでいたい……」
会場の至る所から拍手が湧き上がる。
「愛してるから」
手を振り挙げる者、涙を流している者、顔が赤くなっている者、どさくさに紛れてキスしているカップル、会場内の士気が一気に高揚した。その熱気に乗せてー。
「だから、僕の女に手を出すな!」
大歓声に会場が興奮の坩堝となる。
「おいおい、なんじゃ、この放送は? 何が起こっているんだ? 特注花火はまだかい、屋敷さん!」
酒場と化している青年団のテントの下で町長は大会長を介抱しながら慌てた。
酒を一口啜って、団長はアナウンス場所を見上げて頷く。
「本当に、マイク使って言いたいこと流しやがった」
そして先ほどキノと交わした手を見つめた。
「何故か知らんが、凄く気持ちが良いぞ!」
団長が声を上げると、周囲の団員も酒を片手に振り上げる。先程キノにのされた若い団員は正座させられていた。
花火監督の屋敷は軽トラの荷台から立ち上がって、本部席を眺める。汗が流れ落ちていくのをタオルで拭った。
「くぅー! やりやがった。男(?)だねぇ。やあ、若いってことか!」
男は嬉しそうな顔で笑う。
「紀乃さん、君は、本当は真琴さんが」
その場に佇んでいる息子を父親は見下ろした。
「おまえもまだ若い。まだまだ、いくらでも出来る」
無線機からは応答を求める町長の声が響いている。父親は叫んだ。
「おい、下っ端! 特注大玉の準備はいいな! 合図出すぞ!」
宮島の動きが止まる。いや、止められた。
男の唇はマコの髪の毛にあり、いい匂いが鼻を掠めている。と同時に赤いものが鼻から垂れてきた。
「ま……、真琴、さ、ん?」
マコは男の鼻を目がけて、頭突きを放っていたのだ。宮島は呆然とマコの肩を抱いたまま直立している。
「真琴さん、い、今……」
両手で宮島の胸をゆっくり押し戻して、その囲いから離れた。そして胸元を正す。
「今、スピーカーから、紀乃さんの声が……」
マコはどうしようもないくらい、はにかんだ。
「うん」
頷く顔は真っ赤に火照っている。
ふいに、海上から大きな打ち上げ音が鳴った。特注の大玉が夜空高く上がる。それまでのどれよりも大きな音だ。
大玉は満天の星々が輝く宙を垂直に昇っていく。そして天の頂点に達した時、それは一瞬に宙に弾けて、金や銀、青、赤、黄、緑などが煌めきながら、大きく夏の夜空一面に広がった。
宮島はその大玉にも目もくれない。鼻から赤い筋を作って立ち尽くしていた。
「宮島さんの気持ちは嬉しいけど、ごめんね」
頭を下げる。そして夜空を眺めるマコは男を諭した。
「私ね、全部キノのものなの」




