その15
「あれから琴葉ちゃん、先生のところへいつもお見舞いに行ってるんだって。精密検査も兼ねて、入院したみたい」
コーヒーをキノに手渡しながら言った。
「そう」
ソファーにいるキノの隣に座る。そのまま身体を預けてじっとしていた。
「付き添いみたいだって」
「そう」
「看護師さんに奥さんと間違われたんだって」
一方的なマコの話し振りに、キノはふと気づく。
「ひょっとして琴葉ちゃん、先生に気があるのかも」
「そりゃ、いいんじゃない。お見合いした仲だし」
マコの表情を見ずにコーヒーを一口飲んで頷いた。
「う、うん。まあね」
何だか歯切れの悪い返事をしている。
「それでね、先生ね……」
キノは彼女を凝視した。妙な声のトーンだ。その視線に気づいたマコはキノを見上げた。
「マコ、芦川は君の初恋の人だったから、それはいい。だけどそれは思い出、記憶の中だけに締まっておきなよ」
「別に、先生に、どうってこと無いよ……」
複雑な表情を見れば、嘘とわかる。
「琴葉さんがどうするのか気になるの?」
「だ、だから、琴葉ちゃんも先生も応援するって、私は」
キノは手を差しだしてマコの頬を軽く摘んだ。
「二人ともいい大人なんだから、二人に任せばいい」
「でも……」
愚図る頬のもう片方も摘む。
「マコ、もう離してやれ。優しくされると気持ちが揺らぐ」
そう言った途端、キノは頬から手を放し正面を向く。慌ててコーヒーを飲んだ。
「もともと芦川は過去の人だ……」
目を合わそうとしないキノの横顔を見る。大きな澄んだ瞳が一点を見つめていた。その視線の先には教会での二人の結婚写真が飾ってある。
「でも、僕には過去じゃない。今までずっとマコだし、これからもずっとマコだ」
マコの頬が紅潮し顔が緩む。瞳が光っていた。その優しさにも似た言葉に、耐えきれず視線を窓の外に移す。
「そっかぁ、そうだよね、キノ」
「そう……、だよ」
「キノの初恋の人だもんね、私」
キノはマコの笑顔が堪らなく好きだ。そして誰にも渡したくない。
「でもずるい。初恋の人が奥さんって。二つも持ってるなんて」
白い顔の頬は、マコ以上に赤く染まっている。
「だって……、そうなんだもん」
マコは両手でその赤白い左右の頬を摘んだ。
「本当にずっと想ってるのね。私が芦川先生のことを考えていた時も、ずっと」
キノも彼女の頬を摘んで、横に広げる。
「いじけながら、ずっとね。痛い奴だろ」
思わず吹き出すマコだ。
「でも、夫婦になった」
二人は互いに向き合って頬を摘み合っていた。
「なにすんのひょ、きにょ」
「まきょ、こひょ」
次第に口角が広がっていく。
「あの、それは頬の筋肉を鍛えおられるのですか?」
互いに摘んだまま、声のした方向に視線を移した。リビングに入ってきたフェイルは不思議な顔をしている。その後ろで亜紀那は、二人の行動とフェイルに苦笑した。
「もう、お二人様とも、可愛いんだから……」