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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第3話 キノと芦川と偽りの恋人(後編)
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その13


 琴葉はもっと近くに人の存在を感じる。顔を上げるとそれは、二人の前に立ちはだかっていた。青いジーンズを履いた長い脚を見上げていくと、クリーム色の細長い髪が風で靡いている。小顔の大きな瞳が正面を見据えていた。

「き、紀乃、クン?」

 そしてもう一人、側に駆け寄っている。

「……真琴」

 琴葉に顔を向けて微笑み、すぐに芦川の方に戻った。


「先生!!」

「真琴……、おまえどうしてここに?」

 掌から血液が指尖に向かって流れ落ちている。

「そんなことより、早く手当しなくちゃ!」

「だ、大丈夫だよ。かすり、傷だって」

 他人事のように言い放った。切れた手をハンカチで手早く覆い、強く縛る。

「君から心配されるなんて、嬉しいね」

 だが白いハンカチはみるみるうちに赤く染まっていく。

「先生! 絵描きにとって、利き手は命の次に大事なんでしょ!」

 マコはもう一つ持っていたハンカチで、更に押さえ込む。

「怪我して、絵が描けなくなったら、ダメじゃない!」

 走る痛みに男の顔が不格好に歪んだ。


 琴葉はマコの行動を呆然と眺めていたが、やがて芦川の右手を凝視する。ハンカチがみるみるうちに赤に染まっていた。

「そ、そんな……。早くなんとかしないと」

 今更ながら彼女は狼狽える。

「もう、車を呼んである」

 呼応するようにマコは頷いた。

「そんな、大げさなだよ……」

 芦川は力無く笑う。マコは男の頭をはたいた。

「……先生、ダメだよ。先生の夢、叶えなくちゃ」

 その真剣な訴える眼差しに、男は息を飲む。

「真琴……」

 琴葉はこんな状況下にいても、冷静さを失わないマコに暫し驚愕していた。

「私は、私は手が震えているだけ……」

 小刻みに動いている指を見つめる。



「ちっ! 佐野のバカ野郎が!!」

 北川は舌打ちした。

「しかし、いい女たちが揃ったじゃねえか」

 口元を引き締めて、キノは男を凝視する。

「威勢がいいな。ナイフ持ってる男を投げ飛ばす女なんて、普通いないぞ」

 向かうキノは右手を差し出し手刀を作り、足を一歩前に出した。足元の砂が舞い上がる。

「ととと」

 体が何か壁のような塊に押されたかのように男は後退った。

 キノが前に歩を進める。反対に男は後ろに下がっていく。

「バ、バカな、こんなバカなこと!」

 理解の出来ない恐怖で戦慄し、北側は叫んだ。

「あ、あの人何処行ったんだ、こんな時に!! あの人の強さ見たら、誰だってびびってしまうってさ!!」


「全く、あんたはバカだ」

「ははは……」

 問いかけに、芦川は力無い乾いた笑いをする。

「鈴美麗、俺は後悔などしていない」

「後悔は、そう感じて初めて思うことだ」

 キノは振り向かず、目前の男を見据えていた。

「そうか、ならば俺は一時いっときも思ったことはない、これで良かった。救われる」

 ハンカチの赤いシミがさらに深みを増し、手が小刻みに震っている。

「痛い?」

「これで、痛くない奴がいるのか」

 震える手を芦川は、もう片方で押さえた。


「こ、こんな事って、あるはずない……」

 琴葉は未だに出来事が信じられない。人が切りつけられて怪我をする、人が投げ飛ばされる、そんなことが現実にある事など想像もし得なかったのだ。

「それに、私を庇って怪我をするなんて。他人のためにそんなことするなんて」

 マコは琴葉の手を取って握りしめる。

「真琴……」

「大丈夫よ、琴葉ちゃん」

 彼女は不安気な顔で尚もマコを見つめた。

「でも、紀乃クンは、誰のために戦っているの」

 見つめる瞳は、自分しか考えられなくなった琴葉の恐怖で埋まっていた。

「大丈夫。あの子、強いから」

「そんな、心配じゃないの。あのお見合いの晩は真琴の体の調子、凄く変だったじゃない。行動も尋常じゃなかった。あれは紀乃クンも関係しているんじゃ」

 琴葉は握っているマコの手に、一切の不安や迷いらしき震えなど感じない。


 芦川は朦朧とした意識のなか考えていた。

 ホテルのキノの行動と、琴葉が言うマコの気持ちとのリンク。そして二人の間には何かはっきりと、繋がるものが有る。

 あのホテルであれ以上のことを犯してしまっていたら、服従させていたら、彼女の存在も消していたかも知れなかった。

「こいつら気持ちだけじゃなく、きっと身体ごと繋がっているに違いない」

 無論、芦川自体、キノを犯そうなどと考えていた訳ではない。彼はキノを困らせたかっただけだ。そして背徳的な行動を見て、マコが愛想を尽きたところを見たかったのだ。いつも一心にマコを想っているキノを妬んでいただけだった。彼自身にできないことを、年下のキノが一生懸命に、それこそ健気に守っている姿に嫉妬していたのだ。しかしそんな考えが全く愚かで、自己中心的だったと認めるまでに時間が掛かってしまった。

「琴葉さん、あいつは大丈夫だよ」


「後ろに別の誰かいる」

 男を睨んでいたがその後方に別の気配を感じて、三人から離れて前進し身構える。キノの行動にマコもその雰囲気の違いを感じた。

「キノ」

「マコ、そこから離れないで」

 彼女は頷く。



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