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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第2話 キノと芦川と偽りの恋人(前編)
33/87

その15


「お掛けになった電話番号は、電波の届かない場所か、電源が切れています……」

 マコは自分の部屋でスマホを握りしめている。立ったり、座ったり、ベッド周りを往来したりと落ち着かない。

「もう」

 彼女は力任せにベッドに腰掛けた。

「何処行ったのよ」

 扉をノックする音がする。返事すると、メイドが心配そうな顔を出した。

「お嬢様、みなさんお待ちかねですが」

「……う、うん。今、行くから」

 マコは歯切れの悪い返事をしてスマホの画面を再び見る。

「あの方ですね」

 ドアの側にいるメイドは、マコの行動と言動から察した。マコが不自然な時は大概がキノが要因ことが多い。

「ううん、何でもない。すぐ行くから」

 マコはスマホをベッド上に置いた。そしてもう一度振り返って、名残惜しそうに部屋を出る。

「もう、知らないから」



「おい、鈴美麗、起きろ」

 車内で芦川はキノを揺さぶる。首が左右に振れるだけで反応は乏しかった。

「旦那、そりゃ無理だよ。その娘、完全にいっちゃってるよ。どうする?」

 困った顔をしている芦川と違って、タクシー運転手は何故か愉しそうな顔をしている。

「まさか、おまえが酔っちまうなんて……」

「旦那、そんなになるまで酔わせちまったんだ。しっかり最後まで介抱するのが男の務めってもんだろ」

 運転手は得意気に言った。

「わかってるよ。けど、酔わせたつもりはないが」

 タクシーは渋滞で止まっている。

「わたしゃ、もう今日は早く上がりたいんでね。近くにホテルあるから、そこで面倒見てあげな」

 運転手はハンドルを切り、ウインカーを点して勢いよくアクセルを踏む。

「ちょ、ちょっと! 何勝手に!」

 芦川は焦って叫んだ。

「もうすぐだから。まあ、ゆっくり介抱してあげなよ、旦那」

「そんな……」

 隣のキノを見る。男の腕を掴んだまま、すっかり満足気で寝入ってしまっていた。

「これ以上、ややこしくなったら、どうする」


 豪華な高層ホテルの前で無理に下車を促され、芦川はキノを背負ったまま立ち尽くしている。

「起きてくれよ」

 振り返りながら呟くと、同時にスマホの着信音が鳴った。手荷物を道路に降ろし、キノを起こすまいと慌てながら持ち上げる。

「オーナー?」

「今、何処にいますか?」

「タクシーの奴、とんでもないところに降ろして行きやがった」

 悪態をついて小声で呟いた。オーナーは電話向こうで、大笑いしている。

「もう着きましたか。結構、早かったですね」

「は? どういう意味だよ」

 スマホを肩と耳で支えて、落ちていくキノを背負い直した。胸の膨らみと臀部の柔らかさが背中と手に伝ってくる。


「芦川様でございますか」

 薄暗い中玄関で待ち構えていたベルボーイが、駆けつけて声を掛けた。

「え?」

「本日ご予約を頂いております。さあ、こちらへどうぞ」

 白い手袋をしたボーイは、持っていた紙袋を無理矢理取り上げると入口へ誘導する。

「ちょ!」

 スマホ越しに、情けない男の呟きが響いた。

「芦川さん。お父上からの伝言です」

「おやじ?」

「今日のお見合いの件は、なんとか繕っておく。おまえはそちらのお嬢さんと、早く、身を固めて欲しい。しっかりやれ、とのことでした」

 芦川の体の力が抜け、思わず背中の者まで落としそうになる。

「こっちの状況も知らないで」

 そうこうしているうちにキノが横に揺らぎ、倒れそうになった。

「芦川さん、美人のお嬢さんとの成功を、祈りますよ」

「何の成功だよ……」

 再び情けない声で呟いた後、電話は途切れる。

「芦川様、早くこちらに」

 ベルボーイは促した。

「わかった、わかったよ」

 キノを背負い直すと首に回した腕がきつく絡んできた。

「もう、どうなっても知らんぞ。こいつも、こいつだ。何故起きない?」

 毒づきながら、そのままベルボーイの後をついていく。エレベーターに乗り込み、14階のボタンを押した。

「おい、それ、返してくれ」

 上昇するエレベーター内で、芦川は仕事に忠実そうなベルボーイに声を掛ける。

「はい?」

「それだよ、君の持ってる紙袋」

 顎で指し示した。

「いえ、お部屋までお持ちします」

「だめだ。大事なものなんだよ、それ」

 キノの制服と靴が入っている袋だ。見せられるものではない。

「大事なものであれば尚の事、持ちます」

 別にコスプレ用と言ってしまえばいいことだが、何だが背徳的な気がするのだ。

「だめだ」

「左様ですか……」

 彼は仕方なく渡そうとした。が、手が滑って袋が床に落ちる。

「も、申し訳ありません!」

 袋から制服が飛び出していた。緑色の生地に、黄と赤のチェック柄のスカートが見えている。ボーイの手が一瞬止まるが、そそくさと入れて手渡した。

「大変、失礼しました」

 そこからベルボーイは、敢えて二人を見て見ぬふりをしながら、口も開かなくなる。

「絶対、援交だと思われている……」

 再び、溜め息が漏れた。


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