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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第2話 キノと芦川と偽りの恋人(前編)
31/87

その13


「琴葉ちゃん!」

 厳かな扉が開くと同時に、マコは叫ぶ。

「あー、真琴! 元気ー」

 手を軽く挙げるとマコが駆け寄り、二人は手を合わせた。片手にはワイングラスを持った大介が近寄ってくる。昼間にマコが来てから延々飲み続けていた。かなり気分が良いらしい。

「琴葉、真琴と並ぶと、どっちがどっちなのか判らんなぁ」

 上機嫌な口調で笑い飛ばす。

「おじさま、お久しぶりです。お招きありがとうございます」

 彼女は深く、頭を下げた。

「いやいや、構わんよ。今日はとても愉快なんだ」

 再びニヤけ顔でソファーまで歩いていくが、足元がふらついている。メイドが隣で心配そうに付き添っていた。

「琴葉ちゃん、元気してたかな?」

 綾子は大介からグラスを取り上げて、向かって来る。

「おばさま。どうも。とても元気です」

 琴葉は綾子にも同様に頭を下げると、彼女は微笑んで頷いた。


「そう言えば、真琴」

 メイドが何やらそそくさと持ってくる。彼女はマコの前で、大きな花束を差し出した。

「ちょっと遅くなったけど、結婚、おめでと」

 丁度マコの姿が隠れるほどの赤いバラとかすみ草。マコは両手を広げて、それを優しく抱いた。甘い花の香りが匂う。その香りは幸せも乗せて、部屋を満たしていった。

「ありがとう」

 彼女は微笑む。

「真琴、今、幸せ?」

「うん。すごく、幸せ」

 琴葉は彼女の屈託のない表情に、女の幸せを身近に感じ取った。

「そうなのかなぁ」

 マコはその花束を、花瓶に生けるようにメイドに頼んだ。

「それで、旦那様は?」

 背伸びして彼女は辺りを見渡す。

「まだ来てないの。今日出掛けていて、連絡はしておいたんだけれど」

 少し気落ちするマコだが、直ぐに表情を変えて質問する。

「それで、琴葉ちゃん。どう?」

「どうって……。ちゃんとやってきましたよ。大人しくね」

 琴葉は苦笑した。

「その……、芦川先生は……」

 聞き辛そうにマコは身を捻る。

「ああ、真琴の絵画の先生だったね」

「うん」

「それが面白かったの」

「面白い? 先生が?」

 意外な感想にマコの顔が歪んだ。

 確かに、一見馴れ馴れしい感じはある。だが大人の男が初対面で、しかもお見合いの席で畏まっていなかったのか。それとも気が凄く合って内容が良かったのか。

「始まってすぐに、彼の恋人が乗り込んできてね」

 思い出しながら吹き出す琴葉は、堪えきれず遂に大笑いする。よほど面白かったのだろう。

「こ、恋人!? そんな! 先生に恋人なんて、聞いたことない!」

「へえ、そうなの」

 彼女はマコの顔をちらりと見て、腹部を押さえながら再び笑い始めた。

「それで、ちょっとムカついたから、その恋人の頬ぶっちゃった。私より年下だったわ。そう真琴くらいかも」

「そんな……」

その出来事に理解し難いマコは、未だ返答に困惑していた。

「その恋人って娘、なんていうか美しくて、可愛くて、凄く綺麗でね。ううん、それ以上かも」

「凄く綺麗?」

 マコにひっかかる言葉が響く。

「女の私でさえ、見とれて、吸い込まれそうなくらい、大きな瞳、色白の……」

 琴葉は思い出すだけで、恍惚な表情になっている。

「でも、おかしいのよ。自分のこと『僕』って言ってるし」

「僕……」

 マコは更に訝しげな顔になった。一旦、目を閉じて深呼吸する。

「琴葉ちゃん、一つ聞くけど」

 笑い過ぎて目に涙が溜まっている琴葉に、彼女は真剣な眼差しを向けた。

「その凄く綺麗な娘の髪って、細長い艶のあるクリーム色だった?」

「髪? そう言えば頬を引っぱたいた時、そんな色だったっけ。あっそうそう、ロールヘアーのクリーム色」

 琴葉は笑いを止め、天井に眼を向け考えて言う。

「あの子……」

 身体からエプロンを剥ぎ取って、マコは床に投げ捨てた。

「真琴、どうしたのよ?」

 その突然の行動に、彼女は不思議な顔をする。

「何でもない。ちょっと席外すね、琴葉ちゃん」

 マコは振り返った。

「あの子の頬っぺ、本当に叩いたの?」

「そうよ。多分女として、その美貌にちょっと嫉妬しちゃったのかな」

 軽く舌を出して琴葉は、おどけた薄笑いをする。

「そう、ありがとう」

 マコはそう言うと、幾分床を踵で鳴らしながら部屋から出ていった。

「真琴、ありがとうって?」

 長い廊下を歩きながら呟く。

 きっと、芦川とキノは申し合わせていたに違いない。

「あの男共……」


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