23. 悪役令嬢、冒険者ギルドに行く
散歩日和の良いお天気だ。
ダンジョンなんて暗い湿ったイメージの場所なんていつでも良いのに。
まだまだ剣術も魔法も学び足りないけど、学園で学ぶことの出来ない私は実地で学んで行くことにした。
狩すら未経験のお嬢様だ。これからも現場で学べる機会などないし、多分精神力を鍛えるのにも有効だろう。相手が野生動物だろうと魔物であろうと、命を刈り取ることに慣れなければこの世界で一人立ちなど出来ない。前世の倫理観が邪魔して最初は辛い思いをするだろうけど、それで精神力を鍛えられるかもしれないし、日々食卓に上がるお肉のありがたみも実感出来るかもしれない。
何事もやってみなければ前に進めない。
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見上げる門や柵は丸太を組んだ簡素な作りで、門は開けられた状態で固定されている。建物は3階建で外観は硬レンガを積んで表面を強化した木造建築のようだ。3階部分だけは硬レンガを使わず木造のままになっている。
全体的にアンティークな建物だが丁寧に使われているようで綺麗な外観だ。強化魔法をかけられているのが見て取れた。
表扉は分厚い両扉になっているが、これもオープンにされていて、中木戸は足元と上部が無く両開きのスイングドアになっている。敢えて冷暖房を無視した風通しの良い作りにしているのかな?
ここは乾燥地帯ロデオ地区の80%ほどを領地とする、南西部国境のリード辺境伯領内の領都ラーンに位置する冒険者ギルド。
選んだ理由は皇都から一番遠いこと、真夏で海辺は海岸もない断崖絶壁で夏のリゾート地では無く、漁港や貿易用の港で栄える領である為、貴族と出会し難いだろうと思ったからだ。
「やっぱ暑いなぁ」
冒険者ギルドの敷地内に入り、スイングドアを押して建物の中に入った。
受付は3m先の正面にあった。さっとフロア内を見渡して雰囲気を確かめる。
受付カウンターを窓口に中心部から奥は関係者以外立ち入り禁止の職員フロア、それ以外はコの字型になっており、受付の手前側左右に掲示板、ベンチ、テーブル席が設けられていて、左側奥に軽食を注文出来るカウンター、右側奥にはバーカウンターがあった。左側には失礼ながらどうも人相の悪い冒険者が多く、既に一仕事終えた後なのか呑んだくれているのが分かる。右側はパーティーメンバーとの待ち合わせか、助っ人登録者の募集待ちか、人待ち顔の人が多い。
(帝国内は平和であまり依頼が無いから冒険者が寄り付かないと聞いていたけど、なかなか盛況みたいね。)
そのまま受付に向かって歩いて行く。ざわついた気配と値踏みするような不快な視線、くだらない雑音を意識の外に流してカウンターの受付嬢に声をかけた。
「冒険者登録をお願いします」
受付嬢は十代後半くらいで赤茶の髪をポニーテールにし、大きな丸い榛色の目の可愛らしいお姉さんで、少し高く甘ったるいが聞き取りやすい声でテキパキと説明してくれる。
「ようこそ冒険者ギルドラーン支部へ! 冒険者ギルドにご登録頂くには試験を受けてもらいます。 先ず規定講習を受けた後、筆記試験を受けてもらいます。 それに受かったら指定のダンジョンに入って15匹の魔物を指定時間内に仕留めて確証となるものを収集してもらいます。 その際危険防止のためギルド職員が付き添いを行いますのでご安心ください。 では、その前に登録受付用紙にご記入ください」
そこで聞き流していた雑音の元が近づいて来た。
「よお、可愛らしいお嬢ちゃん、ここはお子ちゃまの遊び場所じゃあ無いんだ。 ろくに食ってねぇほっそい体で何が出来る。 お人形遊びでもしてろ。 保護者はどうした?」
本気で心配などしていないことは声色で分かる。不揃いの顎髭をなでるようにしながらニヤニヤと口元を歪ませて下唇を舐めている。大男で無駄にマッチョな脳筋風剣士、大きな両手剣を背負っている。
他にも3人ほど居る。恐らくパーティーメンバーで、体型や人相、装備に違いはあれど雰囲気は似通っていて、端的に言うと雰囲気が悪い荒くれどもだ。
十二歳になって数ヶ月の子供だから大人連中に侮られても仕方のないことは分かっていたが、新人相手、まして子供に絡み酒とは大人としてどうよ?冒険者の先輩としても失格だろう。
「おんやぁ~無視か? 親の教育がなってねぇな! それともビビって声が出ないのかな? 分からないことがあったらお兄さん達が丁寧に教えてやるからこっち来いよ」
「冒険者なんかやるよりこっちで酌でもした方が金になるんじゃねえのかw」
「1人じゃネズミ一匹狩れねぇだろ。 特別にうちに入れてやるよ、うひぃひっく」
まだ日も高くなっていない午前中だ。街ではまだ朝食の時間だろうに完全に酔っ払ってる。こんなゴロツキ共は話の通じる相手じゃないから元より相手にしない方が得策だ。何より時間の無駄というものだろう。
「お姉さん」
「ああ、私は冒険者ギルド、ラーン支部のナンシーよ」
「私はマリナと申します。 ナンシーさん書類の記入に筆記試験場をお借りして良いですか?」
「良いわよ、こちらにどうぞ」
ナンシーさんは受付カウンター脇のドアを開けて、職員エリアに入れてくれた。
「外はうるさいでしょう? 筆記試験はこっちにある小会議室か応接間で実施するから、そこで書類の記入をすると良いわ」
「ありがとうございます」
親切なナンシーさんにペコリと頭を下げてお礼を述べた。
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冒険者ギルドには、犯罪歴さえ無ければ身元保証人の居ない帝国民以外でも登録することが出来、一定の身分を保証される。
さらに冒険者ランクBになれば、帝国民になる権利を与えられる(身分は平民であるが、ギルドに収める手数料(税含む)が安くなる、帝国民向けの福利厚生が受けられるようになるなどメリットは多い)。
ただし、登録受付用紙には嘘は書けない。
嘘は書けない。真実を書けないのであれば書かなければ良い。暴論ではあるがそれしかない。
実際にそんな冒険者は珍しくもない。もちろん、真実を書いても冒険者ギルドはあくまでも独立機関なので、国の要請に対して冒険者の情報を明かす義務はない。
でも私の敵は、聖女ヒロイン、皇太子、皇帝だ。最悪の想定としてそこに実家ルナヴァイン公爵家とくれば、真実など最初からすっ飛ばして隠してしまった方がいい。
だから、登録用紙に試したいことがあった。
まずは名前。
ここには真実を書かなくてはいけない。マリノリアは別に珍しい名前ではないが、『高森 茉莉奈』と日本語で書いた。なんと!予想はしていたが弾かれなかった。
やはり私は茉莉奈なんだと、この身体はマリノリアに間違いないが、心は、魂は、マリノリア・ルナヴァインとして生まれ変わっても茉莉奈のままなんだとやっと確信持てた。
これで私の周辺で思いがけないことが起こっていることの説明がつく。ゲームシナリオのマリノリアはシナリオ通りに動くマリオネットのようだった。でも茉莉奈は、私は違う。だから周りの人達も違って当然だったんだ。
あとは簡単だ、よみがなの概念はないので書かなくていい。他に年齢、性別は正直に書く。冒険者活動する上での職業は無難に『剣士』にした。
生年月日、出生地、家族構成、緊急連絡先などは空欄とした。書けるわけがない。
試しに出生地欄に『地球』と書いたら通らなかった。『スウィテ・セレナ帝国』でも弾かれはしないものの登録情報として通らなかった。大枠過ぎるとグレーゾーン判定になるらしかった。
規定講習を受けた後、筆記試験までは無事に進めた。結果待ちまでギルド内のカフェスペースで待つことになる。
嫌だなぁ~っと思いながら職員スペースから出て直ぐに右に曲がり、カフェスペースのカウンターまで足早に進む。
「お嬢ちゃん待ちなよ。先輩を無視するなんてロクな冒険者にゃなれねえぜ!」
思った通りに先ほど絡んできた酔っ払いが1階フロア中に響き渡るがなり声で喋りながら近寄ってくる。
わざわざ反対側のバースペースから来なくても良いのに。嫌悪感を抑え、声に感情を乗せないように気をつける。
「ご親切にありがとうございます。まだ筆記試験の結果待ちで冒険者ではありませんが、ご忠告は有難く覚えておきます」
少し深めに頭を下げてから、カウンター席に座ってプリンアラモードとアイスティーを注文した。
「おいおい、スカしてんじゃねえよ。愛想のないガキは損するぞ」
そう言って肩に手を回そうとして来たので、手袋を付けたままの手で振り払った。少しだけ指先をつまんでひねりを入れて、ついでに風魔法で足元を掬ったけど。
「およっ?」
と、巨体が半回転して顔面から床にドシンっ!!と重量そのままの勢いに乗って突っ伏した。振動が椅子に座っている私にまで伝わって来た。床に穴が空かなくて良かった。
カフェスペースのため周囲には素面の客が多く、巻き込まれまいと視線を逸らして固まっている。
厄介なことにパーティーメンバーの1人が騒ぎに近づいて来た。
「おいダンの兄貴、もう酔って足絡れちまったのか?らしくねぇぜ。 おい嬢ちゃん時間あるんだろ、うちのパーティーに来るなら話聞いてやるよ」
しつこい。大人のお姉さんには相手にしてもらえないのか。
そこに丁度受付嬢のナンシーさんがやって来た。
「えーと、マリナさん。筆記試験の結果が出ましたので受付までお越しください」
周辺の状況から察してくれたらしく、素早く私を受付まで誘導して、職員スペースの扉内に滑り込むようにして入れてくれた。
外からは何やら騒ぎ立てる声が聞こえるが、ナンシーさんは慣れているらしく顔色一つ変えずに小さめの応接室まで案内してくれる。
「マリナさんの筆記試験結果は合格です! なんと満点ですよ! それで、これから指定のダンジョンに向かってもらうことになるんですが、生憎と混み合っておりまして。 先にダンジョンに行った希望者と職員がまだ戻って来て居ないんです。 このままお持ちいただくか、後日出直しでも構いませんがどうします?」
「ここで待たせてもらって良いですか?」
まだカフェカウンターで注文したプリンアラモードとアイスティーが来ていないのだ。このまま帰るのは惜しい。かと言って外のカウンターに戻れば酒臭いおっさんが絡んでくる。 図々しいかもしれないがここで待たせてもらう方が快適だ。
そう思っていたら、応接室の扉がノックされ、注文したデザートと飲み物を持ってくてくれたのでお礼を言った。
これでしばらくおやつタイムを楽しみながら、ゆっくり待たせてもらえそうだ。
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今日は朝から忙しい。
それほど大した依頼があるわけでもなく、ここ最近安定した依頼数で落ち着いている。
でも夏の陽気に誘われてなのか、めぼしい依頼が無いかをチェックした冒険者たちが朝っぱらから呑みだしたのだ。別にそれ自体は珍しい光景ではないのだが、夏期の初めは冒険者登録希望者が増えるので、受付嬢含むギルド職員達は忙しいのだ。
新人冒険者に絡むベテラン冒険者は、ベテラン受付嬢のナンシーであっても捌き切れない厄介ごとだ。
拗れて大事になった場合はギルドマスターか副マスターに助けを求めているが、連中は懲りずに同じことを繰り返す。
荒くれどもが酔っ払って厄介ごとを起こす度に冒険者全体に対するイメージが悪くなる。半数以上の冒険者達は真面目に日々の糧を得るために、或いは使命を持って頑張っているというのに。
一向にイメージが良くならないことが腹立たしい。
受付だけは落ち着いてほっと一息入れたところで、キィとスイングドアが鳴って1人の少女?が入って来た。
濃い藍色の膝丈のハーフロングケープを纏い、すっぽり被ったフードで目元は見えない。元より逆光でよく見えないのだが。
身長は160cmほどで全体に細いのがケープを纏っていてさえ分かる。
ブーツを履いているが靴音はあまりしない。姿勢が良く真っ直ぐに受付に来て、フードをわずかに上げ、鈴の鳴るような透き通った声で要件を言った。
目元を覆う布製に見えるマスクは幅広で眉毛と目の下まで完全に覆い、瞳がある部分が切り取られていないため瞳の色さえ分からない。整った顔の輪郭、鼻梁、花びらのような唇。
パッと見の風貌は儚く美しげで、滅多に人前に出ることのないとされる伝説の種族エルフ族を思わせる。
わずかに垂れて見えた髪は透き通った銀色で帝国では珍しい。思わず見惚れた。が、そこは熟練の受付嬢。必要な情報をマニュアル通りスムーズに説明した。
さてさて、新人にしては妙に落ち着き払った少女は筆記試験に満点で合格した。
事前講習を受けた後で冒険者として常識的なことだけの簡単な試験ではあるが、満点となると中々居ない。
しかしどうしたものか。今日はナンシーとギルド長しか残っていないのだ。
副ギルド長まで冒険者登録試験に駆り出されて付き添いでダンジョンに出かけている。予定通りにクリアすればもうとっくに数組帰って来てもおかしくないのだが帰って来ない。SOS信号も届いていないから不測の事態ではないのだろうが、そうであればさっさと帰って来て貰いたいものだ。
少女にはしばらく応接室で待ってもらうことにした。外で待たせておくと厄介ごとになるしかなさそうだったからだ。
背は160cmと十二歳にしては高い方ではないだろうか。年齢は今の所、登録受付用紙を確認したナンシーしか知らないのだが、ロープを頭からすっぽり被っていてさえ、少女は注目を浴びすぎた。彼女の持つ雰囲気がそうさせるのか、いずれにしろフードで隠そうが、フードを上げようが周囲の反応は変わらないだろう。どうしたものか。
その内、カフェスペースで朝食を済ませて依頼票をカウンターに持って来る冒険者達が出てきて、通常の景色が戻って来た。
助っ人希望者も助っ人待ちも減り、お昼を過ぎる頃には落ち着きそうだ。だが試験者と付き添いが戻って来ない。これはもう、揃いも揃って寄り道しているとしか思えない。よくあるのだ。実技試験通過の前祝いと称して新人冒険者に飯を奢るついでにサボることが。
これは誰か代わりの付き添いを手配した方が良いだろうか、ギルド長に相談してみよう。
「ギルドちょ~う。 今日の試験希望者と付き添いがまだ1組も帰って来ないんですけど、登録希望者に待って貰っているんですがどうしますか?」
「はぁっ? なんじゃそれ。 暑いからって帰りに寄り道でもしてるのか! どうせならここまで戻ってから休憩すれば良いものを」
「それが出来ないからでしょうねぇ」
ナンシーのささやかな本音はギルド長の耳には届かなかった。
「SOSが無い限りこっちからダンジョン内に踏み込んでも会える可能性は無いに等しい。 時間的にダンジョンは出ていると見るべきだろうな。 で、試験の付き添いはあのダンジョンならBランク以上の助っ人登録者なら代行出来るが、なるべくなら避けたいなぁ」
「まぁ、予算的にそうなりますよね。 もう1時間近く待ってもらってますけど、今日は帰ってもらいます?」
「そうだなぁ……希望者の申請書見せて」
「今日の分は8件ですね」
「ふむ。 えーと、この最後の女の子を待たせているのか」
「そうですね。 今日の筆記試験で満点は彼女だけです。 連絡先書いてないのでまだ宿は取って無さそうですから、明日にするなら早めに伝えたほうがいいですね」
散々待たせた挙句に後日なんて伝え辛いけどしょうがない、これが私の仕事でもある。