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寂しがり屋と思考する転生聖女のお話。  作者: 池中 由紀
傍観する物質と共存する者たち
56/56

◇ 56 奥へ


 声は男性か女性か微妙なところだ。最初、イェルに遺跡で話しかけられときみたいに、ちょっとマイク音声というか、声が遠い感じもする。

 

 イェルは声がした直後に、作っていた水晶の一部を地面にばら撒いた。……魔法陣がいくつか展開しているし、警戒のためかも。

 

 とりあえず……なんだっけ、人型? 逃げてきた? 


「えーっと……誰ですか?」

『望むのであれば———歓迎しよう。望まぬのなら、疾く去れ』

 

 ……あんまり話を聞いてくれない系の会話だ。けどまだ判断には早い。

 ちらりとイェルを見ると怪訝そうに洞窟の奥を眺めていた。声自体は洞窟全体から響いているような感じだけど。

 

「すみません、とりあえず逃げてきたのは確かですけど、お邪魔なようなので外に出ますね」

 

 そう言って踵を返して、

 

『———待て。迫害されてきたのではないのか』

「迫害。うーん……?」

 

 反響する声に質問された。

 

 まぁ確かにナイアに刺されたし、権力者に睨まれたってことだし、あの街には行けないかもしれない。同じ理由でドワーフも頼れない。ハーピーはもとから人間とさほど交流がなさそう。そういう意味では追われたということにはなるけど……。

 

「まぁそういう面もあるかもですけど、そもそもわたしもイェルも、この土地のものではないので。いく場所がなかったら逃げればいいので……だよね? イェル」

「……そうだな。この国よりも自由に生きられる国はある。観光ならば、そういう国へと行ったほうが都合がいいかもしれないな」

「ということなので、すみません、邪魔になるのなら去るので見逃してくれませんか?」

『いや———待て、人型のものたちよ。呪いを調べ解決と言っていたではないか』

 

 盗み聞きかな? まぁ、ここが彼らの場所ならそこまで咎めることじゃないけど。大体、特に解決するとは言ってない。調べて解決できたらしたいとは言ったけど、誰かに約束したわけでもないしね。

 

「安全な範囲で調べたいとは思ってますけど……」

 

 でも洞窟に身を隠せないなら、まともに眠るところもない気がするし、そうなるともう旅を始めてどこかに行ったほうがいい。森、山と北し次は海がいいな。食べ物とか、景色とか、泳いだりとか。

 

 わたしの微妙に気のない返事に思うところがあったのか、音声がすぐに返ってくる。

 

『安全な寝床を提供しよう。対価は調べて手に入れた情報だ』

『それってここのことですか? うーん……』

 

 雨が入ってこないことくらいしかいいところのない洞窟。情報だけでいいなら問題ない気もするけど、面倒ごとになる可能性を手に入れてまでここを使わせてもらう必要性はないような気もするよね。

 そんなわたしの天秤を見抜いたのか、音声が答えた。

 

『ここではない。衣食住、全てが揃った我々の住む場だ。空き家を使って滞在して良い』

「空き家……すぐ捕まりそうだけど」

『外の街ではない。我々は洞窟に住む。外では珍しいものも多い。見聞を広げるには丁度良いはずだ』

「快適な洞窟ライフの保証かぁ」

 

 それがどんなものかわからないけれど、気にならないと行ったら嘘になる。だって洞窟で生活する集団の暮らしとか全然想像できないから。歓迎してくれるというのなら、いい観光になるのは確かだった。

 

 相手があまり敵意を向けてこなかったからか、イェルは少しだけ肩の力を抜いているような気がした。同時に、わたしの視線に気づいて少し呆れたようにひらひらと体を動かしていたけど。いいからわたしの好きなようにしろと言われている感覚に近い。

 

「えっと、自由に出入りしていいのなら、ありがたいです。いいですか?」

『ここは隠れた場。外のものにバレてはいけない。その点だけ理解してもらえるだろうか?』

「それはもちろん」

『では交渉は成立だ。すぐに案内のものを派遣する』

 

 そうやって音声が言葉を洞窟に残し、洞窟に静寂がこだました。

 

 ……最後まであまり人の話を聞かないというか、人付き合いが苦手な人と喋ってるような感覚だった。いやその、わたしも人のことは言えないけど。長年のブランクがあるわけだし。

 

「……どう思う? 多分、この会話も聞かれているんだろうけど」

「合点はいった。洞窟に感じていた違和感は、すでに住んでいるものがいるというのなら理解はできるものだ。泥入りが全くなかった部分が少し気になるが……」

「あ、確かに。たくさん洞窟内で暮らしてるのなら、食料品とか外から三日も補給してこないのは少し変? いや、でも外から身を隠してるなら変じゃないかな?」

「出入り口がここだけではない可能性もある。その場合、わざわざ不法侵入者のいる道を使う理由はないだろう」

 

 とんとん、と、イェルは足の裏で魔法陣の描かれた地面を叩く。結局何のための魔法陣なのかぱっと見ではわからない。

 けどまぁ、確かに、話しかけられただけで魔法陣を展開して警戒を隠さない存在、厄介極まりないかも。不審な行動は全部イェルのものだけど、わたしの代わりにやっているわけで、そう言う意味ではわたしのせいでもある。

 

 イェルと取り止めもない会話をして案内人? を待つ。さっきの声は洞窟全体に響くようにしてたのだから、そのまま奥に案内してくれてもいいような気もするけど。罠とかあるのかな、とも思うので大人しくしておく。

 

 しばらくして、イェルが気配に気付いて洞窟の奥へと視線を投げた。

 割と硬質な音が響いていて、ああそういえば靴も木製のものが多かったなぁとか、砂利がないってことはやっぱり整備されてることかなぁ、なんてことが頭をよぎった。

 

「やあやあ、そんなわけでボクが案内するよ! ボクはイーガン! よろしく!」

 

 陽気な声とともに姿を表したのは、線の細いハーピーの青年だった。カンテラのようなものが浮いている。腕の代わりの翼がすらりとしていて洞窟でも窮屈そうには見えない。何か理由でもあるのか、目元だけ隠す妙な仮面をつけているのは少し印象に残るけど。前にみたハーピーはしてなかったし、文化というわけでもない気もするしね。

 

 というかハーピーがこんなところにいるのはちょっと意外。雰囲気からして、街にいられなくなった魔法使いとかが身を隠してて、わたしたちに同情したとかそんな感じだと思ってたから、人以外がいるのは少し驚いた。

 

 ……いや、ハーピーにも群れとかがあって、そこから追われた者たちの集まりだったりするのかも知れない。ハーピーにも魔法使いは当然いるだろうし。森のハーピーも魔法は使ってたしね。

 

 そんな感想を持ちながら返事をしようとしたところ、イェルが横合いから比較的鋭く、

 

「待て。お前、僅かに呪われているようだが、案内人というのは正しいか?」

「ん? かわいいお嬢ちゃんだね! 魔法が得意なようだ。 呪いを研究してるから、少し映ったりすることがあるだけだから大丈夫!」


 イーガンのあやすような声にイェルが僅かに不快感を露わに眉を顰めた。見た目はせいぜい少女のイェルは、自分の見た目に縛られることを嫌っているから不快感の理由は明らかだけど。

 

 この世界は比較的見た目で判断すると痛い目を見るらしいけど、街とかだとほとんど人しか居なかったりするわけで、いうほど常にそういう態度を取るというわけでもないのかも。

 

 それより、回答から少し気になることがあった。

 

「じゃあ、イーガンさんは呪いが祓えるってことですか?」

「おや、こっちの幼女さんもかわいいね! 賢いようだし。質問の答えだけど、消すのではなく植物とかを使って移すだけだね。体内から除去するだけだよ」

「……そうだろうとは思ってましたが、洞窟でも毒キノコは問題になってるってことですね」

「そうだね! だからキミたちを招待したわけだし! でもなんにしても外からの来訪者は久々でちょっとワクワクしてるよ! よろしく!」

 

 確かにさっきからテンション高く喋りかけてきている。挨拶のように外見を褒められたり幼女への扱いをされたりすると、確かに微妙な気持ちにはなるなぁなんて思ったりはする。


 このまま洞窟の奥に進むかどうか、少しだけ迷う心がないわけでもない。わざわざこのイーガンを案内人にしたのは、助言とかが本当に欲しいものだということでもあるだろうけど。それは逆に問題に否応なく巻き込まれるということでもあるから。……いや、別にそれ自体はいいんだけど、自分の自由で関わることができるかどうかが保証はされないのは、少し怖い。

 

 わたしの不安が表に出ていたのかもしれない。少しだけテンションを下げたイーガンが軽い謝罪を挨拶に話しかけてくる。

 

「ごめんごめん! 話は聞いてるよ、呪いを調べてわかったことを教えてくれるとか? それだけでもありがたいよ! ここで研究してるのはすごく少なくてさ……だから暇な時に教えてくれるだけでいいよ!」

「……そうですか。とりあえず観光気分で案内されてもいいって聞いたんですが、本当ですか?」

「観光! ま、彼らがそれでいいって言ったってことは大丈夫かな? 確かに外とは全然違うし、見るのは楽しいかもね! 外とは交流してないから、ここのことを吹聴しないように、とかは言われるかもしれないけど……信頼されてるってことだろうし」

 

 迫害がどうとか言ってただけあって、その辺は気にすることなんだろう。……逆にだからこそ、関わり合いになった時に束縛されたりされる可能性があって怖かったりもするんだけど、お互い様でもある。

 

「わざわざ面倒ごとを増やすことはしません。……信用されるものはないですけど。でも、とりあえず観光はしてみたいので」

「よし! じゃ、ボクについてきてよ!」

 

 元気よくそういうと、くるりと身をかえして洞窟の奥へとイーガンが先導を始める。

 わたしとイェルはしばらくおとなしくイーガンの後をついて行くことにした。

 

 洞窟は奥に行ってもそれほど道が狭くなることはなかったけど、割と分岐があってクネクネと曲がったりして、迷いそうな洞窟だった。入り口はあんなに一本道で綺麗だったのに。景色としては綺麗だけどね。壁や天井の所々に水晶が群生……って表現が正しいのかわからないけど、群生していた。インクルージョンがあったり、色がついていたりしているものも結構ある。

 

 イーガンの近くに浮かぶカンテラの光源が揺らめく光を発している一方、イェルが追従させる光弾は緩やかな蛍光灯のような光で当たりを照らす。水晶がなければ洞窟のおうとつに応じた影が妙に黒く目立った気もするけど、水晶が光を取り込んで割とキラキラとしていて印象が違うかな。入り口よりもコントラストが強く、これだけでも観光にきた価値があった気分になるかも。

 

 途中、魔法による幻惑がかかってるとかいう分岐も通りつつそれなりの時間を洞窟を歩き続けた。後半の道は洞窟そのものというよりは、かなり整備されている感じで、道も真っ直ぐ平らだった。手が入っているんだろう。人工的な感じ。

 

 そうしてたどり着いた洞窟の最奥に待っていたのは、金属光沢のある扉だった。


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