最終話 いつものように
小さな宿に部屋を取った。今夜はここで過ごすことにして、まずはギルドへ顔を出す。ガルバスにお礼を言われた。「仕事をいつも振って悪いな」だって。好きでしてるんだから、いいのに。
思い出のカフェに行ったり、街を散策したり。ベールの屋敷に突然お邪魔したり。
「イッ、イッ……イルナ様ァァァァアア!!」
明日の準備なのか、着飾っていたベールが私に抱きつき、そのまま唇を重ねてきた。
「んっ! んんんんん!!」
「んーっ」
会えなかった分を取り返すかの如く、吸引して離れない。パッと離れた時には私の唇が少し腫れていた。
「はーっ……はーっ。ちょっとベール? いくらなんでも、吸い付きすぎよ」
「はぁ……堪能しました。あぁ……もう、最高です」
「全く。今日は少し顔を見せに来たのよ。明日のこともあるし、今日は少し暇だったから」
「嬉しいですっ! できれば殺気を放つエリスをどうにかしてくれませんか?」
「エリス。私の愛は変わらないわよ」
エリスはほっぺを膨らませながら、納得などしていないかのようにプイッと顔を逸らした。
「これでいいかしら?」
「いいんでしょうか?」
ベールの家で少しおしゃべりを堪能し、宿へ戻って夜を越える。
――翌朝、王城の謁見の間。国王が席に着き、私たちを見下ろしていた。私はエリスと共に膝をつき、頭を垂れる。
並んでいるのは十二の貴族の当主やその跡取り、そして影響力を持つ人たち。クローネの父も、エリスの父も、ベールやアルバートもいる。王族の夜会で見た顔が、他にもちらほらと。セリウスとリゼットまで来ていた。リゼットは半分寝ているけれど。朝だから。
国王の後ろには、王族の剣を構えたフィアナとレギウス。さらにその後ろで、ガレスと獣人のメリーも頭を垂れていた。
「至高評議会の命により、我が第三王女の仮面を剥奪する」
国王は不服そうな顔でそう告げ、第三王女を呼び入れた。
コツ……コツ……と足音が近づく。仮面を付け、王族のドレスを身にまとった少女が、国王の前で足を止めた。軽く挨拶をすると、私たちへ向き直る。
後から入ってきたクローネと、影ではないラビが膝をつく。その間、私たちを見て待っていた第三王女――フランが、仮面に手をかけた。
「私は――王位継承権第三位。フラン・エルワース・ファニス。至高評議会の命により、その素顔を晒します。今後、何人足りとも私の名を奪うことは許しません。それは至高評議会への反逆とみなされます」
仮面が外れた。その奥から現れた左右の瞳が、私たちをまっすぐに見据える。もう、隠さなくていいのね。フランは仮面を手に下げたまま、踵を返した。コツ……コツ……と、足音を残して悠然と歩き去っていく。
――二時間後。
「わぁーん! 緊張したぁ!」
王城の一部屋で、フランはベッドに飛び込んで足をバタバタさせていた。
「かっこよかったわよ?」
クローネがジュースを飲みながらそう呟いた。この部屋にいるのは、私とエリス、クローネとフランだけ。私も机に置かれていたジュースを手に取り、コップを傾けた。
「フラン、ラビはもう拘束されていないのね。ちなみにどこ行ったの?」
「うん。至高評議会で訴えて解放してもらった。大罪を犯したからって、いつまでも償い終えられないのはおかしいって。今はまた旅に出たんじゃないかな。結構自由だよ。今の世界を回りたいんだって」
「良かったわね」
私の言葉に、フランは嬉しそうに笑った。
「えへへっ、お姉ちゃんにも頼み込んで頑張ったんだ。ヴィーさんとユーリさんも手伝ってくれたんだよ」
「そういえばヴィーもいたわね。ベンはどう考えても入れないけれど……どこにいたのかしら」
「裏庭にいたよ? 窓から片目覗いてたもん」
「何も言わないことにするわ」
クローネがジュースを飲み終わると、エリスの胸に指先を突きつけた。
「ていうか! あんたなんで吸血鬼になってんのよ。私と目の色が被るでしょうが!」
「えぇ!? 今ですか? ていうかそこですか?」
「タイミングなんていつでもいいでしょ! まさか自分から吸血鬼になるなんてね」
「イルナさんを一人ぼっちにさせたくなかったので……」
「ほんと、イルナのこと好きね。あんた」
「えー? クローネさんも大好きって言ってたじゃないですかぁ」
「いやぁぁぁあ!! 忘れなさいっ!」
「無理でーす。あんなかわいいクローネさん忘れられませーん!」
追いかけっこが始まった。私はとてとてとベッドへ近づき、フランの隣へ潜り込む。その胸に頭をうずめた。
「あぁ……心地いいわ」
「よしよーし」
フランが私の頭を撫でる。
「ねぇフラン。あなた、寂しかったりするの?」
「どうして?」
「だって、私とエリスは吸血鬼で長生きするのよ? それにクローネは魔族の血が濃くなって、ラビも寿命としては相当長いでしょう?」
「あっ、うん大丈夫だよ。王族って寿命長いの。多分世界の本から推測すると、神性とか、天使の血が残ってるんじゃないかな。それに……もっと一緒にいたいって思ったら、その時は私を吸血鬼にして。それくらいの覚悟はできてるよ。みんなと一緒に長く生きるの。私はいいなって思うから」
「フラン……寿命が長いって、そんなに良いことばかりじゃないわよ? それに、まだあなたを吸血鬼にしたくないわ」
「え? なんで?」
「ふふっ、すぐ分かるわよ」
ドサッ! と、音がした。押し倒されたのはなぜか追いかけていたクローネ。
「ちょっ……なにっ」
「クローネさん……すいません。ずっと、飲んでないので」
「はっ、ちょ……! んっ……いやっ、くび……」
「ちゅー……」
「あっ、だめっ……どうして、毎回こうなる……のっ……ん、イッ」
ギュッとクローネがエリスの背中に強く抱きついた。私はフランを甘い目で見つめる。
「……そういうことよ。エリスが吸血鬼になっちゃったから吸血しても魔力が増幅されないの。飲まなくても平気だけれど……とても美味しい快楽。だから……おねがいフラン」
フランは顔を赤らめ、一歩後ろへ下がったけど、ゆっくりと首を傾けた。
「い、いいよ……吸って」
「ん、ありがと」
「んぁっ……んっ! はぁっ……あぁ……ん」
私を抱きしめる手が震え始める。私は小さく呟いた。
「いいわよ、フラン。気にしないから」
「――ッ」
彼女は唇を噛みながら、全身を強張らせた。
「はぁーっ……はぁー……まだ、離さないの?」
「ん、もうちょっとだけ」
「んっ!」
びくんと身体が跳ねた。そして時が過ぎ……私たちはベッドに横たわっていた。私とエリスは満腹。クローネとフランは疲れてぐったり。フランがクスクスッと笑った。
「あははっ、私たち卒業したのに変わんないねっ!」
私は、三人全員を抱きしめるように覆いかぶさった。
「わっわっ、どうしたのイルナちゃん!」
「イルナさん?!」
「ちょっ、重いわよ……!」
ぎゅーっと、みんなを抱きしめる。重なった身体が温かい。少しだけ力を緩めても、誰かの手が私に触れていた。
「……幸せが溢れちゃった」
クローネが私の背中に手を乗せた。
「何よそれ。溢れたから行動に出たの? かわいいところあるじゃん」
フランが私を抱き返した。
「分かるよ。私も幸せがあふれるとぎゅーってするから。ぎゅーっ!」
エリスがとても優しく微笑んだ。私の顔をそっとなぞり、小さく呟いた。
「私も……同じ気持ちです。幸せが溢れています。だから――キスをしますね」
そのキスは、いつものように……とても幸せに満ちあふれていた。




