第五話「草むしりの現場にも、段取りがある」
朝、ギルドで依頼票を受け取った。
「城壁周辺雑草除去補助。作業員リーダー:ガッツ。集合:南門内側、朝の第二鐘」
ガッツ。
名前からして現場の人間だ、と思った。
南門の内側に行くと、すでに数人が集まっていた。
作業員が三人。冒険者らしき人間が二人。
作業員たちは皮の手袋をして、鎌と麻袋を持っていた。仕事前の顔をしていた。現場の朝礼前の、あの顔だ。
リーダーらしき男が俺たちを見た。
五十がらみ。がっしりした体格。日焼けした顔に深い皺。腕に古い傷跡がある。
目が鋭かった。
品定めではなかった。値踏みでもなかった。
経験者の目だった。
「お前たちが冒険者の助っ人か」
「はい。前田……ヒコです」
「マユミです」
「俺がガッツ。城壁整備班の班長だ。今日の仕事は単純だ。城壁の根元に生えた草を除去する。根から抜く。種が飛ぶ前に袋に入れる。それだけだ」
簡潔だった。
説明が無駄なく、的確だった。
俺は少し、安心した。
「質問は」
ガッツが全員を見渡した。
冒険者の一人が手を上げた。二十代の男。
「どのくらいの範囲ですか」
「南壁から東壁の角まで。約三百メートル」
「時間は」
「昼までに終われば上等。終わらなければ明日も来い」
もう一人の冒険者が小声で何か言った。聞こえなかったが、愚痴だった気がした。
俺は手を上げた。
「魔物の侵入リスクはありますか」
ガッツが俺を見た。
少し間があった。
「城壁の内側だ。基本的にはない。ただし、草が深いところに小型魔物が紛れ込んでいる場合がある。過去に一度だけ、スライムが出た」
「その場合の対処は」
「作業を止めて俺に報告。冒険者側で対処してもらう。それが今日お前たちを呼んだ理由だ」
なるほど。
俺たちは戦力として呼ばれたわけじゃない。保険として呼ばれた。
合理的だ。
「わかりました」
ガッツはまた俺を見た。今度は少し長く。
それから視線を外した。
「始めるぞ」
作業が始まった。
城壁の根元は、思ったより草が深かった。
石積みの隙間に根を張った雑草。水分を含んで重い。引き抜くと土ごと来る。
俺は鎌の使い方がわからなかった。
恥ずかしいが、わからないものはわからない。
隣の作業員に声をかけた。
「すみません。鎌の使い方を教えてもらえますか」
四十代くらいの男だった。少し驚いた顔をした。
「冒険者で鎌使えないのか」
「はい。経験がなくて」
「……まあ、こうやって使う」
実演してくれた。
刃を根元に当てて、引く。力じゃなく角度だ。
俺は一度やってみた。
草が取れた。
「上手いじゃないか」
「ありがとうございます。一回見ればだいたいわかるので」
男は少し笑った。
「変わった子供だな」
「よく言われます」
マユミは最初から速かった。
短剣使いだからか、刃物の扱いが慣れている。鎌をさっさと使いこなして、どんどん進んでいく。
俺は遅かった。でも丁寧にやった。
根を残さない。種が飛ぶ前に袋に入れる。石積みの隙間もちゃんと確認する。
ガッツが後ろを通るとき、俺の作業を一瞥した。
何も言わなかった。
でも足を止めなかった、ということは、問題なかったということだ。
現場では、何も言われないのが合格だ。
一時間ほどで、最初の百メートルが終わった。
休憩が入った。
作業員たちが水を飲みながら話している。
ガッツが俺の横に来た。
「お前、現場仕事やったことあるだろ」
俺は少し間を置いた。
「……なぜわかりましたか」
「道具の扱いが初めてなのに、確認の仕方が素人じゃない。危険箇所を先に見る。後ろを確認してから次に進む。教えてもいないのに、自然にやってた」
俺は答えなかった。
ガッツは追わなかった。
「まあ、どうでもいい話だ。仕事がちゃんとしてれば」
「ありがとうございます」
「礼はいい。午後も頼む」
それだけだった。
昼飯は支給された。
黒パンとスープ。それから干し肉が少し。
質素だが、外で食べると美味い。
現場飯の法則だ。外で食う飯は、なぜかうまい。
マユミが隣に座った。
「なあ、あのガッツって人」
「はい」
「なんかヒコと似てるな」
「似てますか」
「うん。しゃべり方とか、仕事の見方とか。同じ種類の人間って感じ」
俺は黒パンを噛みながら考えた。
似ている、か。
たしかに、ガッツの仕事の仕方は俺の知っているやり方に近かった。段取りを先に決める。確認を怠らない。部下に余計なことを言わない。
叩き上げの現場監督と、同じ匂いがした。
「いい人だと思います」
「うん。私も好きだ、ああいう人」
マユミは干し肉を噛んだ。
「将来、ああいう人になりたいって思うか?」
俺は少し考えた。
「……なりたいというより、そういう人間でありたいとは思います」
「違いがわからない」
「なりたい、は外から見た形。でありたい、は中身の話です」
マユミはしばらく黙った。
「……難しいな」
「難しくないです。要するに、見た目より中身の方が大事だということです」
「それは簡単に言えよ」
俺は少し笑った。
マユミも笑った。
二人同時に笑ったのは、たぶん初めてだった。
午後の作業が始まった。
残り二百メートル。
俺は少しペースを上げた。午前中で体が慣れた。鎌の角度もわかった。
東壁の角に近づいたとき、草むらの奥で何かが動いた。
俺は即座に声を上げた。
「止まってください」
周囲が止まった。
草が揺れていた。低い位置。小さい。
ガッツが来た。
「どこだ」
「そこの石積みの根元。草の奥」
ガッツは鎌の柄で草をかき分けた。
出てきた。
手のひら大の、透明な塊。ぷるぷると震えている。
スライムだった。
マユミが短剣を抜いた。
「任せろ」
一撃だった。
短剣がスライムを貫いた。塊が震えて、溶けた。
周囲が静かになった。
作業員の一人が息を吐いた。
「助かった。あれ、触ると肌が爛れるんだ」
「気づかずに触っていましたか」
「たぶんな。草が深くて見えなかった」
俺は周囲を見た。
同じような草むらが、まだある。
「残りの深い草は、先に鎌で開いてから除去した方がいいと思います。確認してから手を入れる」
ガッツが頷いた。
「そうする。全員聞いたか。草の奥を先に確認してから手を入れろ」
返事が上がった。
作業が再開した。
ペースは落ちたが、安全になった。
スライムはもう出なかった。
日が西に傾いた頃、三百メートルが終わった。
ガッツが全員を見渡した。
「終わりだ。お疲れ。冒険者二人、報告を聞かせてくれ」
俺とマユミが前に出た。
「スライム一体。マユミが仕留めました。他に異常なし。東壁の角の石積みに少し隙間があります。小型魔物が入り込める大きさです。補修が必要かもしれません」
ガッツはメモを取った。
「よく気づいた。後で確認する」
「一つ提案があります」
「言え」
「草除去の順番を、外側から内側に変えると、魔物の逃げ場がなくなります。今日は内側から外側に向かって除去したので、追い込む形になりませんでした」
ガッツはしばらく俺を見た。
長い沈黙だった。
「……明日から試してみる」
「ありがとうございます」
「礼はいい」
ガッツはそっぽを向いた。
でも口元が、少し動いた気がした。
報酬を受け取った。
銅貨十五枚ずつ。
マユミがほっとした顔をした。
「昨日ゼロだったから、助かった」
「今日は安全でしたね」
「うん。草むしりなのに、なんか充実した気分だ」
「仕事はたいていそうですよ」
「どんな仕事でも?」
「ちゃんとやれば、どんな仕事でも。雑にやると何も残らない」
マユミは少し考えた。
「それ、誰かに教わったのか」
「現場で覚えました」
「また現場か」
「俺の引き出しは現場しかないので」
マユミはくすりと笑った。
帰り道、ガッツに呼び止められた。
マユミには先に戻るよう伝えた。
ガッツは俺と並んで少し歩いた。
しばらく何も言わなかった。
石畳の音だけがした。
「お前、いくつだ」
「十五です」
「嘘くさいな」
「体は十五です」
ガッツは少し笑った。
「まあ、いい。余計なことは聞かない。……ただ」
少し間があった。
「この街に根を下ろすつもりがあるなら、顔を売っておいた方がいい場所がある」
「どこですか」
「城壁整備班。ギルドとは別に、街の守備側の仕事がある。報酬は薄いが、顔が売れる。街の人間と繋がれる」
俺は少し考えた。
「紹介していただけますか」
「急がなくていい。お前が来たいと思ったときに来い」
ガッツは立ち止まった。
路地の入り口だった。
「今日はよく動いた。また声をかける」
それだけ言って、路地に入っていった。
足音が遠くなった。
宿に戻って、今日の収支を確認した。
収入、銅貨十五枚。支出、銅貨五十枚。
まだ赤字だ。
でも今日、ガッツという人間と繋がった。城壁整備班という仕事の口を知った。スライムの対処で、少し実績を作った。
数字にならない収穫が、また増えた。
それから、もう一つ。
マユミと初めて同時に笑った。
別に大した話じゃない。でも現場のチームは、一緒に笑えるようになったときから、本当のチームになる。
そういうものだ。
夕食のとき、マルティナが料理を出しながら言った。
「ガッツさんと一緒に仕事したのか」
「はい。知ってますか」
「知ってるも何も、あの人はこの街で一番長く城壁を守ってる人だよ。二十年以上いる」
「二十年」
「若い頃は冒険者だったらしいけど、今は街の人間として生きてる。根を下ろした、って感じの人だ」
俺は少し考えた。
「いい人ですね」
「声をかけてもらえたなら、大事にしな。あの人が声をかける人間は、たいてい本物だから」
マルティナはそれだけ言って、厨房に戻った。
部屋の窓から夜空を見た。
星が出ていた。
異世界の星だ。でも綺麗だった。
この街に根を下ろす、という言葉が頭に残っていた。
ガッツは二十年、この街にいる。
俺はまだ五日目だ。
でもいつか、そういう場所ができるかもしれない。
今はまだわからない。
ただ、今日も死ななかった。
それで十分だ。
目を閉じた。
第五話「草むしりの現場にも、段取りがある」 了




