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 第5話 エルドとの再会

 人は。


 変わる。


 肩書きも。


 立場も。


 装いさえも。


 だが。


 変わらないものが、ある。


 ――それは。


 目の、奥にある、何か。

 依頼のない日。


 ヒコとマユミは、拠点探しに、歩き回っていた。


 宿暮らしでは、いずれ、路銀が尽きる。


 どこかに、腰を据える場所が必要だった。


──────────────────────────────────────


 不動産を扱う店を、幾つか、回ってみた。


 だが。


 どこも、条件が合わない。


 狭すぎるか。


 高すぎるか。


 あるいは。


 その両方だった。


──────────────────────────────────────


「難しいね」


 マユミが、通りを歩きながら、息を吐く。


「ええ」


「街の中心は」


「どこも」


「値が張ります」


──────────────────────────────────────


 そんな時だった。


 路地の向こうから。


 見覚えのある、後ろ姿が、歩いてきた。


 背は高く、痩せ型。


 眼鏡の奥の目が、常に、何かを観察している。


 手には、分厚い書物を、数冊。


──────────────────────────────────────


「……エルド?」


 マユミが、先に気づいた。


──────────────────────────────────────


 その声に。


 男が、足を止める。


 振り返り。


 こちらを見て。


 僅かに、目を見開いた。


「――ヒコ殿?」


「本当に、ヒコ殿ですか」


──────────────────────────────────────


 エルドは、ゆっくりと、近づいてきた。


 書物を、片手に、まとめ直しながら。


「これは、驚きました」


「まさか」


「こんな場所で」


「お会いするとは」


「思いませんでした」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、静かに、頷いた。


「久しぶりです」


「エルドさんも」


「相変わらず」


「本を」


「抱えていますね」


──────────────────────────────────────


 エルドが、僅かに笑う。


「性分、なもので」


「観察は」


「記録して初めて」


「意味を持ちます」


「記憶だけでは」


「いずれ」


「歪みます」


──────────────────────────────────────


 その、理屈っぽい、言い回しは。


 昔から、変わっていなかった。


──────────────────────────────────────


 エルドが、ヒコの、装いを、上から、下まで、静かに、確認する。


 地味な外套。


 首に掛けられた、ランク章。


 ――F。


──────────────────────────────────────


「……なるほど」


 エルドが、小さく、呟いた。


「装いから、見て」


「随分と」


「身軽に、なられたようですね」


──────────────────────────────────────


「そうですね」


 ヒコは、苦笑した。


「少し」


「身軽に」


「なりました」


──────────────────────────────────────


 エルドの視線が、ヒコの胸元へ、移る。


「そのランク章は」


「F、ですか」


「はい」


「随分と」


「思い切ったことを」


「されましたね」


──────────────────────────────────────


 マユミが、思わず、口を挟む。


「やっぱり」


「見ただけで」


「分かるの?」


「分かるというより」


 エルドは、淡々と、答えた。


「目の前に、あるものを」


「そのまま」


「見ているだけです」


──────────────────────────────────────


「装備」


「歩き方」


「ランク章」


「そして」


「お二人の、雰囲気」


「以前とは」


「明らかに、違います」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、苦笑した。


「相変わらず」


「鋭いですね」


「観察は」


「習慣です」


 エルドは、そう答えた。


「対象が」


「変わっただけで」


「見ること自体は」


「変わりません」


──────────────────────────────────────


「それで」


 エルドが、話を進める。


「こんな場所に」


「いらっしゃる」


「ということは」


「何か」


「お探しですか?」


──────────────────────────────────────


「ええ」


 ヒコは、頷いた。


「腰を据える場所を」


「探しています」


「宿暮らしも」


「そろそろ」


「限界ですから」


──────────────────────────────────────


 エルドは、しばらく、考える様子を見せた。


 顎に、指を当てる。


 視線を、宙の一点に、固定する。


──────────────────────────────────────


「一つ」


「心当たりが」


「あります」


「私自身」


「この街の」


「不動産事情には」


「多少」


「詳しいので」


──────────────────────────────────────


「南方に」


「移り住んで」


「以来」


「土地勘だけは」


「積み上がって」


「いますから」


──────────────────────────────────────


 マユミが、興味深そうに、身を乗り出す。


「どんな、物件?」


──────────────────────────────────────


「街の中心からは」


「少し外れます」


「ですが」


「人通りは」


「決して」


「少なくありません」


「表通りに」


「面しています」


──────────────────────────────────────


「建物自体は」


「古いですが」


「構造は」


「しっかりして」


「います」


「裏手には」


「畑と」


「小さな、牛舎が」


「あります」


──────────────────────────────────────


「食材の確保という」


「点では」


「悪くない」


「立地かと」


「思います」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、その説明を、黙って、聞いていた。


 人通り。


 構造。


 立地。


 食材の確保。


 エルドの言葉には。


 いつも。


 理由が、先にある。


──────────────────────────────────────


「見せて」


「いただけますか」


「ええ」


 エルドは、頷いた。


「ちょうど」


「近くまで」


「行くところでした」


「ご案内」


「しましょう」


──────────────────────────────────────


 三人は、街の外れへ、歩き出した。


──────────────────────────────────────


 道すがら。


 エルドが、ぽつりと、続けた。


「しかし」


「意外です」


「あなたが」


「領主の立場を」


「離れられるとは」


──────────────────────────────────────


「必要が」


「なくなりました」


 ヒコは、短く、答えた。


「守るための」


「仕組みは」


「もう」


「残してあります」


──────────────────────────────────────


 エルドは、その答えを。


 しばらく、頭の中で、咀嚼するように、黙っていた。


「……なるほど」


「合理的な」


「判断だと」


「思います」


──────────────────────────────────────


「地位というものは」


「時に」


「観測する側の」


「視界を」


「変えてしまいます」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、少しだけ、目を細めた。


「よく」


「分かって」


「いますね」


「研究者、なもので」


 エルドは、静かに、答えた。


「対象を」


「正しく」


「観測するには」


「観測者自身の」


「位置が」


「重要です」


──────────────────────────────────────


 マユミが、二人のやり取りを聞きながら、小さく、苦笑した。


「なんか」


「二人とも」


「難しい話ばっかり」


「すみません」


 エルドが、軽く、頭を下げる。


「昔からの」


「癖でして」


──────────────────────────────────────


 通りを、抜け。


 外れの一角に、辿り着く。


 目の前には。


 古びた、二階建ての建物が、あった。


 人通りのある、表通りに、面している。


 裏手には、確かに。


 畑と、小さな、牛舎が、見える。


──────────────────────────────────────


「これが」


「その物件です」


 エルドが、建物を、見上げた。


「現在は」


「使われて」


「いません」


「ですが」


「骨組みは」


「悪くありません」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、しばらく、建物を、見つめた。


 表通りの、人の流れ。


 裏手の、畑と牛舎。


 二階の、窓の配置。


 全体の、造り。


──────────────────────────────────────


 そして。


 建物の周囲を。


 ゆっくりと、歩いた。


──────────────────────────────────────


 入口。


 裏口。


 窓。


 屋根。


 隣家との距離。


──────────────────────────────────────


 ヒコは、無意識に。


 建物の構造を、確認していた。


──────────────────────────────────────


「悪くないです」


 ヒコは、静かに、言った。


「気に入りましたか」


「ええ」


「ただ」


「もう少し」


「中を見てから」


「決めたいです」


──────────────────────────────────────


「もちろんです」


 エルドは、頷いた。


「古い建物ですから」


「実際に」


「見てから」


「判断された方が」


「よろしいでしょう」


──────────────────────────────────────


 マユミが、建物を、見上げる。


「なんだか」


「久しぶりだね」


「こういう」


「場所を見るの」


──────────────────────────────────────


 ヒコは、少しだけ、笑った。


「そうですね」


「現場に」


「戻った感じがします」


──────────────────────────────────────


 夕暮れの光が。


 古びた建物の壁を。


 橙色に、染めていた。


──────────────────────────────────────


 人は、変わる。


 肩書きも。


 立場も。


 装いさえも。


 だが。


 変わらないものが、ある。


 エルドの、観察する目は。


 昔と、何一つ、変わっていなかった。


 そして。


 ヒコもまた。


 その目を。


 懐かしいと、感じていた。


──────────────────────────────────────


 過去を。


 捨てたわけではない。


 ただ。


 領主としての、立場を。


 下ろしただけだ。


──────────────────────────────────────


 新しい場所で。


 新しい立場で。


 また。


 誰かと、出会う。


 それも。


 冒険なのだろう。


──────────────────────────────────────


 そして。


 ヒコは。


 また。


 現場から。


 始める。



 第5話 エルドとの再会 了

【次回予告】星の下の食堂。


 物件を、購入する。


 そして。


 もう一人の、知人と。


 再会する。


──────────────────────────────────────


【路銀・第5話時点】


・所持金:金貨98枚・銀貨9枚(-銀貨1枚:宿泊費等)

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