第347話 最後の夜
最後の夜は。
特別な、何かが、起こるわけでは、ない。
――ただ。
いつもの、静けさが。
少しだけ、愛おしく、感じられる。
そんな、夜だった。
移行の、手続きが、整い。
引き継ぎも、一つずつ、終わっていった。
そして、今夜。
ヒコが、日常の、統治から、正式に、退く。
その、前夜が、訪れていた。
──────────────────────────────────────
執務室。
明日からは。
この、部屋も。
バルドの、仕事場に、なる。
ヒコは、最後に、机の上を、片付けていた。
──────────────────────────────────────
扉が、静かに、開いた。
マユミが、入ってくる。
「片付け」
「終わった?」
「はい」
ヒコは、頷いた。
「思ったより」
「あっさり」
「片付きました」
──────────────────────────────────────
マユミは、部屋を、見渡した。
「なんか」
「変な、感じ」
「ここに」
「ヒコが、いない、部屋」
「想像、つかない」
──────────────────────────────────────
ヒコも、部屋を、見渡した。
「私も」
「まだ」
「実感が」
「湧きません」
「でも」
ヒコは、続けた。
「明日から」
「新しい、形が」
「始まります」
──────────────────────────────────────
二人は、いつものように、外へ、出た。
夜の、街を、並んで、歩く。
雪は、もう、止んでいた。
澄んだ、夜空に、星が、瞬いている。
──────────────────────────────────────
街の、灯りが、ぽつぽつと、灯っている。
どの、家にも。
それぞれの、暮らしが、あった。
──────────────────────────────────────
「覚えてる?」
マユミが、ふと、尋ねた。
「最初に」
「ここに、来た、時のこと」
「もちろん」
ヒコは、頷いた。
「何も、なかった」
「本当に」
「原野、でした」
──────────────────────────────────────
「あの時」
マユミは、続けた。
「ヒコが」
「土を、見て」
「一日中」
「動かなかった」
「あれ」
「本当に」
「変な人だと」
「思った」
ヒコは、少し、笑った。
「今でも」
「そう、思いますか」
「うん」
マユミも、笑った。
「今でも」
「変な人」
──────────────────────────────────────
二人は、街外れの、丘へ、向かった。
いつもの、場所。
フォルテス領の、全体が、見渡せる、丘。
──────────────────────────────────────
丘の上から。
夜の、街並みが、一望できた。
灯りの、一つ一つが。
まるで、地上に、降りた、星のように、輝いている。
──────────────────────────────────────
「綺麗」
マユミが、呟いた。
「はい」
ヒコも、頷いた。
「本当に」
「綺麗です」
──────────────────────────────────────
「これが」
ヒコは、続けた。
「私達が」
「作ってきたもの」
「なんですね」
「うん」
マユミは、頷いた。
「これから」
「もっと」
「大きくなる」
「私達が」
「いなくても」
──────────────────────────────────────
ヒコは、しばらく、その、光景を、見つめていた。
寂しさが、ないと、言えば、嘘になる。
だが。
それ以上に。
誇らしい、気持ちが、胸を、満たしていた。
──────────────────────────────────────
「マユミさん」
「はい」
「この、二年間」
「隣に、いてくれて」
「ありがとう、ございました」
──────────────────────────────────────
マユミは、少し、驚いた、顔を、した。
やがて、優しく、笑った。
「まだ」
「終わってないよ」
「これから」
「一緒に」
「行くんだから」
──────────────────────────────────────
「そうですね」
ヒコも、頷いた。
「これは」
「終わりの」
「言葉じゃなく」
「ここまでの」
「感謝の、言葉です」
──────────────────────────────────────
マユミは、ヒコの、手を、そっと、握った。
「こちらこそ」
「ありがとう」
「ヒコが」
「この地に」
「連れてきて、くれたから」
「私は」
「たくさんの」
「大切なものを」
「見つけられた」
──────────────────────────────────────
二人は、しばらく、無言で、夜景を、眺めていた。
風が、静かに、吹いている。
冬の、冷たい、空気の中にも。
どこか、温かな、ものが、あった。
──────────────────────────────────────
「明日から」
マユミが、口を、開いた。
「新しい、生活」
「始まるね」
「はい」
ヒコは、頷いた。
「怖くは、ないですか」
「怖くない」
マユミは、はっきりと、答えた。
「ヒコと、一緒だから」
──────────────────────────────────────
ヒコも、静かに、頷いた。
「私も」
「同じです」
──────────────────────────────────────
夜が、更けていく。
二人は、丘の上で。
しばらく、その時間を、味わい続けていた。
言葉は、もう、多くを、必要としなかった。
ただ、隣に、いること。
それだけで、十分だった。
──────────────────────────────────────
最後の夜は。
特別な、何かが、起こるわけでは、ない。
ただ、いつもの、静けさが。
少しだけ、愛おしく、感じられる。
そんな、夜だった。
だが。
その、静かな、夜こそが。
二人にとって。
何よりも、大切な、時間だった。
第347話 最後の夜 了
【次回予告】決断。
選んだ道の先に、また、新しい、始まりが、待っている。
──────────────────────────────────────
【領地収支・第347話時点】
・所持金:金貨4900枚(変動なし)
──────────────────────────────────────
【発展進捗・第347話時点】
・防衛:122%(変動なし)
・食料:101%(変動なし)
・水 :100%(変動なし)
・住居:94%(変動なし)
・インフラ:105%(変動なし)




